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お義母様の部屋の中から聞こえてきたのはお義母様とは別の女性の声。そして小さい子供の声。
私は扉を叩くこともできず、その場から立ち去ることもできず、ただただ立ち尽くしていた。
お義母様のご友人なら良かった。ご親戚の人なら良かった。でも違うと分かった。
「おかあ様、ほら笑った顔がラウル様に似ていると思いませんか」
「本当ね。幼い頃のラウルによく似ているわ。あら、でも目はロゼッタに似ているわよ」
「本当ですか」
楽しそうに話す二人の会話が聞こえたから。
ご友人やご親戚がお義母様を「おかあ様」とは言わない。ラウル様は一人っ子。もしご親戚の女性なら「おばさま」と言う。
それにラウル様によく似ている小さい子供がこの部屋の中にいる。
ということは……。
部屋の中でお義母様と仲良く話しているのはラウル様の元奥様の可能性が高い。いいえ、きっとそう。
だからクッキー店で会った女性達は私の顔を見て慌てて去っていった。現在ラウル様の婚約者の私が近くに居たから。
そして小さい子供は、ラウル様の子供……?
子供を作ることに積極的ではなかったとはいえ、夫婦だったラウル様と元奥様。積極的ではなくても夫婦の営みはしていたのかもしれない。
ただ子供が出来なかっただけで。
きっと離縁した後で子供が出来ていることが分かった。でも、離縁した後だったからラウル様には言えなかった?
確か、離縁の原因は元奥様の不倫。
不倫していた男性は自分の子供ではない子を育てたくなかった?だから、捨てられた?もしかしたら別れたのかもしれない。そして元奥様は一人で子供を育てていた?
ラウル様と離縁し、元奥様は実家から縁を切られたとエマは言っていた。
貴族女性が一人で子育てするのは簡単なことではない。貴族女性じゃなくても、初めての出産育児は誰だって簡単なことではない。
頼れる人は子の父親のラウル様だけ。
一人で子供を育てることに限界を感じた元奥様はラウル様に助けを求めに来たけど、ラウル様は不在。
そこでお義母様が対応し、元奥様が連れている子供を見てラウル様との子供だと分かった。
到底許されることではない。でも子供には罪はない。だからお義母様は元奥様を邸に上げた。
「これで侯爵家も立派な跡継ぎができたわ」
お義母様の嬉しそうに弾んだ声が聞こえてきた。それに立派な跡継ぎということは、きっと男の子?
「ラウルが帰ってきたら急いでまた婚姻しないといけないわね」
「ラウル様は私を許してはくれませんわ」
「ラウルだってこの子を見れば許すわよ。自分の息子よ?大丈夫。こんなに可愛いんだもの」
「ですが、聞いた話では、ラウル様にはもう婚約者がいると……」
「あぁ…いるわね。でも大丈夫よ、相手は子爵、何とでもなるわ。私に任せなさい」
侯爵家から婚約を白紙に戻したいと言われたら、子爵家の我が家は従うしかない。
私は早く立ち去ろうとした。ここに居てはいけない。
でも足が動かない。
ラウル様……。
助けて……。
呆然としている私は、突然肩を叩かれビクっと体が震えた。動かない体を何とか動かし振り返った。そこには侯爵家の執事が立っていた。
「後日改めてご当主からお話させていただきます。どうか今日はこのままお引き取りお願い申し上げます」
執事は深々と頭を下げた。
「馬車のご用意をいたしました。参りましょう」
「……ありがとうございます」
私は震える声で答えた。
動かない体を何とか動かし、震える足がもつれそうになりながら、私は馬車に乗り込んだ。
最後まで見送ってくれた執事。
動き出した馬車の中で、私は頬を伝う涙を止めることはできなかった。
どうして今なの?
妊娠した時、出産した時、何度もラウル様を頼る時があった。
それが、どうして今なの。
今は私がラウル様の婚約者。
そしてラウル様の子供を産んだ元奥様。
ラウル様は元奥様を一途に愛していた。ずっと復縁を望んでいたのかもしれない。ううん、元奥様を愛していたから、復縁を望んでいたから、他の女性には目もくれず独身でいた。
周りが心配しても、口うるさく言っても、独身を貫いていた。
でも私と出会った。
今ラウル様に愛されているのは私。
でも自分の血を分けた子供よ?
今は元奥様を愛していないとしても、子供の為に復縁したいと望むかもしれない。
以前は愛した女性。
子供の母親。
婚約者か子供か。
天秤にかけるものではないけど、天秤にかけた時、どちらを望む?
ラウル様はどちらを選ぶの?
きっとどちらを選んでも苦しむのはラウル様。
それに優しいラウル様だもの。元奥様や子供を見捨てることはできない。復縁するしないは別として、二人の生活の面倒を見る。元奥様はご実家から縁を切られたらしいもの、ご実家に帰ることはできない。だったら侯爵邸で暮らさせるかもしれない。
その時、私はどうすればいいの?
今、私は真っ暗闇の中にいる。
部屋に籠もり、ただただ涙を流し続けている。
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