74 / 182
第74話 ゾンシャールの戦い(前編)
しおりを挟む
私たちはコーデリア峠へと続く道の途中に建てられた病院へとやってきた。
病院といっても建物だけがポツンと建っているわけではない。ここは巨大な壁に囲まれたボーダーブルク南砦という名前の砦の一部だ。
砦の中には病院が二棟あるほか、兵舎や倉庫、指揮所、さらに武器防具を整備する工房などもある。
ここはボーダーブルクの町よりも前線に近いので、負傷してから病院に担ぎ込まれるまでの時間を短くすることができる。
きっと今まで私の目に触れてこなかっただけで、間に合わずに命を落としてしまった人もいるのだろう。
そういった人たちも、ここであれば救うことができるかもしれない。
そう考えると俄然、やる気が湧いてくる。
「チャールズさん、頑張りましょうね」
「もちろんです! ホリー先生!」
「まずは設備の確認ですね」
「はい!」
「あ、ヘクターさん。それじゃあ行ってきます」
「ああ。がんばれよ」
「はい」
「ニール兄さん、アネット、また後でね」
「ああ」
「ホリー、無理しないでね」
「うん」
こうして私はホワイトホルンから来てくれたみんなと別れ、病院内に入る。
「なるほど。こっちの建物が魔族用で、向こうの建物は人族の捕虜用ですね」
「あ、そうなんですね」
「捕虜用の建物は必ず担当の兵士と一緒に入ってください。下手すると殺されますから」
「わ、わかりました」
そうか。私たちにとっては患者さんだけど、人族からすれば私たちは敵だ。敵の治療なんて怖くて受けたくないと暴れる患者さんがいても不思議ではない。
「あ、薬はこの部屋ですね」
チャールズさんの後に続いて部屋に入ると、そこには所狭しと様々な薬が並んでいる。大量にストックされたかなり強い鎮痛剤がこの場所の特徴を如実に表している。
「在庫が多いですね。ここまでは要らないはずなんですが……」
「すぐダメになる薬はないですし、きっと人族の患者さん用なんじゃないですか?」
「ああ、たしかに」
それから私たちは包帯などの物資と病室を確認し、最後に患者の搬入経路を確認したのだった。
◆◇◆
そのころ、コーデリア峠からブライアン将軍率いる二千の兵士たちがゾンシャールへと向けて進軍を開始した。
ゾンシャールは一度ボーダーブルク軍によって陥落したが、魔族たちは兵士とその協力者のみを殺すのみで占領はされていなかった。
そのためゾンシャールには現在五千ほどのシェウミリエ帝国軍が駐留しており、その動きはすぐさまズィーシャードにいるガーニィ将軍にも伝わることとなる。
そこでガーニィ将軍も再度の失陥を防ぐべく、四万五千の軍勢を率いてズィーシャードから出撃した。
やがて両者はゾンシャール北の平原にて向かい合った。
「は? たったあんだけか? どっかに伏兵がいるぞ」
わずか二千というボーダーブルク軍の少なさにガーニィ将軍はそう断言した。
「お前ら、勝手に前に出んじゃねぇぞ? 敵の伏兵を探すんだ」
「ははっ!」
ガーニィ将軍の命令にシェウミリエ帝国軍の兵士たちは力強く返事をしたのだった。
◆◇◆
一方、たった二千の兵力で五万の大軍勢と対峙するブライアン将軍に焦った色はなかった。
「まったく、ローレンスの奴め。よくもまあ、こんな作戦を思いつくものだ」
そう言ってブライアンは忌々し気に手に持った作戦計画書をぎゅっと握り潰す。
「まあ、いいだろう。乗ってやろうではないか」
不敵な笑みを浮かべてそう呟いたブライアンのところに兵士が報告にやってきた。
「全員、持ち場につきました」
「よし。気取られんようにしろ。順次休憩だ」
「ははっ!」
そうして兵士が立ち去ると、ブライアンはぐっと拳に力を込める。
「人族どもめ。もう二度とラントヴィルのようなことはさせんぞ」
ブライアンはそう呟き、静かに怒りの炎を燃やすのだった。
◆◇◆
先に動いたのはシェウミリエ帝国軍のほうだった。
