聖魔の乙女は運命を転がす~落ちこぼれ回復士の私が救世主になって魔王に愛される理由~

つかさ

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第二章

魔王と馬車の旅

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 私と聖魔騎士団は魔王の護衛という名目で、魔王都へ出発した。
 魔王を乗せるということで、サレオスがかなり上等な馬車を用意してくれた。
 今までの荷馬車とは違って、客車の座席はぶかふかの皮張りソファだし、窓にはカーテンがついてるし。
 それでも魔王はブツブツ文句を云っていた。

「魔王都に戻ればスレイプニールがいるのに」

 スレイプニールとは、地上で最も早く走ることができるという8本脚の上位魔獣だ。
 魔王や魔貴族はスレイプニールに馬車を引かせて出かけることが多い。
 移動速度が段違いに速いからだ。その速度は新幹線より速いというからすごい。
 でもそんなのに引かれる馬車ってある意味怖いんですけど。

 重量のあるシトリー、団長のジュスターと副団長のカナンが馬に乗り、他のメンバーが馬車に乗ることになった。
 二頭立ての馬車の御者席にはアスタリスとクシテフォンが座り、馬車の後部台にはウルクとテスカが座って背後を警戒している。
 馬車の客室にはネーヴェとユリウス、魔王と私が乗る。
 実はネーヴェとユリウスに同乗するように指名したのは魔王だった。
 理由は、「長旅には目の保養が必要だから」だそうだ。
 意外に面食いだったのね。

「もちろん、おまえもだぞ」

 と、ついでのように私に云った。
 そんなフォロー、逆に傷つくわ。

 魔族の国は東側の広大な大陸全土を版図とする。
 魔族の大陸の最も西に位置する前線基地から、魔王都メギドラまでは馬車の旅で最短でも2か月ほどかかるという。
 魔王はスレイプニールなら1日とかからないのに、とかなんとか、まだぼやいている。

 前線基地を管轄するのは魔王都であり、基地の兵士たちが戦死したり欠員がでたりすると、魔王直轄領や魔王都から増員が送られてくる。
 100年前から前線基地を守護しているのは魔王守護将のサレオスだが、魔王都へは足の速い魔族や魔物を連絡役として送るだけで、彼自身はもうずいぶん長いこと魔王都には戻っていないという。

 魔族の国は、中央に魔王の治める巨大都市『魔王都メギドラ』があり、それを囲むように6人の魔貴族たちの領土が、間に必ず魔王直轄領を挟むように位置している。それは互いの領土を侵略しないようにするための措置だ。
 前線基地から東へ行くと魔伯爵マクスウェルの領土であるが、魔族の国の主要道路はすべて魔王直轄領を通るように整備されている。
 その道路を通って行けばいずれ魔王都につくのだ。

 魔王都といえば、前線基地を出発する前の晩、サレオスが私の部屋を訪ねてきたことを思い出していた。

「トワ様に私ごときがこのようなお願いするのはどうかとも思いましたが、どうか聞いていただきたい」

 彼はそう云って大きな体を折って深々と頭を下げた。

「私は魔王様に仕えて300年以上になりますが、あのように声を上げて笑ったところを初めて見ました」
「え?そうなの?」
「はい。あのようなお姿のせいもあるのですが、あなたが来られてからの魔王様はまるで別人のように明るくなられました。信じられないほどに」
「サレオスの知っている魔王ってどんな人だったの?」
「…恐ろしい、としか言いようがありませんでした」
「恐ろしい?」
「ええ。以前の魔王様は、部下にはただ命じるだけで、不必要な会話をすることなどほとんどありませんでした。魔王様の会話の相手といえば魔貴族の方々や我ら魔王護衛将くらいなものです。そして少しでも機嫌を損ねるようなことがあれば、どれだけ高い地位にいる者でも消滅させられてしまうのです」
「消滅って…殺すってこと?」
「文字通り、この世界から跡形もなく消されてしまいます。魔王様は空間魔法を操れますので」
「え~…」

 思わぬ話に、私は驚いていた。
 確かに、初めて会った時は、魔族を癒せなければ殺すと云っていたけど、そんなに怖いとは思わなかった。
 今は子供だけど、もしかして元の姿に戻ったら、サレオスの云うような怖い人になったりするのかな?

