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早朝の来客

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目が覚めるといつもはまだ隣で眠っているリーストファー様の姿がなかった。私の部屋から物音がしている。私は夜着を羽織り私室へ向かった。

部屋の中には湯の準備をしているニーナの姿だけ。


「ニーナおはよう、リーストファー様を知らない?いつもならまだ眠ってる時間なのにベッドにいないの」

「おはようございます奥様。旦那様なら先程ご友人がお見えになり、少し出てくると寝室を出て行かれました」

「そう…」

「奥様が気持ちよく眠っているからこのまま起こさないでほしいとおっしゃられたので起こしませんでしたが、申し訳ありません」

「いいのよ、リーストファー様がベッドから出て行ったのに気づかなかった私が悪いの」

「まだ湯の準備が終わっていませんので少しお待ち頂けますでしょうか」

「今日は軽く浴びるだけにするわ。ニーナ悪いんだけど支度を手伝ってくれない?」


軽く湯を浴び私はニーナに手伝ってもらい支度をした。『一応ご友人の分の朝食も準備できるようにしておいて』とニーナに頼み私は庭へ出て行ったリーストファー様を探した。

庭の奥から話し声が聞こえた。少し言い争っているような、時折ご友人と思う男性の大きな声が聞こえた。

私はその場に入っていけなくて大きな木の後ろに隠れた。

盗み聞きをするつもりはなかったけど、これでは盗み聞きと同じね。でも二人の中に入っていけないほどピリピリとした空気が私にも伝わった。


「どうしてあんな女と結婚したんだ。結婚する必要はなかっただろ」


あんな女?私の事よね。そう、あんな女…ね…。


「俺の妻をあんな女と呼ぶな!」


リーストファー様の怒気を含んだ低い声が聞こえた。


「俺達の目的は復讐だ!リーストファー、お前、忘れてないよな!テオンだけじゃない!俺達の兄弟が何人死んだ!あのくそったれのせいで何人死んだ!レイもライドもキルトもアースも俺達以外全員死んだんだぞ!分かってるのか!

全員の名前を言ってやろうか?俺達の兄弟の名前を俺達の家族の名前を、あのくそったれのせいで死んだ奴等の名前を!」


ああ…、彼は辺境の兄弟だったのね…。


「分かってる、分かってる…、分かってる、分かってるさ」

「あの馬鹿王太子を殺すんだ」

「ああ、……分かってる…」

「あいつらの敵を討つ、それが残された俺達の意志だっただろ」

「……ああ、そうだったな…」


ジークライド王太子殿下に復讐とは思っていた。でも殺すまでとは思わなかった。

兄弟として育った彼らの結束は強く、根深い憎悪を抱くほど兄弟達の死や家族の死は残された二人に暗い暗い影を落とした。


「あの女も殺すんだ」

「妻は関係ない!あの馬鹿だけでいいだろ!もう俺の妻なんだ、王太子の婚約者じゃない!」

「なら俺があの女を殺す」

「や、止めろ!俺が殺させない!」


刺さるようなピリピリとした空気が一段と強まった。

その復讐に殿下の婚約者だった私も含まれているとは思った。それでもこうして聞いてしまうと…。

驚いたわ、ものすごく驚いた。でも『やっぱりそうなのね』と腑に落ちた気もするの。だから今の私は冷静でいられる。


「今のお前が俺に勝てると思ってるのか?剣もまともに振れないお前が?立ってるだけでやっとのお前が俺に勝てる訳がないだろ」

「止めてくれ、妻だけは止めてくれ。俺の妻なんだ、俺の大切な女性なんだ。彼女はもう良いだろ。彼女だってあの馬鹿に切り捨てられた一人なんだ」

「それでも俺はあの女も許せない」

「止めてくれ……」


リーストファー様の悲痛な声が静かな庭に響いている。


「なあリーストファー、今はお前の妻だから?今はあのくそったれの婚約者じゃないから?だからなんだ。俺にはそんなの関係ない。

貴族様の婚約は夫婦になるって事だろ?ならあの女はあのくそったれの妻になるって事だ。今はお前の妻でも、あの時はあのくそったれの妻になる女だった。なら同罪だよな?」


そうよね、殿下の婚約者だった以上私に憎悪を向けるのは当たり前。リーストファー様も始めは私に向けていた。まだ婚姻していないから妃じゃない、だから私は関係ない、そう言ったとしても彼らには通用しない。婚約者だろうが妃だろうが私は殿下の関係者、それは事実だったんだから。

婚約は婚姻と同義。今現在は違っても、あの当時私は殿下の婚約者。殿下の婚約者なら殿下の妻と同義、そう思ったに違いない。何も無ければ私達は婚姻していた。私は王太子妃になっていた。

そして夫婦は一蓮托生。彼からしてみれば私も殿下と同罪だと思っても仕方がない。

彼の友人に殺されても仕方がない。復讐の相手を殺したいほど恨み憎む気持ちは分かりたくないけど分かる。それだけ大切な人達を失い復讐を果たすまで彼の心は満たされない。

それだけ復讐を糧に生きるしかなかった。

残された自分だけ生き続けるには生き残った理由がほしい。彼らの天に召された兄弟達や家族が復讐を望むのかは別として、彼が生きるのに必要な理由。

それが生きる希望…


私は踵を返して立ち去ろうとした。


「お前、レティーはどうするつもりだった。レティーの子はどうするつもりだったんだ!」

「生活に必要な金は送ってる」

「そうじゃないだろ!」


レティー?それに子?

辺境に恋人はいないと言っていた。あれは嘘だったの?リーストファー様には子供がいるの?

私は思わず口を手で押さえた。そして今にも崩れ落ちそうな足をその場で踏ん張った。

物音を立てれば盗み聞きをしていた事が分かってしまう。盗み聞きするつもりはなくても、結果盗み聞きをしているんだから。


復讐は仕方がないとどこか納得できた。

でも、

リーストファー様に私以外の誰かがいてその人の子供もいる、

それだけは、それだけは…


私は目の前が真っ暗になった…。

これを絶望と呼ぶのならきっとそうかもしれない。

胸に残る赤い花はまだ綺麗に赤く染まっている。それに彼の温もりも彼の息遣いも鮮明に思い出せる。

それでも私以外にも彼の温もりを知ってる人がいる。彼の愛を独占してる人がいる。

それだけで、

それだけで…、

私の心はぐらぐらになりながら邸に戻った。


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