異世界で奴隷になったら溺愛されました。

終章

　その日、アレイス王国内は祝福に包まれた。
　市街地の大通りではお祝いの果実酒が振舞われ、街はお祭り騒ぎだった。

　建国記念を祝う祝祭に加え、ガイウス王子の婚姻の儀式が行われるからだった。
　一時はその放蕩ぶりから王子の評判は最悪だったが、王都襲撃の際、最も早く市民に救いの手を差し伸べたのがガイウス王子であったことから、その人気はＶ字回復していった。

　式は、国王、王妃をはじめ貴族らの参列の下、アレイス城内にある礼拝堂で厳かに行われた。
　驚いたことにこの式には、元婚約者だったルドヴィカとフランツの他、カルラをはじめ、かつて王子と関係を持った貴族の女性たちも招待されていた。
　当然王と王妃は良い顔をしなかった。ひょっとして彼女たちが結託して王子を責め立て、式が修羅場と化すのではないかと内心不安だった。そんな心配をよそに彼女らは王子と花嫁に惜しみない拍手を送っていた。
　実はこれには、王子が彼女ら一人一人に謝罪をしたという知られざる裏話があった。
　王子は、結婚にあたって過去を清算したいとカルラに打ち明けたところ、カルラがかつて王子と関係のあった女性たちを集めてくれた。なんとその場には花嫁となるサラもいて、王子と一緒に謝罪し、彼女らに豪華な贈り物をしたというから、彼女たちとしては許さざるを得なかったことだろう。王子の覚悟と、花嫁の寛容さに心を打たれた彼女たちは、二人の婚姻式で祝福したいと参列を希望したのだ。
　
　礼拝堂にはサンドラとユージン、ウォルフ姉弟の姿もあった。彼らもまた、美しい花婿と花嫁を惚れ惚れと見ていた。
　子爵の位を持つウォルフ以外、彼らの身分は貴族ではなかったが、王子が特別に参列を許したのだ。

　人々が注目するのは、数多の浮名を流してきたガイウス王子が、熱望して隣国から迎えたという花嫁だった。
　政略結婚の多い王族の中にあって、恋愛を貫いたことが、市井の人々の支持を得ることとなった。
　この日は特別に解放されていた城門から、礼拝堂へと続く広場に多くの市民らが詰めかけていた。
　礼拝堂の門が開かれると、その階段の下に集まっていた人々から、わっと歓声が上がった。

　階段上に現れたのは、純白の礼服を着たガイウス王子と、同じく純白のウェディングドレスに身を包んだ花嫁だった。この日のガイウス王子は白金の髪をなでつけ、秀でた額には王家の証であるサークレットが嵌められて、凛々しいことこの上なかった。彼を見た女性たちが一様に見惚れてため息をつくほどの美丈夫ぶりだった。
　しかし、この日の主役は二枚目の王子ではなく、異国から来た花嫁だった。

　花嫁のウェディングドレスは、総レースの純白の生地に宝石がちりばめられて、遠くから見てもキラキラとまばゆく光っていた。
　オフショルダーのドレスは、胸元にボリュームを持たせ、後に詩人の歌になるほどの腰の細さを際立たせていた。その胸元には『青竜の涙』が輝いている。
　だがその表情は、白いベールに包まれていて見ることができなかった。

　王子が花嫁のベールを上げると、その下から濡れた黒い瞳の美しい顔が現れた。
　王子は花嫁に見惚れているのか、しばらく見つめ合って動かなかった。
　国民の歓声が大きくなると、ようやく正面を向いて、二人は手を振った。
　歓喜の涙を流す花嫁の素顔が初めて披露されると、人々は熱狂した。

　花嫁の脇には、花束を抱えた侍女が立っていた。
　王子は魔法で風を巻き起こし、その花束から花びらを巻き上げた。
　礼拝堂前下に集まっている人々の頭上に色とりどりの花びらが舞い、その美しさに人々は歓声を上げた。
　だがその直後、その声はどよめきに変わった。

　王子が花嫁を両腕に抱き上げ、風と共にふわりと空中に浮きあがったのだ。
　純白のドレスの裾が翻り、二人は人々の頭上をクルクルと円を描くようにして回った。
　その姿はまるで宙でダンスをしているかのように見えた。
　広場の人々は一斉に空に手を伸ばし、二人が落ちて来るのではないかと心配して受け止めようとしていた。だが、二人は落ちるどころかどんどん上昇していった。

