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友という存在
しおりを挟む「お待たせしました」
湯を浴びて戻って来た時、私は二人の中に入っていけなかった。
思い出話に花が咲いたのかそれは分からないけれど、笑いあう二人の姿をいつまでも見ていたいと思った。
何となく二人の邪魔をしてはいけないような…。きっと私が声をかけた瞬間、ルイス様から笑顔が消える。
だからかな、声をかけるのを躊躇った。
私は静かに二人を見つめていた。本当ならこうして笑いあっていた二人を、そこに集まる顔も知らない彼等達を想像して…。
友のいない私には羨ましい二人の空気。
先程までぎこちなかった二人が作り笑顔ではなく自然の笑顔で笑っている。
何があろうと、何かのきっかけで友に戻れるのはこれまで過ごしてきた時間や、関係性、切れない強い絆。敵対しようと抱える痛みは同じ。誰よりもお互いの心が分かりあえる。
私には誰かと共有できる思い出はない。
まだ殿下の婚約者に決まるまではお母様と一緒にお茶会へ行き、参加していた子達と話したり遊んだりした。それでも公爵令嬢として一線引かれていた。
『子供は親を観察しているわ。親の行動を子供は真似をするの。それにお茶会に来る前に何度も言われているわ。『公爵令嬢と友人になりなさい。でも粗相をしては駄目よ』と。何が良くて何が駄目なのか、子供にはその判断が難しい。だから貴女とは距離を取る。近付かなければ粗相もしないもの。でもね、ミシェルはミシェルのままで接すれば皆にも伝わるわ』
『お茶会はつまらない』と言った私にお母様はそう言った。
少しづつ距離が近付いてきた頃、私は殿下の婚約者に選ばれた。特定の友人を作れず、婚約者になりお茶会への参加も出来なくなった。ようやく参加出来るようになっても、婚約者だからと近付いて来る者や、昔からの友人のように振る舞う者、私の顔色を見て怯える者、そんな中で友人と呼べる者は出来なかった。
だから私は二人が羨ましい。
私には手に出来なかったものだから。
私はこのまま去ろうと思った。二人の時間に水を差すのも嫌だったから。
『遅くないか?』
私を心配するリーストファー様。
『女は時間がかかるんだ。急かしたら嫌われるぞ』
『そうか、嫌われるのは困る』
『本当にお前はそういうのに昔から疎いよな』
『疎いのは認めるが、俺には必要のなかったものだ』
『でもこれからは必要になるだろ。お前には奥さんがいる。
昔テオンがレティーに何の花を渡したら良いかお前に聞いただろ?』
『そんな事あったか?』
『その時お前はそこら辺に生えてる花を指差して『あれでいいんじゃないか、花だぞ』って言ったんだ。でもお前が指差した花は雑草だ。どれだけ疎いと言っても、好きな女に贈る花に雑草を薦める奴はいない。花には花言葉がある。自分の思いを花に託して相手に渡す。
お前、奥さんにもし花を渡す機会があってもそこら辺に生えてる雑草を渡すなよ?花言葉を調べて渡せよ?』
『分かった、花言葉だな』
頷いたリーストファー様。
例え雑草でも贈ってくれた気持ちが嬉しいと思う。でも花言葉を調べて贈ってくれたら、確かにもっと嬉しい。花言葉に隠されたリーストファー様の思い、それだけで幸せだと思う。
私を心配しリーストファー様は辺りを見渡していた。
『いいかリーストファー、遅い、早くしろは女には禁句だ』
『分かった、気をつける』
『でもお前の奥さんならお前を簡単にあしらうだろうけどな。あれは魔性だ。人を惹きつける才能というか、男とか女とか関係なく、関わった者皆を虜にする。怖い女だよ』
『俺には女神だ。皆ミシェルの心の強さに惹かれる』
『確かにそうかもしれないが、小悪魔だろ。お前なんて上手く手のひらで転がされてるんじゃないのか?』
『そうだとしても、案外それが苦ではないんだ。どれだけ転がされようとも俺に対する愛情なのは変わらない。
ミシェルと結婚して愛を知った。愛す喜びも愛される幸せも、本当の親には貰えなかった親の愛情も、ミシェルと結婚しなければ今も知らないままだった。俺に欠落していた感情だ』
『俺もお前を見ていて嬉しい。何かを埋めるように我武者羅に剣を振っていた頃のお前と今のお前、顔付きが全く違う。
安心したよ。俺は安心した…』
『そうか…』
二人の会話を聞いて『ふっ』と私も微笑んでいた。
魔性だの小悪魔だの、言いたい放題ではあるけど、リーストファー様にとって唯一生き残った家族のような友に認められたのは純粋に嬉しい。
流石に遅いと私は二人に声をかけた。
「早かったな」
リーストファー様は立ち上がり私を抱きしめた。
「早くはないだろ」
呆れたように言ったルイス様。
「ルイス」
「どう考えても遅い。風呂に何時間かかるんだよ」
「お前それは、」
「別に俺はお前の奥さんに好かれたい訳じゃないし、俺の愛しい人でもないしな」
「ふふっ」
二人の掛け合いが面白くて思わず笑ってしまった。
「もう遅いんで俺は帰ります」
ルイス様は立ち上がった。
「本当に話が聞きたいならまた今度ゆっくりと」
「ええ、今度ゆっくりお聞かせ下さい」
「一応?眠れないと困るので、リーストファーに浮いた話は一つもありませんでしたよ。女が寄ってきてもそれにも気づかないほどの鈍感だったので、鑑賞用になりました。動く絵画だそうです。なので今日はぐっすり眠って下さい」
「ふふっ、ええ、ぐっすり眠れそうです」
ルイス様は帰って行った。
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