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第五十二話 当日の事件

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 ――翌日。

 今日はいよいよ〝ダンジョン攻略戦〟だ。

 昨日襲撃を受けてから、何かしら動きがあるかもと思っていたが、朝まで何も起こらなかった。とはいっても夜の間はオルルのところにいたので、襲撃してきても無意味だったろうが。

 しかし寮の部屋に帰ってきた時に室内を調べたが、誰かが侵入した形跡もなかった。
 結局俺を殺すことを諦めたという考えが正しいのかもしれない。

「さて、〝攻略戦〟まで二時間か」

 三十分前には、集合場所である闘技場の控室に全員集まっていた方が良い。
 アリア先生も、そのくらい余裕を持って集合するように言っていた。
 俺はサクッと朝食を済ませ、〝攻略戦〟まで一時間半前になった。

「少し早いがシン助を起こしに行くか」

 どうせまだ寝ているだろうが、さすがにこの大一番で寝坊は勘弁だ。
 俺は支度をすると部屋から出て、シン助の自室がある二階へ向かう。

「確か208号室って言ってたよな」

 魔法陣で二階フロアに到着すると、案内板を頼りに208号室を探し歩いた。

「お、ここだここ」

 インターホンを鳴らす……が、反応が返ってこない。
 何度も繰り返してみるが静寂だけが返ってくる。
 俺は強めにドアをノックしてみた。……反応無し。

 やれやれ。あまり大きな音をこれ以上出すわけにもいかんしな。

 他の部屋の人に迷惑がかかってしまう。そうなったら住人だけじゃなく、フロア長のバリッサにも説教されることだろう。それは嫌だ。

「仕方ないか……《万物操転》」

 ドアに導力を流し込むと――カチャリ。

 ロックが外れる音がした。不法侵入になるが、シン助にとっても寝坊で失格になるよりは良いだろう。
 俺は扉を開けて中へと入ると、思わず「うわぁ」と声に出してしまう。

 あちらこちらに服や食料品のゴミなどが散乱している。
 思わずこのまま引き返したくなるほどの有様だ。

 これを九々夜が見たらどう思うだろうな……。

 きっとシン助を正座させて小一時間は説教になることだろう。
 定期的にフロア長の室内検査も入るらしいので、その時にでも叱られれば良いと思う。

 シン助が寝ているであろう寝室へと入ると、気持ち良さそうにベッドの上でいびきをかいている目標を発見した。

「コイツ、今日が〝攻略戦〟だって本当に理解してるのか?」

 だとしたらもうそろそろ起きて準備をしておいた方が良い。だがまったく起きる素振りすらない。そもそもどうやって起きるつもりなのだろうか。

 一応アラームを知らせる時計が、ベッド上に置いてあるが、調べてみれば何の設定もされていない。せっかくのアラーム機能が泣いている。
 いつも寝坊するはずだなこれは……。

「おい、シン助、そろそろ起きろ」

 彼の身体を揺すりながら声をかける。

「んにゃ……むにゃ……俺はぁ……最強にょ……シャムライ…………腹へ……ったぁ……」

 どうやら腹ペコ状態の最強のサムライになっている夢を見ているらしい。意味が分からん。

「いい加減に起きろ。〝攻略戦〟に出られなくていいのか? 不戦敗になるぞ?」
「むにゃっ!? 負けるのはヤダッ!」

 がバッと勢いよく上半身を起こし目覚めたシン助。

「……あれ? ここは…………アオス?」
「おはよう。起きたならさっさと支度しろ」
「何でアオスが俺の部屋に? ……夢か?」

 腕を組みながらグイッと頭を傾けるシン助に対し、俺は溜息交じりに言う。

「わざわざ起こしに来てやったんだよ」
「おお、そっか! そいつはありがてえや! 待ってろ、すぐに準備すっからよ!」

 ベッドから飛び降りたシン助は、そそくさと洗面所へと駆け出して行った。
 どうやら彼の中で、俺がどうやって部屋に入ったかなどどうでもいい案件のようだ。

「アオスー、飯はー?」

 洗面所からシン助の声が響いてくる。

 いや飯はって聞かれてもな。俺、お前の家政婦じゃないし。

 肩を竦めながら洗面所へ向かうと……。

「……何で全裸になってるんだ? 変態か?」
「何言ってんだよ! 眠気覚ましにシャワー浴びるだけだよ!」

 そう言うと、彼はシャワー室へと入って身体を流し始めた。
 〝攻略戦〟まで一時間十五分前。どうやら遅刻せずに迎えられそうだ。

 烏の行水ばりに早く出てきたシン助は、サッパリした表情で「飯は?」とまた聞いてきた。

「あのな……まあいい。ここにあるものでいいなら用意してやるから、さっさと着替えてこい」
「うっしゃ! よろしくー!」

 俺はキッチンに入り炊飯器を覗くと、昨日の残り飯があったので、それを茶碗によそう。そして卵を三つとスライスハムを五枚。味噌と水と豆腐があったので用意した。

 卵は三つとも割って、ハムと一緒に一つの皿に、味噌と水と豆腐を椀に無造作に入れる。無論火を通していないので、そのままだと素材の味しかしない。
 しかし俺は皿と椀を導力で包み込む。

「――《森羅変令》」

 すると一瞬にして、ハムを包み込んだ目玉焼きが出来上がり、椀には湯気が立ち昇る豆腐の味噌汁が誕生していた。
 そこへシン助がやってきて「うおぉぉぉ!?」と感動したように声を上げる。

「うんまそぉぉぉっ! これ食べてもいいのか!?」
「……ああ、どうぞ」
「いっただきまーす!」

 何も言わずに一心不乱に飯にありつくシン助。

 コイツ……この短時間でこれだけの料理が出来上がったことに疑問すら持たないんだな。

 俺だったら絶対に変だって思って問い質すのに、シン助の頭の中は一体どうなっているのか逆に不安を覚えた。

 そしてものの数分で、炊飯器の中の飯を空にしたシン助は、満足そうにゲップをしている。

「シン助、そろそろ出るぞ」
「おうよ! あんがとな、起こしに来てくれてよ! それに飯も! めっちゃ美味かったぜ!」
「はいはい。そんなことはいいから行くぞ」

 今から出れば難なく三十分前行動ができる。そう思い、寮から出たその時だ。
 玄関前には俺たちを待っていたのか、九々夜の姿があった。

 しかしどうも様子がおかしい。どこかオロオロとした様子で、こちらを見ると慌てて駆けつけてきた。

「おう、おはようさん九々夜!」
「お兄ちゃん、アオスさん! 大変なんです!」

 いきなり只事ではない声音を飛ばしてきた九々夜。
 一体何がどうしたんだと尋ねると、彼女の口から驚くべき言葉が発せられた。

「トトリさんが昨日から家に帰ってないそうなんですっ!」



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