「すごい！飛んでいる！」
「すごい魔法だ！」
「なんて素敵なの…！」

　人間が空を飛ぶのを初めて見た群衆は、興奮を抑えられなかった。
　こんなすごい魔法は初めて見たと、人々は口々に叫び、そのすばらしい魔力の持ち主が自分たちの王子であることが誇らしかった。

　そうして二人は礼拝堂広場の上空を通り過ぎて、地上十メートルほどの高さの城門の上に着地した。
　城門の外には、広場に入りきれなかった人々で埋め尽くされていた。
　二人は城門の上から外の人々にも手を振った。
　歓声は地響きを伴うほどの大きさになり、やがてその声は一つの言葉にそろい始めた。

「王子殿下、万歳！」
「妃殿下、万歳！」

　歓声は、二人が城内に姿を消してもなかなか収まらなかった。
　

　式後、アーガイン王からガイウス王子が正式に世継ぎの王太子と認定され、その妻サラは王太子妃となった。
　更にその二か月後、王太子妃の懐妊が発表され、祝福ムードは当分収まる気配はなかった。

　一年後、王太子ガイウスに第一王子が生まれると、国王は王太子に譲位することを発表した。
　元国王と王妃は隠居して王宮の離れに移り住むこととなり、生まれたばかりの孫を溺愛した。
　空位だった宰相には新王の腹心、ウルリック・メルトラが抜擢された。
　新王の領地であるゼスティン侯爵領はそのままに、彼の弟であるユージンが管理を任された。
　ユージンは王都から母親を引き取り、ゼスティン侯爵領のガイアの屋敷に住んで商売を引き継ぐ事になった。
　サンドラは新王妃の世話役として王宮に入ることになり、後に王宮の筆頭女官となった。
　だが、新王の配下の中にウォルフの名はなかった。

　余談だが、国際条約機構は後継者争いが激化し、その過程で有力な後継者が次々と謎の死を遂げるなど何年にも渡って混乱した。リッケル共和国が仲裁に入ったことで機構は形骸化し、実質上解体されることになった。機構の主な事業であった、国境紛争解決部門と馬車道管理などの事業部門は、共和国主導でそれぞれが独立した組織になった。

　アレイス王国年代記によれば、奴隷売買禁止法はこの新国王の時代に始まったとされる。
　この時期には教育改革が行われ、貴族以外の庶民でも博学院の試験を受けることが許され、男女の別なく高度な教育を受けられるようになった。
　それに貢献したのは王妃サラであり、彼女は後に魔法院と博学院両方の名誉教授待遇を与えられた。その功績は、この国の博学院のレベルを押し上げ、世界中から生徒が集まるほどになったことだ。

　新国王ガイウス一世と王妃サラの間には、5人の王子と4人の王女が生まれた。
　この時代、一人の王妃が生んだ子供の数としては異例の多さで、夫婦仲が良かったことがうかがえる。
　それを証明するかのように、子供たちは両親の深い愛情に包まれて健やかに成長し、これだけ多くの子供がいるにもかかわらず、世継ぎ問題も発生しなかった。
　彼らは強い魔力を持ち、成長すると国境の紛争を解決し、宮廷から腐敗した貴族を追い出すなど、国王の治世に大きく貢献した。　
　特に魔力が高かったとされる王妃サラのガイウス一世の治世における功績は筆舌に尽くしがたい。だが彼女の素性については謎が多く、後世の研究家らはこぞってその謎を解くことに必死になっている。

　王妃サラの産んだ4人の王女のうち、知性の女神と呼ばれるほどに賢かった第一王女は、宰相ウルリックに嫁ぎ、兄妹の中で最も母親に似ていると言われた二番目の王女は、隣国メルトアンゼル皇国の皇帝キュリオスと皇后シリルとの間に生まれた第一皇子に嫁いだ。

　また、この時代は最も戦争が少なかったと言われている。
　これもひとえに王家の高い魔力のおかげであると推察するが、不可思議な報告もある。
　それは国境で争いが起こるたび、辺境の山の方から不思議な光が発せられたという目撃情報が頻繁にあったことだ。そこは魔物の跋扈する魔の山と呼ばれる場所で、光魔法を使う隠者一家が住んでいるという都市伝説が後世まで伝わっている。
　
　年代記はこの新たな王の時代をこう締めくくっている。
　王国史上、最も繁栄を謳歌する時代の幕開けだと。


　（完）