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 ――深夜。

 皆が寝静まった頃、用意されたベッドの上で瞼を上げた天満。

(……眠れない。あんなものを見たからかなぁ)

 まだ未来ある幼い少女が、痛ましい姿でこの世を去る。
 そんな現実を直視して、とても落ち着いて眠れるわけがなかった。
 上半身を起こして真悟の方を見るが、彼はいびきをかいている。

(図太い奴。羨ましいよ、本当に)

 少し夜風にでも、と思い部屋の外へ出る。
 城には中庭があるので、そこで時間を潰すことにした。
 中庭といっても緑豊かな木々や草が実っているわけではない。

 まったくないというわけではないが、どことなく乾いた殺風景な庭が広がっている。
 池らしきものにも水は張っていない。
 ちょうどいい岩に腰を下ろし、頭上を見上げる。
 昼間は曇っていた空だったが、今は大きな月が顔を覗かせていた。

(地球の二倍くらい、かな)

 その大きさを見ると、やはりここは地球ではないということが分かる。

「……ん?」

 視線の先。
 もう深夜だというのに、灯りを確認することができた。しかもユラユラと動いている。

(まさか幽霊?)

 好奇心に突き動かされ、天満は足を動かして光を追った。
 息を潜めて抜き足差し足で光を追っていると、一つの部屋に辿り着く。
 中に人の気配がした。
 耳を澄ませば、声が聞こえてくる。

「――――はい。計画は順調です。我が君の望むがままに、異世界召喚に成功致しました」

 扉の隙間から確認できたのは―――ミカエの姿だった。

(アイツ、こんな夜更けに何を……?)

 元々怪しい人物ではあったが、昼間のこともそうだが、何を企んでいるか分からない女だ。

「では、あとは運命に委ねるだけです。……予言通りに」

 耳朶を打つ気になる言葉。

(……予言?)

 そんな話は玉座の間でも聞いていない。 
 彼女が〝我が君〟というのだから、相手はダイガス王だと思っていたが……。
 もう少し扉を開けて中を確認してみようとしたその時――ギィ。

「っ!?」

 扉から音が鳴ってしまった。

 そして――。

「おやおや、私としたことが野鼠に気づきませんでしたね」

 バレたと思い、その場を去ろうとした――が、振り返ると何故か先回りをされて、ミカエがそこに立っていた。

「い、いつの間に!?」
「声が大きいですよ」
「え……あ」
「別に取って食うわけでもなし。……何しにここへ?」
「…………」
「相手に下手な情報を与えずに沈黙を守りますか。怯えた様子も見当たらないし、なかなかに胆力ですね」

 とは言われているが、脳内では盛大にパニック状態でもある。どうやってここを切り抜けようか必死に考えているところだ。

「それとも、ここをどう切り抜けるか考えている最中ですか?」
「!?」

 見透かされているみたいだ。なら聞くだけ聞いてやると思った。

「……誰と話してたんですか?」
「さあ、それを聞いて何か現状が変わりますか?」
「…………殺さないんですか?」
「そうしてほしいのなら今すぐ縊り殺してあげますよ?」
「遠慮しときます」
「ふふふ、では今日のことは忘れて早く自室へ帰ることですね」

 ミカエは興味がなくなったと言わんばかりに、さっさと部屋へと戻った。

(……一瞬見えた。水晶玉に向けて話しかけてた気がするけど)

 ならば独り言を言っていただけなのかとも思うが、どうもそんな感じではなく、誰かに向けて喋っていた様子ではあった。

(考えても仕方ないか。アイツが怪しいのは最初からだし)

 そう思い、殺されなかったことにホッと安堵の溜め息を漏らしつつ部屋へと戻った。


    ※


 去っていく足音を聞きながら、部屋の中でミカエは頬を緩めていた。
 そしてテーブルの上に置いている水晶玉に近づく。
 聞き逃しそうなほど小さい声が、水晶玉から〝何かあったのですか?〟と問うてくる。

「何でもありませんよ、我が君。ただ……予言に関わる因子と接触しただけですから」

 ミカエは軽く行きを吐くと、言葉を続ける。

「もしかしたら……彼は救世の一欠けらと成り得る存在やもしれません」

 心配そうな声がミカエの耳に入ってくる。

「安心なさってください、我が君。準備はすべて整っております。しかしこの先は未知の領域。彼らが歩む道は救いの道か、はたまた破滅の道か……その答えはいずれ世界が示してくれることでしょう。もうすぐ私の役目も終わります」

 水晶玉から〝ごめんなさい〟とか細い謝罪が届く。

「お気になさらないでください。すべては我が君の望みのままに……では」

 プツンと電子音のような音が響き、通話が途絶えた。
 ミカエは窓へ近づき、星すらも見えない空を見上げる。

 静かに。
 誰に対してでもなく。
 ミカエは涙を流しながら呟く。

「――このセカイに救いはありますか?」



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