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「嫌よ! 私は元の世界に戻してほしい!」
「俺もだ! 戦うなんて勘弁してくれ!」
「そうだそうだ!」

 こういう声が上がるのも当たり前。
 そこへ今度はダイガス王が静かに手を上げる。同時に騒ぎが静まり、彼に視線が向かう。

「……ならばもし、〝腐蝕の王〟を討ってくれたら何でも望みを叶えよう。金、地位、名誉、女、男、好きなものを与える。無論――元の世界に戻れる術も教えよう」

 顔色一つ変えずに淡々と言い放った。現金な生徒もいて、好きなものを与えられるということにゴクリと喉を鳴らす人物もいる。

「…………本当に元の世界に戻れる方法なんてあるんですか?」

 詠ちゃん先生の問いに、ダイガスが頷いたあと答える。

「当然、呼び出す方法があるのだから送り返す術も存在する。ただし、その方法は今すぐに用意できるようなものではない。此度の召喚でさえ長い年月をかけてようやく完成したのだからな。しかし理論はすでに完成している。送還の術式に今すぐ取り組めば、およそ一年ほどで完成できるであろう」
「……私たちがあなた方を救う義務などないですよね?」

 さすがは大人。よく分かっている。

「勝手な願いだとは重々承知しておる。しかしもう我らには術がこれしかなかったのだ。どうか頼む、異世界の救世主たちよ」

 頭を下げる王。その姿に兵士たちも倣って、同じように頭を下げた。

「……先生、僕は助けてあげたいって思います」
「深巻君……でもね、これは異常なことなんですよ? 戦うなんてそんな……」
「だけど、困ってる人たちを見捨てたらダメって、先生だって言ってるじゃないですか」
「それは……でも状況が状況で……」

 どちらが正しいかなど天満にも分からない。
 正義感に従って、苦しんでいる者たちを救おうとする深巻も正しい。

 自分たちの命が一番大事だとして、戦わない選択をする詠もまた正しい。
 特に詠に関していえば、生徒たちを無事に家に帰らせる選択肢を選ぶのは普通だろう。
 この異常な状況の中で、やはり委ねられるのは各々の意志である。

「天満、お前はどうすんだ?」
「まだ様子見、かな」
「何でだよ」
「まだ何も見えてない」
「見えてない? 見えてるだろ? 〝腐蝕の王〟って悪い奴を倒さねえと、世界が終わっちまうんだろ?」
「それってさ、あの人たちだけが言ってることじゃんか」
「! ……もしかしてアイツらが嘘を言ってるとか?」
「それも分からない。情報が一方的過ぎるしさ。外の様子だってハッキリと確認できたわけでもない。オレたちはこの世界のことを何にも知らなさ過ぎる。できれば外に出て情報を集めたいんだけど……」

 王たちが正しいと断定するには浅慮過ぎるような気がするのだ。
 元の世界に戻る術があるというのも言葉だけ。裏付ける証拠があるわけでもない。
 情報がない天満たちを騙すなら、いくらでも口八丁で騙せるのだ。

「……うし、なら俺がちょっくら提案してみるわ」
「は? おい真悟――」

 止める間もなく、真悟がそそくさと詠に近づいて話し始めた。
 しばらくすると戻ってくる。

「何を話したんだ?」
「それは聞いてのお楽しみだ」

 真悟がニヤリと笑みを浮かべて言い放った直後、詠が手を上げて発言し始める。

「一つ、ご提案させて頂いてもよろしいですか?」
「……許可しよう」
「一週間……いいえ、せめて三日ほどでいいので猶予をください」
「何故だ?」
「考える時間を。未来のために選ぶ時間が欲しいんです!」

 なるほど。この時間を利用して情報を集めることができる。

(ナイス、真悟)

 彼と目を合わせて互いに笑みを突き合わせた。



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