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ただずっと側にいてほしかった
終 後編
しおりを挟む目が覚めた時、私を覗く顔に幸せを感じた。私は手を伸ばし頬を包んだ。
「これ、からは…、ずっと…、側に…、いて…、くだ…、さい、ね……………」
頬を包んだ手が滑り落ちた。
「は、母上?母上、しっかりして下さい!母上!母上!母上ーーー!」
「キール様…」
椅子に座る俺の肩を抱きしめる愛しい妻、俺の手を掴むまだ幼い愛しい息子と娘。
分かっていた。季節外れのゼラニウムが咲いた。父上が母上を迎えに来たと、俺は分かっていた。
一度も会った事もない父上。母上は俺が父上と瓜二つと言った。
昨日見た夢、今の俺と同じ顔の男性、俺はまだ少年だった。優しく笑う男性が父上だと直ぐに分かった。
父上に抱きしめられた感触、俺の頭を優しく撫でる優しい手、夢のはずなのに夢とは思えなかった。
庭師が言っていた。多年草のゼラニウムが何十年も枯れずに咲くとは知らなかったと。父上はずっと俺と母上を見守っていてくれたのかもしれない。毎年咲くゼラニウムが俺は待ち遠しく、世話も自らやった。
俺と父上を繋ぐ唯一のもの
母上と二人の生活は厳しかった。裕福とは言えない生活。それでも俺は幸せだった。欲を言えば父上も一緒なら、と思った事は何度もある。
父上の部屋に飾られた勲章
英雄と言われる父上
父上が生きていたら俺も父上のような騎士になったと思う。それでも俺や母上から父上を奪った騎士にはなりたくないと、俺は騎士ではなく文官になった。
今でも騎士への勧誘はされる。
王太子殿下が陛下になり、文官の俺に目を掛けてくれる。『申し訳ない』と謝罪された事もあった。
父上の部下だった騎士は騎士団長になった。初めて王宮で働く俺を見た時『コール隊長…』と涙を流していた。
俺も母上を護る為に剣の稽古は幼い頃からずっとしている。母上は剣の稽古をしている俺の姿を初めはハラハラとした顔で見ていた。少年になり青年になった時、寂しそうな、辛そうな顔を見せた。
『よく似た剣の振りね……』
父上は立派な騎士だと言われて育った。今でもどこかで生きていると、いつか帰ってくると。
そのいつかは永遠にこないと
何年、何十年経てば俺でも分かる。
それでも母上がそう信じているのなら俺もそう信じようと。
幼い頃は毎日邸の門を見ていた。少年になり父上の花を世話すれば帰ってくると信じた。青年になり母上の為に、花を枯らさない為に世話をした。
父上の花は母上の生きる希望だから
それでもふと見せる母上のこんな辛そうな顔を、こんな寂しそうな顔を、こんな悲しそうな顔をさせる父上が俺は許せなかった。
何が勲章だ!
何が英雄だ!
生きて帰って来いよ!
早く母上の元に戻って来いよ!
母上を愛しているんだろ!
母上を早く安心させて、くれ……
何度も何度も俺は願った。
「お義母様とても幸せな顔…」
妻の声に俺は顔を上げ母上を見た。
俺に向ける幸せな顔とは違う、一人の女性として愛しい人に向ける幸せな顔をしていた。
母上は一人で俺を育てた。愛を注ぎ、いつも抱きしめてくれた。
生活は苦しくても陛下から贈られる弔慰金は一回も受け取らなかった。
『コール様は生きています』
真っ直ぐ見つめ言い返す母上の意志の強さに俺は愛する人を信じ待ち続ける一人の女性の逞しさを見た。
俺に向ける顔はいつも優しく愛しいと語る顔だけだった母上の一人の女性の顔。
「そうか、母上は幸せか…」
母上が幸せなら、最期に幸せなら、良かった……。
俺は溢れ出る涙を止める事が出来なかった。
「お義母様はいつも言っていたわ。キール様が居るから生きてこれたって。キール様が居るからお義父様が生きていると信じてこれたって。
お義母様にとってキール様は生きる希望だったの」
俺は妻の顔を見上げる。
「お義母様も薄々分かっていたのよ?お義父様はもう死んでいるって。それでも生きていると信じたかったのは、
貴方にお義父様を忘れてほしくなかったから。そして貴方に会わせたかったから。
どんな形でもお義父様と繋がっていてほしいとお義母様は願っていたの…」
「父上、と…?」
「ええ、ゼラニウムの花の世話をしている貴方をお義父様はどこかで見ている。毎年咲いて貴方に会いに来ているとお義母様は思っていたみたいよ」
「そうか…、そうだったのか……」
毎年咲く赤いゼラニウムの世話は年をとっても俺の役目だ。
《 君がいて幸せ 》
何十年と枯れずに咲く赤いゼラニウム。今年も綺麗な花が咲いた。
俺はゼラニウムの花の花びらを優しく撫でる。
「父上、母上、俺は幸せです」
優しい風が俺の頭をかすめる。
まるで父上に頭を撫でられているような
俺を包むように優しい風が俺にまとった。
まるで二人に包まれているような
優しい温かい風が
「父上、母上……」
俺の頬を伝う一筋の雫
今年もゼラニウムに見守られ俺は幸せな時を刻む。
終
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