「砦の件で、トワ様は魔王様に意見なさいましたね。正直、私はトワ様が消されてしまうのではないかと内心ヒヤヒヤしておりました。ですが結果的に魔王様はあのように笑顔を見せられました。本当に別人になったのではないかと、何度も魔王様の魔力を確認したほどです」

 確かに、魔王は私が文句を云った時は不機嫌になったけど、それだけだった。
 食堂で騎士団のメンバーと話し合ってた時も、サレオスはそんな風に心配して、わざわざ様子を見にきてくれてたんだな。知らなかった。

「ですが、トワ様と共にいる魔王様を見て確信しました。あなたの存在が、魔王様を変えたのだと。どうかこののちもずっと、魔王様と共にいて差し上げてください。お願いします」

 サレオスはそう云ってまた頭を下げた。

「ちょっとちょっと、頭を上げて。頼まれなくても魔王とは一緒に魔王都へ行くわよ。でも私は人間だから、不老不死の魔王とずっと一緒にはいられないってことはわかってよね」
「では、可能な限りでも構いません」
「…サレオスさんって、魔王想いなのね」
「いえ、私は魔王様の臣下ですから。側近には恐れられていますが、魔王様は下々の者にとってはすばらしい統治者なのです。恐ろしい一面しか見ていない者は愚かだと思います。そして今回の魔王様の変化を私は好ましく思っているのです」

 そのサレオスが、魔王都に戻るのなら注意した方がいいと忠告したのだ。
 彼はずっと魔王都へ戻っていないので、確かなことは云えないと前置きしながらも、魔王を恐れる者たちの中には魔王の帰還を歓迎せず、害を加えようと企む者もいるかもしれないという可能性を示唆した。
 私は彼の言葉を心に重く受け止めた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 魔族の国には、『魔の森』が各地に点在し、全国土の約3割を占めているという。
 魔の森には例のカブラの木が自生しているので、人間は魔族のどの国にいても暮らしていけないということになる。
 しかし魔族にとっては命の森と称されている。魔の森に自生する作物や木の実などは、明らかに他の森のものより大きく、収穫後、再び実るまでの周期が短い。そのため、動物や魔物たちも多く住み、飢えることがない。
 農地を持たぬ魔族であっても、魔の森さえあれば生きていけるのだ。
 そういうわけで、魔王都をめざして長旅をする私たちも、道々魔の森で食糧を調達することになった。

 団員たちが手分けして魔の森で食糧を収穫する間に、シトリーが魔の森の木を使って、食糧を載せるための、馬車に連結させるタイプの荷馬車を作るという。彼はちゃっかり基地から工具を持って来ていた。
 その間、魔王と私は馬車を降りて、大きく伸びをした。

「ふむ、100年の間に随分道も荒れてしまったな。また整備しなおさねば」
「この道路、ゼルくんが作ったの?」
「そうだ。いや実際には下級魔族たちに命じて作らせたのだが」
「フフッ、そうよね。肉体労働とか無理そうだもんね」

 他の団員たちが魔の森の中へ行ってしまったので、ジュスターが護衛として私と魔王の側に立っていた。アスタリスは馬車の整備をしている。

 ジュスターは自分のマントをしゅるっと外して地面に敷き、「どうぞこちらへお座りください」と、私たちを促した。
 魔王は私が彼らに与えたスキルの中でも、ジュスターの<衣服創造・装着>には特に興味を持ったようだ。
 それでさっそく自分用の服をジュスターに注文した。
 隣で急に素っ裸になるもんだから、私も焦っちゃったわよ。

「も~、お風呂じゃないんだから、急に脱がないでよ!やるなら向こうでやって!」

 いくら子供だからって、礼儀ってもんがあるでしょうよ!と私が目を逸らしている間に、ジュスターにいろいろ要望をして、とっかえひっかえやった後、ようやく気に入った服ができたらしい。

「どうだ?」

 と少年魔王が私に衣装を見せてきた。

「お、かっこいいじゃない?」
「フフン、だろう?」

 金の刺繍が施された丈の短い黒いジャケットに黒のパンツ、黒いブーツというまるで舞台俳優みたいな出で立ちだった。差し色として腰に赤いサッシュを巻いている。魔王というより小さな王子様だ。

「なあ、このスキル、我にもくれ」
「だから無理だってば。魔王を私の下僕にできるわけないでしょ」
「むう。つまらん」

 唇を尖がらせて文句を云う少年を見て、ほんとにこれが、みんなを怖がらせる魔王なのかなと疑問に思った。

 その時、ジュスターが急に話を遮った。

「魔王様、トワ様、馬車にお乗りください」

 ジュスターに促されて、私と魔王が馬車の客車に乗ると、その後に駆けつけてきたアスタリスが扉を閉めてその前に立ちふさがった。どうやら彼が遠隔通話でジュスターに何かの異変を伝えたようだ。
 私と魔王は扉の窓から外の様子をこっそり見ていた。

 しばらくすると、ジュスターの周りに複数の人影が現れた。

「貴様ら、何者だ」

 ジュスターが凄んだ声で誰何した。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 食糧調達のために森に入った聖魔騎士団員たちは、2組に別れてそれぞれ役割を決めた。
 カナンをリーダーに、ネーヴェ、有翼人のウルクの3人は魔物を探して狩りをするチーム。
 テスカとクシテフォン、<食材鑑定>を持つユリウスの3人は木の実や果物などを探すチーム。
 シトリーは別の場所で荷馬車作りのために、木を切っていた。
 彼らは狩りに夢中で、結構森の奥深くまで入り込んでいたため、森の外にいるジュスターと連絡が取れなくなってしまったことに気付かなかった。

 カナンのチームはさっそく獲物を見つけた。
 獲物は巨大なイノシシのようなドレイクボアという魔物だった。
 鋭い大きな牙と突進力を持つが、前進することしかできない単純な獣である。
 有翼人のウルクが上空から通路の指示を出し、カナンが囮となってドレイクボアをおびき出す。

「そのまま直進して!」と空からウルクが指示を出す。
 カナンの背後から、ドレイクボアが突進してくる。
 その正面には巨大な木がそびえ立っていた。
 カナンはそのスピードのまま巨木を直角に登って行った。
 カナンの後ろを走ってきたドレイクボアは、巨木に正面から衝突した。
 カナンは上空でひらりと宙返りし、ドレイクボアの後ろに着地した。
 ネーヴェがいつのまにかその隣に立って、動きの止まった魔物を見ていた。

「じゃあ、仕留めるね」とネーヴェは両手を高く上げ、「切断刃<カッティングエッジ>」と唱えると、ドレイクボアは奇麗に輪切りスライスにされた。

 同じ頃、クシテフォンのチームも大量の成果を上げていた。
 木の上にいたクシテフォンとテスカは、ユリウスが<食材鑑定>で指示した果実などを大量に収穫していた。
 ユリウスは下に落ちている木の実や花の蜜を集めていた。<光速行動>はここでも役に立ち、複数のユリウスが木の実を集める光景が見られた。

「ここの実りはすごいな。大きさも申し分ない。これだけあればしばらくは大丈夫だね」

 両手いっぱいにキノコ類を抱えたテスカが云った。

「こっちももう持ちきれないぞ」

 クシテフォンは両手いっぱいに果実を抱えて空から舞い降りた。

「100年ぶりに来たけど、やっぱり魔の森はすごいところですね。少し苗を持って帰りたいな。落ち着いたら植えてみたい」

 ユリウスは小さな可愛らしい薄いピンク色の花を手にしながら呟いた。

「そろそろ戻ろうか」

 クシテフォンが、食材を入れてパンパンになった袋を担ごうとしていたテスカからそれを軽々と取り上げて云った。代わりに小さな袋の方をテスカに渡した。
 テスカが申し訳なさそうにしていると、ユリウスが「こっちを手伝って」と云うので、テスカは更に軽い木の実の入った袋を持つことになった。

 クシテフォンのチームが森の入り口まで戻ると、カナンたちが既に戻ってきていた。

「ん?団長たちの姿が見えないが…」

 クシテフォンが尋ねると、「わからない」とカナンは首を振った。遠隔通話も届かないようで、ジュスターとの連絡が取れない。
 そして、地面に落ちているジュスターのマントを指さし、カナンは云った。

「私たちが来たときには馬車もなく、この敷物だけが残されていた」
「俺とウルクで空から探してみる」

 有翼人のクシテフォンとウルクが空へ舞い上がった。

「アスタリスも一緒なのかな。それなら危険を察知できそうだけど」

 テスカがあたりをきょろきょろしていると木を数本担いだシトリーが帰ってきた。

「あ、シトリー。団長たちを見なかった?」
「いいや。何かあったのか」
「馬車ごと姿が見えないんだよ」
「ふむ…」

 シトリーがよく利く鼻でクンクンとあたりの臭いを嗅いでみた。

「何者かの臭いが残っている。それも複数だ」
「まさか、誰かに襲われたの?」ネーヴェは驚いた。
「だとしても、団長と魔王様がおいでですから、そう簡単には…」

 ユリウスが話していると、アスタリスから遠隔通話テレパシーが全員に入った。
 クシテフォンとウルクも急いで舞い戻ってきた。

「聞いたか?今の」
「アスタリスが迎えに来るから待ってろってさ」
「トワ様たちは、カマソの集落にいるって…。カマソってどこ?」

 ネーヴェの質問には誰も答えられなかった。
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