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7 母
しおりを挟む私は団長さんから顔を背けた。
「ここは母さんにとって懺悔の場所であり祈りの場所だった」
団長さんの声に私は団長さんを見つめた。
「母さんもルナちゃんと同じ修道女だったんだ」
私と同じという事は罪を償う為に修道院へ送られた、という事?
「母さんは婚約者を傷つけ修道院へ送られた」
私が送られた修道院は修道院の中でも厳しい場所。高位貴族の中でも、公爵と侯爵令嬢が送られる。侯爵令嬢の中にはここではない違う修道院へ送られる事もある。まれに下位貴族令嬢も送られてくるけど、それはよっぽどの罪を犯した者。
「母さんの元婚約者は女好きで、何人も女性を侍らせていたらしい。母さんは自分のメイドにまで手を付けられ近くにあったナイフで婚約者の腕を切りつけた。元婚約者には肘から手首までナイフで切られた跡が残ったらしい」
肘から手首までの傷、どこかで聞いたわ。
そうよ、女好きの王弟。確か王弟殿下の元婚約者は公爵令嬢。
なら、団長さんのお母様は元公爵令嬢。
でも、確か、その後、王弟殿下の婚約者になりたい令嬢がいなくて、最期はメイドに刺されて亡くなった。そのメイドも処刑されたはず。
それから王弟殿下の事は禁句になった。私が幼い頃だから詳しくは知らないけど。
「親父は元々修道院に食料を運ぶ為に出入りしていた。そこで母さんと出会った。生きてるのか死んでるのか分からない母さんの顔を見て親父は言ったそうだ。
『生きたくても生きれない者がいるんだ。生きてるなら精一杯生きろ』
親父には将来を誓いあった幼馴染みがいたんだ。幼い頃から病弱で、治す為には俺達平民にとったら高額な薬代が必要だった。彼女の両親がどれだけ働いても高額な薬を何度も飲ませる事は出来ない。親父が働くようになってもそれは変わらなかった。そして彼女は亡くなった。
親父は許せなかったんだろうな。何もかも諦めて毎日をただ無心で生きている母さんが。
俺はここで母さんの涙を一度だけ見た事がある。
『昔の知人が亡くなったの』
その日はその一言しか話さなかった。
あっ、親父と母さんはきちんと愛しあって結婚したぞ。子供の俺でも恥ずかしくなるくらい二人は仲が良かった。母さんは親父を空のような人と言っていた。こんな私の上にも空があっていつも見守ってくれてる。それに喜怒哀楽があって親父みたいだって」
「喜怒哀楽、ですか?」
「よく晴れた日は喜んでいる。雷がなれば怒っている。雨が降れば哀しんでいる。風が吹けば楽しんでいる。
親父と母さんの間に何があったかは知らないけど、母さんは親父に救われた。生きるって意味を見出だせた。それは日々の生活の中にあったのかもしれないし、親父の愛だったのかもしれない。
『どんな人にでも平等に生きる権利がある。そしてどんな人にでも太陽の陽を浴びる権利がある。皆の上にはいつも青空が広がってるの』
その意味は良く分からないけど、母さんがいつも言っていたんだ」
お母様の気持ちが良く分かる。人を傷つけ修道院へ送られた者に太陽の陽は眩しすぎる。
お天道様が見ている、私達は見られていた。自分の醜い感情で動いた行動を。だから自分を隠す闇夜に安心する。
それに喜怒哀楽とは人が持つ感情。良くも悪くも貴族令嬢は喜怒哀楽を隠す。
団長さんは顔を上げて空を眺めている。
「母さんが亡くなって親父は寡黙になったけど、母さんがいた頃はよく笑ってたんだ…。
母さんはいつも親父に救われたって言ってたけど、親父だって母さんに救われていたんだと思う」
店主さんは今も悲しみの中にいるのかもしれない。最愛の奥様を亡くされて一人で生きるについて考えているのかもしれない。日々の生活をおくる事であまり考えないようにしているのかもしれない。
でも、それ程まで人を愛するって、どんな気持ちなのかしら…。
どうしてそこまで人を愛せるの?
愛するのが怖くないの?
「団長さん、愛って何でしょう」
「相手を愛しいと思う気持ちじゃない?」
「愛しい、ですか…」
「ルナちゃんも好きになった人はいるだろ?婚約者がいたんだろ?」
「……はい…」
「母さんにも婚約者がいた。母さんが前に言っていたんだけど、親父を愛して初めて人を愛するという事がとても尊いものだと知ったって。
親に決められた婚約者、それが当たり前の世界で、そこに愛は必要無かった。婚約者が何をしようと、どんな人であろうと結婚する以外の選択は無かった。でも初めからそうではなかったって。婚約者が変わった原因に自分も少なからず関係していたって。寂しい人だと知っていたのに自分は何もしなかった。もし婚約者との関係を変えていたらこうはならなかった。婚約者もあんな人にはならなかったし自分も人を傷つける事はなかった」
「ですが、それは貴族では当たり前です。皆が皆、好きな人と婚約できるとは限りません。親に決められ嫌嫌婚約する人もいます」
「ルナちゃんは?」
「私は…、嫉妬するくらいには慕ってはいました、けど…」
「嫉妬、それだって愛だろ?相手を妬む、それだって好きじゃなかったら生まれない感情だ」
「ですが、嫉妬は醜いです」
「人を愛するって綺麗事だけではないだろ。醜い感情だって生まれる。でもそこに情が無ければ生まれない。
他人が同じ状況でも嫉妬するか?しないだろ?可哀想、なんで嫉妬なんかする、そんな男捨ててやれ、他人事だから冷静になれる。
でも自分自身の事だから冷静になんてなれない。それは当たり前の感情だ。
母さんも親父に話しかける女に嫉妬してたぞ?親父も母さんに話しかける男に嫉妬してた。それでよく喧嘩になってたな。
仲が良い時もあれば喧嘩して口を聞かない時もある。それでも離れず側にいる。愛なんてそんなもんじゃないのか?」
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