伏兵を見つけられず、そして全く動かない相手に痺れを切らしたガーニィ将軍は軍を広く展開させた。圧倒的少数である魔族軍を数の力で包囲殲滅しようという作戦だ。
大盾を構えたシェウミリエ帝国兵が前に出るが、彼らの弓の射程外から魔族の矢が撃ち込まれ、次々と地面に倒れていく。
「怯むな! 前に出ろ!」
シェウミリエ帝国軍は損耗など気にしていない様子で次々と前に進み、やがて矢での反撃を行う。
そうして双方がすさまじい数の矢を射ち、ついにはお互いに射ち尽くしてしまう。すると今度はシェウミリエ帝国軍の騎兵で突撃を仕掛けた。
それに対して魔族軍は倒れた同僚を担ぐと矢を放っていた弓兵たちは一目散に後ろに下がる。
「負傷兵は捨て置け! 歩兵を蹴散らせ!」
「はっ!」
騎兵部隊の一糸乱れぬ突撃に対し、魔族の兵士たちは一斉に火球を放った。
次々と着弾し、爆発する火球にたちまち馬はパニックとなり、次々と騎士たちが落馬していく。
だが一部の騎兵は突撃に成功し、魔族軍の陣地を食い破る。
しかしそんな彼らもすぐに身体強化を発動した魔族の兵士たちによって馬から引きずり降ろされ、とどめを刺される。
一部で乱戦にはなっているものの、ボーダーブルク軍は個々の能力の高さを活かして包囲されないようにうまく立ち回っていた。
そうしているうちに日が沈み、シェウミリエ帝国軍は引き揚げていくのだった。
この日の戦いでシェウミリエ帝国軍が失った兵士の数はおよそ二千、それに対して魔族軍の戦死者は三十名、負傷者は実に二七十五名にも上ったのだった。
病院といっても建物だけがポツンと建っているわけではない。ここは巨大な壁に囲まれたボーダーブルク南砦という名前の砦の一部だ。
砦の中には病院が二棟あるほか、兵舎や倉庫、指揮所、さらに武器防具を整備する工房などもある。
ここはボーダーブルクの町よりも前線に近いので、負傷してから病院に担ぎ込まれるまでの時間を短くすることができる。
きっと今まで私の目に触れてこなかっただけで、間に合わずに命を落としてしまった人もいるのだろう。
そういった人たちも、ここであれば救うことができるかもしれない。
そう考えると俄然、やる気が湧いてくる。
「チャールズさん、頑張りましょうね」
「もちろんです! ホリー先生!」
「まずは設備の確認ですね」
「はい!」
「あ、ヘクターさん。それじゃあ行ってきます」
「ああ。がんばれよ」
「はい」
「ニール兄さん、アネット、また後でね」
「ああ」
「ホリー、無理しないでね」
「うん」
こうして私はホワイトホルンから来てくれたみんなと別れ、病院内に入る。
「なるほど。こっちの建物が魔族用で、向こうの建物は人族の捕虜用ですね」
「あ、そうなんですね」
「捕虜用の建物は必ず担当の兵士と一緒に入ってください。下手すると殺されますから」
「わ、わかりました」
そうか。私たちにとっては患者さんだけど、人族からすれば私たちは敵だ。敵の治療なんて怖くて受けたくないと暴れる患者さんがいても不思議ではない。
「あ、薬はこの部屋ですね」
チャールズさんの後に続いて部屋に入ると、そこには所狭しと様々な薬が並んでいる。大量にストックされたかなり強い鎮痛剤がこの場所の特徴を如実に表している。
「在庫が多いですね。ここまでは要らないはずなんですが……」
「すぐダメになる薬はないですし、きっと人族の患者さん用なんじゃないですか?」
「ああ、たしかに」
それから私たちは包帯などの物資と病室を確認し、最後に患者の搬入経路を確認したのだった。
◆◇◆
そのころ、コーデリア峠からブライアン将軍率いる二千の兵士たちがゾンシャールへと向けて進軍を開始した。
ゾンシャールは一度ボーダーブルク軍によって陥落したが、魔族たちは兵士とその協力者のみを殺すのみで占領はされていなかった。
そのためゾンシャールには現在五千ほどのシェウミリエ帝国軍が駐留しており、その動きはすぐさまズィーシャードにいるガーニィ将軍にも伝わることとなる。
