私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ

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16 強い人

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それから1ヶ月後本当に頭を下げてお願いされるとは思っていなかった。


「ハンナ、ハンナが嫌でないならお願いできないだろうか」

「嫌ではありませんよ。それに頭を下げなくても大丈夫です」

「いや、俺はただ話して寝るそれだけでいいとお前に言った。それを破るんだ。それにあの時頭を下げてお願いすると言っただろ?」

「確かに言いましたが、それでも頭を下げる必要はありません」


私は申し訳なさそうな顔をしているガラン様に向かって手を広げた。


「優しくする」


大柄な体をこじんまりさせて頭を下げられたら断る事なんてできない。それに断るつもりもない。この数ヶ月私に触れる事もなくただ添い寝をするだけ。話をしてガラン様の人柄も知れた。

他のお客さんのように知らない人ではない。

娼婦なんだから知らない人でも情事をするのは当たり前。初めて会った人とそういう行為をする事にまだ躊躇いがある。

娼婦失格

私もそう思う。お金でその時間を買われた身に断る権利はない。それでも望んでしまう。せめて人柄を知ってからしたいと。

愛を求めているんじゃない。その行為の意味を求めているんじゃない。

ここは欲を吐き出す場所

一時の関係に愛も人柄も必要なんてない。快楽を楽しみ欲望をさらけ出し部屋を出たら夢は覚める。

部屋の中では恋人のようでも愛人のようでも部屋を出たら他人。『今日はありがとうございました。またお待ちしています』とお見送りする。娼婦はそれでいいしそうでなければいけない。

誰かを愛しても報われない。それにたとえ借金を返し終わってここを出て行ったとしても行く場所なんてない。ここにいる娼婦は皆誰かに売られた。親や恋人や夫に借金を押し付けられて捨てられた。帰る家も待ってる人もいない。ここ以外行く所なんてない。

お母様が置いていった本の中に書いてあった。鉱山が男性の監獄なら貴族令嬢は修道院、平民の女性は娼館。そこから一生出る事はできないと。

リズ姉さんは言っていた。

『親の借金は増えるばかり。早く死んでくれと何度思ったか分からないよ。でも手垢まみれになったこの体に娼婦になった私に行く所なんかないのさ。ここでなら私も堂々と生きていける。誰に後ろ指さされることなくね』

ここに居る間は安全は守られる。でも一歩外へ出たら白い目で見られ堂々と生きていく事は難しい。私みたいに隣国に帰れば別だけど良い思い出が何一つない国へ帰りたいとは思わない。

結局私もここを出ても行くあてはない。


ガラン様は『優しくする』と言ったように優しく私に触れる。時折私を伺うように見つめ体に触れる。手を這わせ舌を這わせゆっくりとガラン様の男根を出し入れする。


「あぁん」


思わず漏れた自分の声に驚き顔が赤くなった。作り出す声とは違い声に熱がこもる。『これは私が出した声なの?』戸惑いながらも思考が停止するかのようにガラン様から与えられる初めての快楽に何も考えられなくなった。


「ハンナ大丈夫か?」

「……はい?」


ぼうっと天井を見ている。『はぁ、はぁ、』と自分吐く息の音が鮮明に聞こえる。

何度もお腹の奥がキュッとなった。激しく抱かれた訳ではないのに腰が揺れた。漏れた声が部屋中に響いた。


「大丈夫か?」


心配そうに私の顔を覗き込み頭を撫でるガラン様。


「はい…大丈夫です…はぁ、はぁ、」

「悪かったな」

「いえ、そんな事は、」


ただ、初めての経験で何が起こったのか…。


段々息も整い、


「湯を浴びますか?」

「ああ、頼む」


ガラン様には少し小狭い湯殿へ案内する。ガラン様が湯を浴びている間にお水やお酒を用意した。

湯殿から裸で出て来たガラン様。


「お水を飲まれますか?それともお酒にしますか?」

「いや」

「では食事を召し上がられますか?」

「いや、それもいい」

「ですが」

「気を悪くしてほしくないんだが、信用できない物は口にしない事にしているんだ、悪いな。お前は遠慮せず何か食べてもいいし飲んでくれ」

「いえ私もお腹は空いていないので。それに先程ガラン様が湯を浴びている間に喉を潤したので」


湯を浴びていない私でも喉が渇いた。湯を浴びたガラン様なら尚更喉が渇いているはずだと思うんだけど…。


「将軍っていうのは色々あるんだ。俺みたいな男が位を持つとやっかむ奴は少なくない。幸いに俺は飯も自分で作れるし困る事はないけどな」


私は今のガラン様しか知らない。それでもそう言って笑ったガラン様はとても強い人なんだと思った。

信用できない物を口にしない、それだけ信用できるものが少ないという事。

私は出された物を食べる。それは幼かった貴族令嬢の時もそうだったし領地に住んでいた時もそう。信用するしないなんて考えていなかった。

何かを疑って食べたり飲んだりした事なんてないもの。何かを疑う事が今まで無かったから。

でもガラン様はきっと疑わないと食べたり飲んだり出来ない事があった。身分なんてその人の努力で得た物のはず。それをやっかむなんて…。


私はガラン様の目の前でお水を飲んだ。


「ガラン様、このお水は何も入っていません。私が飲んでも平気です。何も起こりません、これはただの水ですから。それに私はガラン様に何かしたいとは思いません。

だって私を指名してくださるのはガラン様しかいないんですよ?そんな大事な方に何かすると思いますか?」

「フッ、そうだな」


ガラン様は私が口をつけたグラスを手にし水をゴクゴクと飲んだ。



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