落ちこぼれ勇者の家庭教師

十本スイ

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 今、アミッツは孤児院の外で自然体のまま佇んでいた。目は閉じていない。
 真っ直ぐ目前に立っているイオを見つめながら、自分の中にある扉を静かに開ける。

「――よし、一分半くらいか。大分開けられるのが早くなったな。まあ、理想は一秒未満だけどな」
「い、一秒……」

 どうもまだまだ遠い未来のことのように感じられる。

「この十日では上々だろ。それにしばらく扉も開けれらるようになったしな。時間にして二分ほどか」
「うん。でもやっぱりまだ疲れるけど」
「それも慣れだ。さて、んじゃ第二段階だ」
「へ? 第二段階?」
「そう。その垂れ流しにしてる魔力を、お前の身体に留めて、扉の中に戻し、また取り出して、身体に留めて、また扉の中って具合に繰り返すんだ」
「留める……か」
「そうだ。その状態でも、全身から溢れている魔力のお蔭で身体能力は強化されてる。けどそれじゃ中途半端だし、垂れ流されてる魔力がもったいねえ。そのすべてを身体に留めることによって、身体能力強化もさらに増すんだよ」
「それは知ってるけど……できるかな」
「いいからやってみろ」
「う、うん」

 深呼吸をして今度は瞼を閉じて集中してみる。頭の先から天へと立ち昇っていく魔力。それを自分の身体に留めるイメージをする――が、

「まだイメージが足りねえな。いいか、思い出せ。お前には普段から、もう一つの修業を課してたはずだぞ」
「もう……一つ? ……あ」

 思い出した。授業中などで行っていた、指先一点に魔力を集中させること。

「規模は違うが要領は一緒だ。指先を自分の身体と思ってやってみろ」

 指先の場合、指の先に薄い膜を張り、それで魔力が逃げて行くのを防ぐイメージをしていた。

(自分の身体も、指みたいにすれば――)

 身体の外側に薄い膜を身につけるイメージをして、魔力が流れ出て行くのを膜の内側に押し留めるように……。
 すると思わず目を見開いてしまった。何故なら、どんどん自分の力が溢れていくのを感じるからだ。身体はどことなく軽くなっていき、五感も鋭くなっているような気がする。

「どうだ? さっきとは全然違えだろ? それが――留めるってことだ」
「こ、これが……っ」

 確かに学院でも魔力を留めるという授業はあった。しかしアミッツの場合は、魔力が極端に少ないため、身体全体に行き渡らせることすらできずに、垂れ流す、留めるという話には縁がなかったのだ。
 しかし身体を覆うような魔力を留めることで、これほどの力を得られるとは……。

「せ、先生凄いよ! 凄いってば、先生!」
「はいはい。嬉しいのは分かったが、集中しねえと……」
「あっつ……っ!?」

 突然扉が閉まって魔力が失われた。急激に萎んでいくせっかく手に入れた身体能力。

「ああ~……」
「まだまだはしゃぎながら、留めるを安定させることはできねえんだ。今日からは、それも修業だな」
「はぁい」
「あ、それと今日から扉を開くのは六回までOKだ」
「ほ、ほんとっ!?」

 今まで三回だったため、少し物足りないと思っていたが、これでもっと修業ができる。

「ああ、段々とお前の身体と精神が成長してるようだしな。増やしても大丈夫だ。まあ、続けて六回開けても意味がねえかもしんねえけど」
「そ、それどういうこと?」
「お前、続けて三回くらいで扉の中の魔力を全部使い切っちまってるじゃねえか。続けて四回目開いても、魔力がねえから引っ張り出せねえぞ?」
「あ……」

 確かに彼の言う通りだ。無いものは引っ張り出せない。

「だから全部使ったら、回復するまで待ってまた開くか、それとも小分けに開くか、それはもうお前に任せる。しかし一日にきっかり一度は全部使い切ること」
「うん、分かった! ……あ、でもさ」
「何だよ」
「そんなことするなら、他の扉を開けるっていう手も」
「お前にはまだ早い。それにその程度の魔力すらまだ扱い切れてねえのに、もっと多くの魔力をどうやって扱うつもりなのかねぇ、このお嬢ちゃんは」
「う……」

 図星過ぎて反論できない。少し欲しがり過ぎたかもしれない。

「まあ、今はとにかく一つの扉の魔力を存分に扱えるようになれ。それだけでも十分戦える勇者になれる」
「分かった! 頑張る!」

 改めて増えた修業に嬉々としながら拳を強く握っていると、そこへリリーシュが姿を見せる。

「――あ、やっぱいたいた」
「あ? おう、リリーシュか。どうした、アミッツに何か用か?」
「違うわよ。用があるのはあんたに」
「は?」

 カツカツカツとリリーシュがスーツ姿で近づいて来る。そして懐から白い封筒を取り出し、イオに差し出した。

「……? 何これ?」
「――〝組合〟からの出頭命令よ」
「! ……オレの存在に気づいたってことかぁ」
「私もなるべく黙ってたんだけどね。さすがに問い詰められると嘘はつけなくて」
「別にいいって。この街に姿を見せた時点で、そのうちお呼びがかかるってことは分かってたし」
「んで? 行くの?」
「そうだなぁ。久々に頭のかてえ老害どもの顔を見に行くとすっか」 
「はぁ。勇者の中で、平気でそんなことを口にできるのはあんたくらいよね多分」

 イオが受け取った封筒を楽しげに笑みを浮かべて弄んでいるのを見て、

「あ、あのさ、それもしかして〝勇者育成組合〟からの指令?」

 そうアミッツが尋ねると、

「まあね。コイツ、ほとんど無視してるから、いい加減一度くらいは顔を見せておきなさいっていつも言ってるんだけどね」

 リリーシュが答えてくれた。

「や、やっぱり先生って勇者だったんだね」
「おいおい、まさか冗談とか思ってたのか?」
「い、いや! 何ていうか、そういう証拠とか初めて見たから!」
「あ、そういやそうだっけ」
「あのね、一応勇者認定カードがあるでしょうが。……あんた、カードは所持してるわよね?」
「…………」
「あ、あんたまさか……!」
「てへ」

 ズゥゥゥンとガックリとリリーシュが肩を落として、

「あ、あんたね……」
「いやぁ、気づいたらなくなってたんだよなぁ。でもオレだって探したんだぜ? けどどこで落としたのかサッパリ」
「……はぁ。もういいわよ。けど《ヴァンガードギルド》にはカードがないと入れないし、私も一緒に行くからね」
「おう、いつも悪いな」
「そう思うんなら少しはしゃんとしなさいよね! ほら、さっさと行くわよ! ついでにカードも再発行してもらうからね!」
「ええ~」
「ええじゃないっ!」
「ちっ……あ、ちょっと行ってくっから、修業はしっかりしとけよぉ」
「わ、分かったよ!」

 リリーシュに首根っこを掴まれながら孤児院から出て行った。

(《ヴァンガードギルド》かぁ、どんなとこなんだろ)

 いつか自分も行けるようになりたいと思いながら、アミッツは修業へと意識を向けて行った。


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