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 詠の要求は通り、三日間の猶予を与えてもらうことができた。
 玉座の間を出てから、女子と男子は分かれてそれぞれの客室に案内されたのだ。
 部屋には高そうな絵画や壺などが飾られており、本当に客室なのかと思うほど大きくて住みやすそうな部屋だった。

 六人一組で一つの部屋を使うことになったが、部屋に到着した天満はさっそく情報収集に出掛けるつもりで、真悟に「外に行こう」と提案する。
 部屋を出たところで、鍵森とその取り巻きと鉢合わせになった。

「よぉ、鍵森。もしかしてお前らも街に出掛けるのか?」

 真悟が気安く声をかけたが、

「お前らに関係あんのか?」 

 とだけ言って、大股で去って行った。

「嫌な奴。あんな態度がカッコ良いとか思ってるのかね~」
「けどアイツは見た目にそぐわず賢いよ」
「は? 何で?」
「外に出て情報収集をしようとしてるから。多分アイツも、王を疑ってるんだろうな」
「ふぅん。そんな感じには見えねえけどな。ただ探検したいだけかもしれねえぞ。ま、いいや。行くか」

 侍女に外に出掛けるという旨を伝えてから、城から出ることにした。
 もしかしたら止められるかもと思ったが、すんなり外出できたのでホッとする。

 そして――街に出たのはいいが、言葉を失ってしまう。
 あの神殿の階段から遠目に見るだけでは分からなかったが、煌びやかに見えた街並みの実情は酷いものだった。

 国民たちはほとんどが裸足で、草鞋を履いている者の方が少ない。着ている服もどれだけ洗っていないのか分からないほどヨレヨレで汚れがこびりついている。

 髪はボサボサで、近づくだけで汗と泥の混じったようなニオイが鼻をつく。国に住んでいるのに浮浪者のようだ。
中には立派な服装をしている者たちがいるが、食べ物を恵んでくれと近づく浮浪者のような民に対し、平気で唾を吐いたり、殴り飛ばしたりする。

 恐らく彼らは上流階級の貴族という身分なのだろう。雰囲気から想像するしかないが。
 真悟が殴る貴族を止めようとするが、天満がそれを止める。

「何で止めんだよ、天満!」
「あれを止めるってことは、あっちもそっちのも止めるってことだよ?」

 こんな光景は一つだけでなく、あちこちで起こっている。誰も咎めることなく、一種の無法地帯と化していた。
 権力者による横行。それを成す術もなく受ける貧民層。
 貧民たちも日課なのか、すでに諦めたように瞳の色が虚ろになっている。

「これがこの国の真実なんだろうな。これだけの行いが、王の耳に入ってないわけがないし」
「見て見ぬふりをしてるってことか? 城の中はあんなに高そうなもんがいっぱいあったのによ!」
「民から搾取するだけして、用がなくなったら捨てる。そんな国家は、昔の地球でもよくあったことだしな」
「けど俺らまで見て見ぬふりをする必要なんてねえだろうが」
「……だな。けど止めろって言ったところで聞く耳を持つか……」

 何か手がないかと考え込んでいると、

「――くだらない正義感は身を滅ぼしますよ」

 背後から聞こえた声に、天満たちは同時に振り返る。
 そこには――何故かミカエがいた。

「この世界では、この光景こそが常。自然なことなんですよ」
「何で王が助けねえんだ? 城には食糧が結構あるんじゃねえのか?」

 怒気混じりに真悟が問い質す。

「キリがないからですよ」
「は?」
「城に食糧や財力を集めている理由、それは君たちを養い強く育てるため」
「!」
「こちらも苦しい立場なんですよ。すべてを君たちに賭けているのですから」

 真悟は彼女の言うもっともらしい理由に若干納得しているようだが……。

「下手な言い訳は止めてほしいですね」
「……?」

 今度は天満が追及する。

「オレたちを飢えさせず、力を蓄えさせるにはなるほど、確かに財が必要でしょう。だけど、それとこの光景はまったく繋がらない」
「ほう、どう繋がらないと?」
「貴族たちによる平民の扱いですよ」
「…………」
「どう考えても、貴族は平民が苦しむのを楽しんでいる節がある。こんな横行は王の命である程度は防げるはずです。それに民たちの王への進言がなかったとも思えない。それなのに現状が何一つ変わってないとするなら、王がこれを是としてる。違いますか?」
「……なるほど」
「民たちを思うのであれば、金はなくとも暴力くらいは止められるはず。あなたたちは、この光景をどうでもいいと思っているとしか考えられない」

 少し言い過ぎたかと言ってから反省するが、言ってしまった以上は、ただミカエの言葉をジッと待つだけだ。
 そしてミカエが、フッとここに来て初めて頬を緩めた。

「……当たりがあるか不安でしたが、面白い逸材ですね」
「? 何を言って……」
「確かに君の言った通り、王は……王族はこの現状を黙認しています」
「! 認めやがったぞコイツ!」
「この国が腐っていることも承知ですよ。そう、この国だけじゃない。他の国も、村も、街も、この世界と同じように壊れかけているんですよ。何もかも……ね」

 その時、僅かに寂しげに揺れた彼女の瞳に、天満は少しだけ親近感が湧いた。
 そのまま彼女はどす黒く濁った空を見上げて目を細める。


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