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73:綺麗にしたい。
しおりを挟む目が覚めたら、王城の私室にいました。
ぼんやりと外を眺めて暫くして、船での事を段々と思い出して来ました。
「っ、いやぁぁぁぁ! いや、やめて! きゃぁぁぁぁ!」
「ミラベル⁉」
「お嬢様⁉」
真っ青なお顔のテオ様と、目の下に濃いクマを作ったザラが、部屋に駆け込んで来ました。
テオ様が抱きしめようとしてくださったのに、私は何故かテオ様を押し返していました。
「……ミラベル?」
「っ、ごめん、なさい。私…………汚い。ザラ、お風呂、入り、たい」
少し痛む喉を押さえながら、ザラにお願いしました。
テオ様のお顔は……見れません。
怖くて。
大好きなテオ様が、何故か怖いです。
「体はちゃんと清めてますわ」
「……やだ、汚いの。洗いたい」
「っ、そう、ですわね。お風呂に、入りましょうね?」
「うん」
「ミラベル……?」
テオ様の寂しそうな声は聞こえていましたが、私はどうしてもお風呂に入りたいので、そちらを優先しました。
お風呂に入って何度も何度も、体を洗いました。
何故かザラが止めるけど、汚いからちゃんと洗いたいのです。
こんな姿でテオ様の前に出たくないんです。
タオルで擦っても満足できず、一度浴室を出ると、脱衣所の隅に隠されている清掃用具入れの箱を開け、中からブラシをとりだしました。
「お嬢様、それはお止め下さい!」
「いやよ! もっと洗わないと汚いわ!」
「お嬢様っ!」
ザラが止めるけれど、無視してゴシゴシと腕や足を擦りました。
痛さなんてわからなくて。
ただ、汚いから綺麗にしたくて。
――――背中も洗わなきゃ。
「ザラ、背中洗って?」
「お嬢様! もう、綺麗ですから! それ以上はおやめください! お嬢様っ!」
ザラが泣いてしまって、背中を洗ってもらえなくて、イライライライラ。
「いや! 汚いって言ってるでしょ⁉ 私、穢れているんだもん! 早くしてよ!」
「…………ミラ、ベル?」
力の限り叫んで、ザラを責めていたら、テオ様の声が後ろから聞こえて来ました。
振り返ると、顔面蒼白のテオ様が立っていて、痛ましいモノを見るような目で私を見ていました。
「っ、いやぁぁぁぁぁ、見ないで! 来ないで!」
嫌だと言ったのに、テオ様は駆け寄って来て、柔らかく抱きしめて、触れるだけの優しいキスをくれました。
嬉しい。
怖い。
温かい。
汚い。
もっと。
嫌。
気持ちいい。
気持ち悪い。
抱きしめて。
近づかないで。
頭の中で色んな感情が溢れて、どれが本当の気持ちなのかわからなくなりました。
テオ様の腕の中で暴れて、その拍子に唇を噛んでしまいました。
テオ様に怪我をさせるつもりなんてなかったのに。
「っ……」
テオ様が、私の右頬をそっと包むように撫でてくれました。
「ごめんね。ビックリしたね。もう、お風呂は上がろう? ね?」
優しく言い聞かせるように、ゆっくりと諭すように、テオ様が言われました。
でも私の心は頑なで――――。
「まだ汚いの」
「ミラベルは汚れていないよ。綺麗だよ」
「汚い……。テオ様の側に、いられなくなっちゃった。…………ごめんなさい」
「駄目だ。私の側にいると、約束しただろう?」
テオ様の、側。
いられるものなら、ずっと側にいたかった。
ぶんぶんと首を横に振り、テオ様の腕の中から抜け出して、お風呂場の隅に逃げました。
怖いのか、悲しいのか、寒いのか、体が震えます。カチカチと歯が鳴ります。
自分で自分が制御出来ません。
「っ、ごめんね」
テオ様が囁くようにそう言うと、リジーを呼び、私を手当てするようにと命令して、走るように立ち去られました。
――――ほらね、汚いから。触りたくないんだわ。
自分から拒否したくせに、そんな事を思ってしまいました……。
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