そこでガーニィ将軍も再度の失陥を防ぐべく、四万五千の軍勢を率いてズィーシャードから出撃した。
やがて両者はゾンシャール北の平原にて向かい合った。
「は? たったあんだけか? どっかに伏兵がいるぞ」
わずか二千というボーダーブルク軍の少なさにガーニィ将軍はそう断言した。
「お前ら、勝手に前に出んじゃねぇぞ? 敵の伏兵を探すんだ」
「ははっ!」
ガーニィ将軍の命令にシェウミリエ帝国軍の兵士たちは力強く返事をしたのだった。
◆◇◆
一方、たった二千の兵力で五万の大軍勢と対峙するブライアン将軍に焦った色はなかった。
「まったく、ローレンスの奴め。よくもまあ、こんな作戦を思いつくものだ」
そう言ってブライアンは忌々し気に手に持った作戦計画書をぎゅっと握り潰す。
「まあ、いいだろう。乗ってやろうではないか」
不敵な笑みを浮かべてそう呟いたブライアンのところに兵士が報告にやってきた。
「全員、持ち場につきました」
「よし。気取られんようにしろ。順次休憩だ」
「ははっ!」
そうして兵士が立ち去ると、ブライアンはぐっと拳に力を込める。
「人族どもめ。もう二度とラントヴィルのようなことはさせんぞ」
ブライアンはそう呟き、静かに怒りの炎を燃やすのだった。
◆◇◆
先に動いたのはシェウミリエ帝国軍のほうだった。
伏兵を見つけられず、そして全く動かない相手に痺れを切らしたガーニィ将軍は軍を広く展開させた。圧倒的少数である魔族軍を数の力で包囲殲滅しようという作戦だ。
大盾を構えたシェウミリエ帝国兵が前に出るが、彼らの弓の射程外から魔族の矢が撃ち込まれ、次々と地面に倒れていく。
「怯むな! 前に出ろ!」
シェウミリエ帝国軍は損耗など気にしていない様子で次々と前に進み、やがて矢での反撃を行う。
そうして双方がすさまじい数の矢を射ち、ついにはお互いに射ち尽くしてしまう。すると今度はシェウミリエ帝国軍の騎兵で突撃を仕掛けた。
それに対して魔族軍は倒れた同僚を担ぐと矢を放っていた弓兵たちは一目散に後ろに下がる。
「負傷兵は捨て置け! 歩兵を蹴散らせ!」
「はっ!」
騎兵部隊の一糸乱れぬ突撃に対し、魔族の兵士たちは一斉に火球を放った。
次々と着弾し、爆発する火球にたちまち馬はパニックとなり、次々と騎士たちが落馬していく。
だが一部の騎兵は突撃に成功し、魔族軍の陣地を食い破る。
しかしそんな彼らもすぐに身体強化を発動した魔族の兵士たちによって馬から引きずり降ろされ、とどめを刺される。
一部で乱戦にはなっているものの、ボーダーブルク軍は個々の能力の高さを活かして包囲されないようにうまく立ち回っていた。
そうしているうちに日が沈み、シェウミリエ帝国軍は引き揚げていくのだった。
この日の戦いでシェウミリエ帝国軍が失った兵士の数はおよそ二千、それに対して魔族軍の戦死者は三十名、負傷者は実に二七十五名にも上ったのだった。
10
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。
そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来?
エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。
SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない?
その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。
ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。
せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。
こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる