75 / 246
間章(3)
寝坊しすぎた眠り姫
しおりを挟む
マルティスは簡単な仕事をひとつ終えて事務所へ戻ってきた。
事務所の2階の住居スペースへ行くと、ベッドには相変わらず少女が眠っている。
「よう、ただいま、眠り姫」
マルティスは、目を覚まさない彼女に向かって挨拶した。
もちろん、返事はない。だが、いつしか仕事の愚痴や、過去のこと、いろんな話をすることが日課になっていた。
不思議なことに、少女の体はそこにあるようでないような、とても不安定な存在になっていた。
魔法局から連れて帰って来た時は、確かにそこに存在していたはずなのに、時間の経過と共にどんどんその姿が揺らぎ始めたのだ。
彼女の体に触れようとすると、見えないバリアに弾かれた。
彼女の姿は、2年前と何ひとつ変わらない。
まるで、そこだけ時間の流れが止まっているかのようだった。
この2年近く、回復士にも呪術師にも見てもらったが、一度も目を覚まさなかった。
彼女には直接触れることができないため、ベッドから動かすこともできないのだ。
おかげでマルティスはずっとソファで眠る毎日を送っている。
イドラに紹介されたホリーという回復士は戦場に行きっぱなしで連絡が取れず、戻ってきたと思ったら、今度は大司教公国の『大布教礼拝』に同行するとかで、結局来てはくれなかった。
彼女はマルティスが便利屋だと聞き、逆に彼に仕事を頼みたいとポストに連絡してきた。
今日の夕方に帝国城の裏口に行って、誰にも見られずに荷物を受け取ってトルマを出て、指定の場所へ届けて欲しい、という依頼だった。
ポストに連絡のあった場所に行くと、前金で金貨200枚という破格の報酬を提示され、その場で受けた。だが、冷静に考えるとヤバイ案件かもしれない。
だが金を受け取ってしまった以上、やるしかない。
マジでヤバかったら逃げるしかないかもな。
まあ、そろそろトルマを出ようと思っていたところだ。いいきっかけになるかもしれない。
2か月ほど前に帝国大学の生徒を詐欺にかけて金貨100枚を奪ったばかりなのだ。
彼は精神スキルを使って、相手の脳内の自分の記憶を曖昧にしているため、脚がつくことはないだろうが、用心するに越したことはない。
マルティスはズボンのポケットに手を入れて、宝玉を取り出した。
それは魔法局長コーネリアスが戦場から戻ってすぐに会いに行き、精神スキルで操って彼からまんまと手に入れたものだった。
この宝玉は、大学生のお坊ちゃんを騙すのにとても役立った。
その大学生は、グリンブル王国の王子様だったのだ。
かなりの甘ちゃんで、宝玉を取引すれば儲かる、という美味しい話にまんまとひっかかってくれた。
あれは実に楽な仕事だった。
「<防御力増加>か…。いつ使うんだこんなの」
しかし、この娘はどうしたものか。
触れられないのでは連れて行くこともできない。
どういうわけか、ポータル・マシンは転送スイッチを押してもウンともスンとも云わなくなった。
これを使って逃げようと思っていたのに、とんだ誤算だ。
そのせいでイドラにも連絡が取れない状態が続いている。
「置いていくしかないか。まあ、この状態なら平気だろ。1年に1回くらいは様子を見に来てやるか…」
マルティスはじっと少女を見た。
「目覚めないあんたが悪いんだぜ。手は尽くしてやったんだ。悪く思うなよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はぁはぁ…。
俺としたことがしくじった。
マジでヤバイ。荷物があんなヤバイもんだったなんて知ってたら受けなかった。
ったく、ロクなもんじゃねえ…。
マルティスは裏路地を走っていた。
彼の走った後には点々と血が落ちている。
「うっ…。これは、いよいよヤバイかもな…」
ようやく事務所へたどり着いたマルティスは、入って玄関の扉を閉め、鍵を掛けた。
扉を背に、荒い呼吸を整えた。
腹部を押えていた手を見ると、赤く染まっていた。
奴ら、始めっから俺を消すつもりだったんだ。
やっぱあのホリーって女、食えない女だぜ…。
この<防御力増加>がなきゃ即死だったかもな。
死んだふりしてやり過ごしてきたが、
やつらが戻ってきて死体がなきゃ追いかけてくるかもしれない。
その前に逃げなきゃならん…。
だが、このダメージはヤバイ予感がする。
「ハハ…俺も…焼きが回ったな…」
その時、奥の部屋で音がした。
「何だ…?」
奥の部屋に入ると、ポータル・マシンの台座が振動していた。
「まさか…」
マルティスはアトルヘイム魔法局で、あの娘が現れた時のことを思い出した。
彼は息をのんでじっとマシンの台座を見ていたが、やがて何も起こらないまま、振動は収まった。
「なんだよ…。単なる誤作動かよ…」
その直後、2階から物音がした。
マルティスは痛む腹を押えて2階へ上がった。
住居スペースの扉を開けて驚いた。
彼女が起きて、驚いた顔でこっちを見ている。
「…よう…お寝坊さんな眠り姫」
マルティスは、そのまま壁にもたれかかり、ズルズルと床にずり落ちた。
床には、彼の体から流れ落ちた血だまりができていた。
なんてこった…。
せっかく眠り姫が目を覚ましたってのに、今度は俺がおねんねする番かよ…。
事務所の2階の住居スペースへ行くと、ベッドには相変わらず少女が眠っている。
「よう、ただいま、眠り姫」
マルティスは、目を覚まさない彼女に向かって挨拶した。
もちろん、返事はない。だが、いつしか仕事の愚痴や、過去のこと、いろんな話をすることが日課になっていた。
不思議なことに、少女の体はそこにあるようでないような、とても不安定な存在になっていた。
