元公爵令嬢、愛を知る

アズやっこ

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「では人との繋がりとは何でしょうか」

「繋がりか…。

今、ルナちゃんは食堂で働いている。俺は店主の親父の息子だ。俺達の関係は繋がりと言えば繋がりかもしれない。でも俺は繋がりとは思っていない。ルナちゃんとは知り合い、それだ。

俺が思う繋がりは名を教え合い初めて知り合いから繋がる縁だと思っている」

「名、ですか…」

「街ゆく人は顔は知ってる知り合い。でも名を知らなければ呼び止める事も出来ない。手を上げ挨拶はしても、言葉を交わし話しても、それは知り合いなんだ。

名はその人を表す。名を呼び合い初めて縁が繋がる。

ルナちゃんは俺を団長さんと呼ぶけど、団長だって一年で変わる。それに俺の名は団長じゃない」

「そう、ですが」

「団長は役職の名前であって俺を表す名ではない」

「……はい」

「ルナちゃんにとって俺は知り合い。だから俺の名がどんな名か気にもならない。呼び方は役職の名があるからな。そういう意味ではルナちゃんと俺は繋がっていない。

ルナちゃん、俺が初めて会った時に名を聞いたのを覚えてる?」

「はい」

「俺はルナちゃんと縁を繋ごうとした。それは男女の縁ではなく、この街に暮らす修道女の一人の人として街に溶け込んでほしいと思ったからだ。

この街は温かくて優しい人ばかりだ。ルナちゃんが受け入れれば誰も拒絶しない。元貴族だろうと今修道女だろうと、そんなのは些細な事だ。心が広い人が多いんだ。

母さんはこの街の人達の優しさに救われた。

ここは母さんにとって懺悔の場であり祈りの場だ。人を傷つけ修道女になり、修道院を出ても傷つけた事実がなくなる訳じゃない。元婚約者との関係を築こうとしなかった事、親父と知り合い縁を繋ぎ、この街の人達の優しさに触れ、初めて人との繋がりに向き合った。

母さんがいた世界は人との繋がりが希薄の所だ。繋がりがあるようで平気で人を蹴落とす所だ。

人とは、繋がりとは、改めて向き合い、自分に何が足りないのか、自分の置かれていた立場、そして今までを懺悔し、これからを祈る。

母さんはずっと孤独だったと言った。周りには慕ってくれる人はいた。だけど本音を言えるのはメイドだけ。その大事なメイドに手を付けられ頭に血が上った。

今まで見てみぬふりして我慢してきた。誰も女好きの婚約者なんて持ちたくない。それでも自分の気持ちなんて婚約に関係ない。だから心を無にした。何を見ても何を聞いても気にならない。他人事のように婚約者として過ごしてきた。

それでも16歳の少女が傷つかない訳ではない。

自分は婚約者にとって愛の対象ではなかった。女性ではなかった。初めから形だけの婚約者でしかなかった。だから婚約者と距離を置いた。

家族から見限られ、メイドには裏切られた。修道院へ送られ人を拒絶した。

でも人との繋がりを知った母さんは、自分は一人じゃない。支えてくれる人がいる。手を差し伸べてくれる人がいる。ならその人の為に自分が出来る事。それは同じように支え手を差し伸べる。

人に頼る事は悪い事じゃない。人に甘える事は悪い事じゃない。笑って怒って泣いて、人として産まれ人としてある感情。日々の生活を一生懸命生きる。

『昔は一日がとても長かった。でも今は一日がとても短い。愛しい人がいて愛しい息子がいて毎日楽しく笑って、街の人達とくだらない愚痴を話して、毎日生きてるって感じる。幸せってこういう事なのね』

人との繋がりを知った母さんの言葉だ」


孤独も我慢も貴族では当たり前。それが矜持。感情を表に出す事は淑女のする事ではない。それに王族へ嫁ぐなら尚更。私も婚約者に決まってから何度も教えられた。呪いの言葉のように何度も頭に叩き込まれた。

人と繋がる事が幸せ?

幸せとは?

一人の世界は誰からも干渉されない自分を守れる所。傷つけられる事も傷つける事もない世界。それは孤独と言えば孤独。

でも、一人でも生きていける。


「ルナちゃんは一人でも生きていけるとか思ってるだろ」


私はドキっとした。


「正解か…。人は一人で生きていない。一人で生きてるように思えるけど、実際は違う。野菜を作る人、野菜を売る人、料理をする時に使う器具、水、薪、全て人の手が入ってる。それに肉は家畜。人だけでなく家畜によって人は生かされている。日々の生活を送る為に。

俺達は見えない人達の手で生かされている。そして俺は料理を作る事でまた違う人を生かす手助けをしている。

生きるってそもそも母さんが俺を産まなければこの世に誕生しなかった。母さんの腹に宿った瞬間から人は誰かの助けを借りて生きているんだ。一人じゃない」

「……はい」

「帰ろうか」


すっかり日は落ちていた。さっきまで綺麗な景色が広がっていたのが今は重苦しい景色に見える。

塔の階段を下りる。暗く、まるで闇に向かって下りているみたいだった。目の前を歩く団長さんの背中だけが頼り。

塔から出て地面に足をつけた時、とても安心した。もうこれ以上下りることはないと。


前までは暗闇に安心した。でも今は暗闇が怖いとさえ感じる。何も見えない闇は自分が何者で何処にいるのか分からなくさせる。

さっきの階段もそう。今まではどこまで落ちようが何も思わなかった。落ちて落ちて、それでも底のない暗闇にずっといたから…。

だから塔から出た時、街の明るさに安心した。



食堂まで向かう道、行き交う人達、足早に家路に向かう人達、話し声、笑い声、

人の気配に、人の声に、今まで気にもしていなかった。意識をすると目に、耳に入ってくる。


一人じゃない


か…。



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