落ちこぼれ勇者の家庭教師

十本スイ

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「取り消さないと……怒るよ」
「怒ってみなさいよ! 返り討ちにしてあげるから!」
「お待ちなさい、お二人とも! 一体何があったんですの! 落ち着きなさいな!」
「邪魔しないで、イグニースさん」
「キャロディルーナさん……?」
「この人は、言っちゃダメなことを言ったんだ。謝るまで、絶対に許さない」
「……はぁ。あなたはキャロディルーナさんに何を仰ったのですか?」
「えと……それは」

 アレリアに問いかけられて言い難そうな顔をする。だったら代わりに教えてあげようと思った。

「この人はボクの先生を――バカにしたんだ」
「先生? 昨日のカミツキという方ですわね?」
「うん」
「そうですか。バカにとは、どういうものですの?」
「ちょっとだけの小銭にたかるどうしようもない奴だって言った!」
「それは……」

 その言葉でアレリアも目を見張り、そのまま女子生徒の方を振り向く。

「キャロディルーナさんが仰ったことは事実ですの?」
「え、えと……そ、そんな失礼なことを私が言うわけないではないですか」

 信じられないことを言い始めた。

「……本当ですの?」
「え、も、もちろんです」
「私の目を見てお答えなさい」

 スッと目を細めたアレリアに気圧されるように、頬を引き攣らせる女子生徒。

「う……ほ、本当です」
「…………そうですか。ではあなたはこれから、私の敵ということですわね」
「っ!? ど、どどどうしてそんな!?」
「私、嘘をつく方はとても嫌いなんですの」
「っ! わ、私は嘘なんて……っ」
「イグニース家の者をあまり舐めてほしくありませんわ。ジッと目を見れば、その者が嘘をついているかどうかくらい分かります。それに、こういうことでキャロディルーナさんが嘘をつく人でないことも存じ上げていますから」
「イグニースさん……」

 彼女の言葉を聞いたと同時に、胸に込み上げてきた熱いものが徐々に冷えていく。
 彼女から逃れられないと悟ったようで、女子生徒は強く瞼を閉じて頭を下げる。

「も、申し訳ありませんでしたっ!」
「私に謝るのではないでしょう」
「は、はい。…………ごめん……なさい」
「……ボクは謝ってくれるならそれでいい」

 とはいっても、女子生徒はどこか釈然としない様子ではあったが。
 するとアレリアがクラスメイトたちの顔を見回しがら言う。

「皆さんにも言っておきますわ。本人をよく知りもせずに、ただの決めつけで貶すなどもってのほかですわ。いえ、たとえ知っていたとしても、その者を貶めるような行為は慎むべきです」

 凛とした彼女の声に誰もが耳を傾けている。

「その者のためになると思っての発言であるならばよろしいですが、そうでないならそれは単なる罵詈雑言に他なりません。そのようなこと、このアレリア・イグニースが許しませんわ!」

 キリッとした視線を各々にぶつけると、女子生徒の言い分について笑っていた者たちは罰が悪そうに目を逸らし始めた。
 アレリアもそういう生徒たちの態度に気づいたようで、少し呆れたように肩を落としていると、

「――みんな、おはよう……って、どうかしたの?」

 担任教師であるリリーシュが登場した。教室の空気が悪いのをすぐに察知したようで、不思議そうに小首を傾げてしまっている。

「何でもごませんわ、オルバッツ先生。さあ、皆さん席へ着き、学院生の本分を全うしましょう」

 そう言いつつアレリアもまた席へと向かう。そんなアレリアを見て……。

(やっぱ凄い人なんだよぁ)

 あそこで注意できる人なんてそうそういないだろう。アレリアが女子生徒を窘めてくれたお蔭で、自分が持っていた怒りやら不満やらが全部とは言わないがある程度は解消した。
 女子生徒は多分、本心からの謝罪ではないだろうが、それでも今後の言動には注意をするだろう。

 これは彼女のカリスマ性とでも言おうか。それは生まれ持っての資質。勇者になるべくしての資質なのかもしれない。人を惹きつける魅力というものを、アレリアは確実に備えている。

(来年の〝勇者認定試験〟で勇者認定確実って言われてるのも納得だよ)

 ランクも〝B〟で、もしかしたら次の試験では〝A〟になるかもしれない。それほどまでに将来を有望視されている学院生の一人なのだ。
 そんな人物と競い合っていかないといけないのだから、勇者という世界は物凄く狭き門なのである。
 アミッツも他の生徒同様に席へつき、リリーシュが出席を確認していく。

(リリーシュ先生は、すでに勇者で〝Aランク〟だったはず。しかも学院生だった時は、卒業時は最高評価の〝S〟。……ボクも負けてられない)

 そのために必死になって鍛錬しているのだ。

(でもなぁ……)

 懸念していることが一つあるのだ。

『いいか、一カ月半――お前の課題は、扉を開け閉めできる回数を増やすことだ。それ以上は何もいらん。魔法修業も体術修業もな。その分、魔力修業に当てろ』

 と、イオには言われてしまったのだ。
 それでは課題完了時には試験まであと一カ月ほどしか残らない。そこから本当に修業して、スリーランクアップなんてできるのだろうか……。
 しかし反論したとしても、決まってイオには、

『不器用なお前は、一つのことだけに集中してればそれでいい』

 と、軽くあしらわれた。
 さすがに授業で行う体術や魔法は別にいいということらしいが、それ以外は常にあることをしておけということ。
 あることというのは……。

「……ん」

 微弱にしか出ない魔力を指先一点に集中させること。一点に集めると、もう一度身体に戻して、また同じことを繰り返す。
 それを授業中でも無意識に行えるようになるようにしろとのこと。

 元々出せる魔力が非常に少ないので、特に難しくはないが、これが何を意味するのかはそのうち分かるとのことらしい。
 まだ無意識ではできないし、授業を聞きながらこれを行うのはなかなか難しい。基本的に座学で習う分は予習でやっているので授業を聞かなくても困りはしないが、やっぱり授業をしてくれているリリーシュには申し訳がないという気持ちがある。

 一応イオにはバレないようにしろよとお達しがあったので、リリーシュが黒板の方を向いたり、教材を読んでいる時だけにこの行為を行うことにした。
 そしてそれからあまり変わり映えのない十日余りが過ぎて行く――。


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