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6 昏
しおりを挟む私は食堂の前で待つ団長さんの所まで速歩きで向かった。
「団長さん、遅くなりました」
「ルナ、ちゃん?」
「はい。ルナさんにお願いしておめかしをしたんですが、やっぱり修道服の方が良かったですか?」
「いやいや、これでいいよ。っていうよりこれがいい。似合ってる」
「ありがとうございます」
「さぁ行こうか」
団長さんの後を付いて街を案内してもらった。
「案内するほど大きな街じゃないんだけど」
食堂に届けられる野菜を売ってる野菜屋さん、肉屋さん、それから色々な店を教えてもらった。
昼食は屋台で売られている肉と野菜を刺した物を食べ、果物の果汁の飲み物を飲んだ。
「屋台で良かった?」
「はい、初めて食べました。とても美味しいです。それに外で食べるのも初めてでしたが、一度食べてみたかったので嬉しいです」
公爵令嬢として屋台で食べ物を買うのも外で食べるのも禁止されていた。『恥ずかしい真似はするな、お前は公爵令嬢だ。屋台など下下の者が食べる物だ』幼い頃一度食べてみたいと言った時、お父様に怒られた。
だから屋台で買い外で食べる、一度はしてみたいとずっと憧れていた。
昼食を食べ終わってからも街の案内をしてもらった。公園や広場、道案内も兼ねて教えてもらいながら街を歩いた。
「街の案内はこんな所かな。どこか行きたい所はある?」
「大丈夫です。ここといってありません」
「なら、これから俺のお気に入りの場所に案内するよ」
私は団長さんの後を付いていき、塔の上まで階段で上り、視界が開けた時、何も遮るものがない風景が広がっていた。
「少し早かったか」
ほぞっと呟いた声が聞こえ私は団長を見た。
「ここから見る景色で一番綺麗な景色を見せたかったんだ」
「今も十分に綺麗です」
「これ以上に綺麗な眺めだ」
「楽しみです」
「この塔はさ、大昔に神が降り立った場所なんだ」
団長さんの話に耳を傾ける。
「修道院も昔は今みたいに貴族のお嬢さん達の監獄ではなかった。神にあやかりたいと行儀見習いの場所だった」
今もシスターになりたいと修道院に入ってくる平民はいる。一緒に暮らしていた時もシスターを目指す子達はいた。
それでも私のように罪を償う為に送られる場所、貴族令嬢はそう思っている。だから修道院には行きたくないと…。
「元々貴族のお嬢さん達の行儀見習いの場所がいつしか罰を受ける場所になり、この街から人が出て行くようになった。
同じ街にある修道院は疎外する場所ではなく受容する場所。やり直す機会を与える場所だと俺は思っている。だから街の行事にも参加してもらった。そして今回ルナちゃんを受け入れた」
今まではシスターを目指す子達が街に行き街の行事に参加していた。バザーがある時は私もハンカチに刺繍を刺した。刺繍を刺すのは貴族令嬢として身に付いたものだから。
でも、罪を償う私のような元貴族令嬢は交流させない。それが修道院の決まりだった。
その足がかりとして私が選ばれた訳だけど…。
「俺はこの街が好きだ。この街で生まれ育った。親父がいて母さんがいて、忙しくても毎日が楽しかった。食堂を営む親父を助ける為に母さんも一緒に働いていたからどこか遊びに連れていってもらった事はない。それでも子供の頃は母さんといつもここに来ていた。ここは母さんとの思い出の場所。そして俺の好きな場所だ。
ルナちゃん、見てみな」
その声に私は団長さんの見つめる視線の先を見つめた。
「きれい…」
始めて景色を見て綺麗だと思った。
違うわね、今まで景色なんて見てこなかった。空さえもゆっくり眺めた事はなかった。
「ああ」
太陽が沈もうと赤みがかったオレンジ色の空が広がっている。
黄昏時、
そう言われるのが分かる。綺麗な景色の中に寂しさを感じる。
昼間の空が嘘のように辺りは明るさが陰り、空の色も少し薄暗く感じる。夜に向けて太陽は役目の終わりを告げる。
それでも、最後の最後まで輝き続け、まだ私はここにいる、と太陽が主張する。
温もり、寂しさ、その両方を私は自分の目に焼き付ける。
黄昏色の空がこの街を包む。まるで母のように大地を包み込む。
私もその温もりの光を浴び、こんな私でも包み込んでくれる太陽に感謝した。
この幻想的な景色に言葉は必要ない。
団長さんの顔を見ると、とても幸せそうな顔をしていた。
その気持ちが分かる。とても幸せな時間。今、この場からこの景色を独り占めしている私達は幸せな事。
母なる大地、父なる空をいう本を子供の頃読んだ時、父なる空が分からなかった。お父様は空のような人ではなかったから。
でもこの景色を見ているとやっぱり母なる大地、母なる空だと思ってしまう。暖かい温もりある赤みがかったオレンジ色の空が大地を包み込む景色はやっぱり母のように思える。
我が子を抱きかかえる母のように
この景色を見ていると、産まれたばかりの弟を抱いているお母様の顔が浮ぶ。そして私を優しい眼差しで見つめ頭を撫でてくれた。
あの幸せな時間
あの時と同じ時間を今私は体感している。
また団長さんを見るとさっきまでの幸せそうな顔ではなく、どこか寂しそうな辛そうな顔をしていた。
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