魔法局から連れて帰って来た時は、確かにそこに存在していたはずなのに、時間の経過と共にどんどんその姿が揺らぎ始めたのだ。
彼女の体に触れようとすると、見えないバリアに弾かれた。
彼女の姿は、2年前と何ひとつ変わらない。
まるで、そこだけ時間の流れが止まっているかのようだった。
この2年近く、回復士にも呪術師にも見てもらったが、一度も目を覚まさなかった。
彼女には直接触れることができないため、ベッドから動かすこともできないのだ。
おかげでマルティスはずっとソファで眠る毎日を送っている。
イドラに紹介されたホリーという回復士は戦場に行きっぱなしで連絡が取れず、戻ってきたと思ったら、今度は大司教公国の『大布教礼拝』に同行するとかで、結局来てはくれなかった。
彼女はマルティスが便利屋だと聞き、逆に彼に仕事を頼みたいとポストに連絡してきた。
今日の夕方に帝国城の裏口に行って、誰にも見られずに荷物を受け取ってトルマを出て、指定の場所へ届けて欲しい、という依頼だった。
ポストに連絡のあった場所に行くと、前金で金貨200枚という破格の報酬を提示され、その場で受けた。だが、冷静に考えるとヤバイ案件かもしれない。
だが金を受け取ってしまった以上、やるしかない。
マジでヤバかったら逃げるしかないかもな。
まあ、そろそろトルマを出ようと思っていたところだ。いいきっかけになるかもしれない。
2か月ほど前に帝国大学の生徒を詐欺にかけて金貨100枚を奪ったばかりなのだ。
彼は精神スキルを使って、相手の脳内の自分の記憶を曖昧にしているため、脚がつくことはないだろうが、用心するに越したことはない。
マルティスはズボンのポケットに手を入れて、宝玉を取り出した。
それは魔法局長コーネリアスが戦場から戻ってすぐに会いに行き、精神スキルで操って彼からまんまと手に入れたものだった。
この宝玉は、大学生のお坊ちゃんを騙すのにとても役立った。
その大学生は、グリンブル王国の王子様だったのだ。
かなりの甘ちゃんで、宝玉を取引すれば儲かる、という美味しい話にまんまとひっかかってくれた。
あれは実に楽な仕事だった。
「<防御力増加>か…。いつ使うんだこんなの」
しかし、この娘はどうしたものか。
触れられないのでは連れて行くこともできない。
どういうわけか、ポータル・マシンは転送スイッチを押してもウンともスンとも云わなくなった。
これを使って逃げようと思っていたのに、とんだ誤算だ。
そのせいでイドラにも連絡が取れない状態が続いている。
「置いていくしかないか。まあ、この状態なら平気だろ。1年に1回くらいは様子を見に来てやるか…」
マルティスはじっと少女を見た。
「目覚めないあんたが悪いんだぜ。手は尽くしてやったんだ。悪く思うなよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はぁはぁ…。
俺としたことがしくじった。
マジでヤバイ。荷物があんなヤバイもんだったなんて知ってたら受けなかった。
ったく、ロクなもんじゃねえ…。
マルティスは裏路地を走っていた。
彼の走った後には点々と血が落ちている。
「うっ…。これは、いよいよヤバイかもな…」
ようやく事務所へたどり着いたマルティスは、入って玄関の扉を閉め、鍵を掛けた。
扉を背に、荒い呼吸を整えた。
腹部を押えていた手を見ると、赤く染まっていた。
奴ら、始めっから俺を消すつもりだったんだ。
やっぱあのホリーって女、食えない女だぜ…。
この<防御力増加>がなきゃ即死だったかもな。
死んだふりしてやり過ごしてきたが、
やつらが戻ってきて死体がなきゃ追いかけてくるかもしれない。
その前に逃げなきゃならん…。
だが、このダメージはヤバイ予感がする。
「ハハ…俺も…焼きが回ったな…」
その時、奥の部屋で音がした。
「何だ…?」
奥の部屋に入ると、ポータル・マシンの台座が振動していた。
「まさか…」
マルティスはアトルヘイム魔法局で、あの娘が現れた時のことを思い出した。
彼は息をのんでじっとマシンの台座を見ていたが、やがて何も起こらないまま、振動は収まった。
「なんだよ…。単なる誤作動かよ…」
その直後、2階から物音がした。
マルティスは痛む腹を押えて2階へ上がった。
住居スペースの扉を開けて驚いた。
彼女が起きて、驚いた顔でこっちを見ている。
「…よう…お寝坊さんな眠り姫」
マルティスは、そのまま壁にもたれかかり、ズルズルと床にずり落ちた。
床には、彼の体から流れ落ちた血だまりができていた。
なんてこった…。
せっかく眠り姫が目を覚ましたってのに、今度は俺がおねんねする番かよ…。
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
【完結】巻き込まれたけど私が本物 ~転移したら体がモフモフ化してて、公爵家のペットになりました~
千堂みくま
ファンタジー
異世界に幼なじみと一緒に召喚された17歳の莉乃。なぜか体がペンギンの雛(?)になっており、変な鳥だと城から追い出されてしまう。しかし森の中でイケメン公爵様に拾われ、ペットとして大切に飼われる事になった。公爵家でイケメン兄弟と一緒に暮らしていたが、魔物が減ったり、瘴気が薄くなったりと不思議な事件が次々と起こる。どうやら謎のペンギンもどきには重大な秘密があるようで……? ※恋愛要素あるけど進行はゆっくり目。※ファンタジーなので冒険したりします。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる