落ちこぼれ勇者の家庭教師

十本スイ

文字の大きさ
12 / 50

10

しおりを挟む
 アミッツの家庭教師として仕事をすることになったイオだが、この三日――特別イオ自身がやることはなくて……。

「ふぅん。それで今はほとんどの時間を瞑想に当ててるってわけね」

 イオをアミッツに紹介したリリーシュが目の前で、カップに入ったコーヒーを呑んでいた。近況と今後の修業方法を聞きたいということで、彼女から呼び出しを受けていたのだ。
 そこで現在、リリーシュが用意してくれたイオの家――高層住宅の一室へ彼女がコーヒー豆を持参してやって来たというわけである。
 イオも彼女が淹れてくれたコーヒーを堪能しながら、彼女からの質問に受け答えをしていた。

「それじゃ今、彼女は隣の部屋で瞑想中ってわけだ」
「そういうこと。自分の中にある扉を見つけて、その鍵に気づかなきゃ話にならねえしな」
「でもまさか、彼女が《過多魔かたま》だったなんて……まったく気が付かなかったわ」

 《過多魔》――読んで字の如く、多過ぎる魔力を持つ体質のこと。
 そのため無意識に身体がリミッターをかけており、身体という器を壊さないようにしているのが普通だ。

 魔力溜まりといった部屋のようなものが身体の中にあり、それが多ければ多いほど、秘めている魔力量が多いという。
 その魔力を扱うためには、自分の中の部屋を見つけ、その扉を開けていつでも魔力を取り出せるようになる必要だある。

「それで? あの子は幾つの扉があったの?」
「……三つだ」
「三つだけ……なんだ。でも《過多魔》って、普通は五つ以上そういう魔力溜まりがあるはずでしょ? 私も聞いたことがあるだけだけど」
「まあな。けどま、アイツの場合、一つ一つの部屋がバカデカ過ぎる。だから一度開けちまうと加減ができねえんだけどな」

 以前それをダムの決壊と例えたが、それはかなり的を射た評価だった。
 開けた瞬間に、中に閉じ込められていた魔力が一気に溢れ出てくるので、とてもそれを《下級呪文》に当てるのは無理である。

(一つの扉であれだったしな。三つ全部開けたら、今のアイツの身体じゃ暴発しちまう)

 だからまずは彼女に、一つの扉だけを開ける修業を課しているわけだ。

「なるほど。だから彼女にはちまちました呪文じゃなくて、大呪文が合ってるってわけか」
「そういうこと。あの魔力量なら、大呪文を使ってもそうそう枯渇することもねえだろうしな」
「……はぁ~」
「あ? 何だいきなり溜め息って」
「だってぇ……私ってばあの子の担任なのに、全然見抜けなかったどころか、的外れな修業方法とか教えてたなんて……」
「別にアイツは気にしてなかったぞ。むしろ見捨てないで目をかけてくれてるお前のことを尊敬してるしな」
「尊敬……か」

 何だか自嘲するような言い方に、

「何だ、気に入らないのか?」
「ううん。自分の教え子が尊敬してくれてるってすっごい嬉しい」
「ならもっと喜べば?」
「けど……多分、ううん、教えることに関していえば、あんたの足元にも及ばないし」
「まあ、そりゃそうだろうな」
「うぐ……そ、そこは私をフォローするとこじゃないの?」
「そんなことしてもお前怒るだけだろ?」

 下手に「そんなことねえよ」とか「お前だってやればできる」などと言っても、嫌味にしかならないし、実際そう思ってもいないので決して言わない。

「オレにはオレの教え方があるし、お前にはお前の教え方があるだろうが」
「そうなんだけどさぁ……。私あんたみたいに目が良いわけじゃないし」
「これはオレの固有能力だしな。そんなこと言われても困るぞ」
「まあ、そのせいで昔っからしんどい思いしてたの知ってるけど」
「なら言うなよ」
「……ごめん。ちょっと嫉妬してるだけ。愚痴っちゃっただけ。私が何も分からなかったのに、あんたはあの子にちゃんとした道を教えてあげられたから。しかも会ってすぐ」

 彼女の気持ちも分かる。本当なら自分の力でアミッツを導いてやりたかったはずだ。しかしあらゆることを試しても結果が出ない。 
 ならばもう誰かに頼るか放置するしかない。彼女の性格上放置など絶対ありえない。となると、前者。そこで白羽の矢が立ったのがイオだったわけだ。

「安心しろ。引き受けた以上はオレの気の済むまでやってやるから」
「そこで最後までしっかりやり抜くって言わないところがあんたっぽいわ」
「それがオレだしな」
「褒めてないからね」

 褒めろよと思いながら、コーヒーを一口すする。

「そういえばさ、これって家庭教師って言うの?」
「はあ?」
「だってここ、あんたの家でしょう。普通家庭教師って、教え子の家に行くもんじゃない?」
「ああ、それなら近いうちアイツが世話になってるっつう孤児院に行くつもりだぞ」
「あ、そうなんだ」
「おう。とりあえず今の瞑想の効果が現れれば……」

 その時、アミッツが瞑想しているはずの扉がガチャリと開いた。
 そこから出てきたのは、まるで三日連続財布を落としたような不幸が現れた表情をしたアミッツだった。

「ふふふ、あまり上手くいってないようね」
「……え? あ、リリーシュ先生!? 来てたの!」
「ええ、頑張ってるらしいわね」
「あ、うん……いや、その……」

 なかなか進歩が見られないからか、バツが悪そうな顔だ。依頼料を払ってもらっている手前、リリーシュには上手くいっていないという様子を見せたくないのだろう。

「大丈夫よ。あなたならきっと見つけられるわよ。自分の勇者道をね」
「……! うん!」

 さすがは尊敬されている教師だ。リリーシュの一言で笑顔を浮かべたアミッツ。そんな彼女が、今度はイオの方に視線を向けてくる。

「先生、今日も三時間瞑想終わったよ!」
「よし、ならもう帰れ」
「え……と」
「何だ?」
「……本当に瞑想だけでいいのかな?」
「そう言ったはずだぞ」
「で、でも瞑想以外は極力するなって、筋肉トレーニングも魔法修業も何もかもするなって、それはちょっと……」
「お前は同時に二つ以上のことをしてこなせるほど器用なのか?」
「う……それは」
「違えんだろ? だったら授業以外は、瞑想だけにしとけ。その方がずっと効率が良い」
「……はぁい」

 シュンとなっているアミッツを見て苦笑を浮かべたリリーシュが、

「ねえイオ、少しヒントみたいなものとかってないの?」
「そう言ってもな。修業ってのはそもそも今の自分を超えるってことだ。それが自信にも繋がるし、極力自分で悩んで乗り越えた方がいいんだよ」
「それは分かるんだけど……」

 イオも彼女と同じように項垂れているアミッツを見る。

「…………はぁ。しょうがねえな。おいアミッツ」
「な、何、先生!」
「お前の中に、三つの部屋があるって話はしたな?」
「うん。部屋には扉があって、そこの鍵を開ける外し方を覚えろって」
「そうだ。お前はどうやってその鍵を開けようとしてんだ?」
「どう、やって? えと……普通に?」
「何で疑問形なんだよ。普通ってのは、どういうことだ?」
「…………」
「まさかお前、無理矢理こじ開けようとしてるんじゃねえだろうな?」
「……!」
「はぁ……お前頭良いんじゃねえのか?」
「あぅ……」
「いいか。もっと扉を観察しろ。そしてどっかにある鍵穴を探れ。ただ力押しで開けようとしても絶対開くことはねえ。それはお前の身体が無意識にかけちまってるリミッターなんだ。しっかり鍵穴を探して、その鍵穴に合う鍵を――想像して創造しろ」
「想像して創造する…………先生、もう少しだけ瞑想させて!」

 そう言うと、頭をペコリと下げて再び部屋の中へと消えて行った。

「あらら、やる気出しちゃって」
「まあ、体力だけはあるみてえだしいいんじゃねえか。それに何か掴んだようだしな」

 二人して、アミッツが入っていた扉をしばらく見つめていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

処理中です...