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第八十一話 ドラゴン

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「バカな! ケガレを切り裂いただと!?」

 グレンがアオスが引き起こした現象に愕然とする。
 オダゴラは「おっひょぉ~!」と興奮気味に前のめりになる。

 壁を切り裂きカイラのもとへ接近したアオスは、そのままカイラの顔面に向かって右拳を放った。
 それはまるで前回の〝代表戦〟のリプレイのように思われる。

 直撃を受けたカイラはそのまま口から血を吐きながら吹き飛んでいき、勢いよく地面を転がり、その先にある壁へと激突した。

「ぁ……が……ぎ……おご……」

 カイラは白目を剥いたままよく分からない声音を発している。

「あ~らら、可哀相に。完全に意識ないよぉ、あれ? グレンくんにとっちゃ、予想外の結果になったんじゃなぁい? 君はカイラくんがどうなろうと、アオスくんがここで死ぬと予想してたはずでしょぉ?」
「っ……確かにカイラが暴走しても強化されているのは事実ですから、アオスはカイラによって殺される結末は予想してたんですけどね」
「そしてそのままカイラくんも《竜彌薬》に耐え切れずに共倒れ。これで君にとっての目の上のたん瘤が消える。そういう計画だったんでしょぉ?」
「……だとしたら何です? まさかカイラに情でも湧きましたか?」
「クカカ、そんなわけなぁいじゃなぁい。ただ気になっただけ。カイラくんを暴走させて死んでもらいたいなら、もっと積極的に薬を使うように指示をすればいいでしょぉ? けど君は逆に連続使用を控えるように言った。どうしてかなぁ?」
「何故そのことを知ってるんですか……まあいいか。あなたはカイラのことをまるで分かっていませんよ。アイツは自分に自信を持ってます。過信とも言えるほどにね。ですからそこを突いてやれば、必ず連続使用すると踏んでいました」

 グレンは言う。

 持って生まれた素質は、グレンよりも遥かに上のカイラ。カイラもまたその事実を疑っていなかったし、ジェーダン家を背負って立つ存在だという認識もあったはず。

 挫折を知らず、失敗すら経験しないままで、順風満帆なカイラの人生だ。当然自分にできないことはないと自信があっただろう。
 しかしアオスに不覚にも後れを取ってしまい、その自信が少々揺らぎ始めていた。

 だがカイラは自分が弱いなどと認めたくはない。特に落ちこぼれでしかなかったアオスに膝を屈するなど絶対にしない。

 だからグレンは、わざと数粒の服用を禁じるように伝えた。カイラのことだ。常人では耐えられなくても、自分なら問題ないと判断する。

 そしてアオスに追い詰められた時、カイラは間違いなく禁じ手を冒すと。

「ん~、でもそれなら別に最初から薬を全部一気に摂取すればいいとか言っておいた方が良かったんじゃなぁい? どうせここで死ぬんだったらさ」
「まあ、普通なら薬の効果に身体が耐えられずに死んでしまいますが、相手はあのカイラです。生き残る可能性だってある。そうなれば、薬の副作用について教えなかった俺が、カイラに責められてしまう」
「あ~なるほどぉ。つまりカイラくんが生き残っても、グレンくんがお叱りを受けないようにしたわけだ。すべてはカイラくんが〝勝手な判断〟で自滅したってことにして」

 グレンは何も言わずにフッと、軽く頬を緩めた。

「クカカ、や~っぱり君は研究者向きだねぇ。腹の中がどす黒い」
「あなたに言われたくありませんよ。そもそもあの薬をカイラに渡してやればと提案したのはあなたでしょうに」
「良いデータが取れそうだったからねぇ」
「けど残念ですね。こんなにも早くカイラが倒されてしまうのは予想外でした。アオスの奴、もう少しでカイラが完全に暴走したのに。その前にぶっ飛ばしやがって。あれじゃあ、もうカイラは立てないじゃねえか」
「ん~確かにカイラくんはそうだけどぉ……ちょっと面白いことになってるかもねぇ」
「へ?」
「上空を見てごら~ん」

 オダゴラに言われてグレンが上空を見上げる。
 するとその視界に映った存在に「えっ!?」と驚愕の声を上げた。



     ※



 カイラを吹き飛ばした俺は、これで〝代表戦〟も終わりだと判断してホッと息を吐いていた。

 壁に激突して完全に意識を失っている様子のカイラ。そして観客たちも、意外にも呆気なく勝負がついたことにどこか落胆の色を顔に示していた。

 だが直後のことだ。ゾクッと寒気が全身に走り、俺の本能がまだ終わっていないことを告げる。
 同時に嫌な気配が、上空から感じることに気づいて天を仰ぐ。

「……!? アレは――ケガレか?」

 頭上には、カイラから放出されていたどす黒い霧状の物質が漂っていた。
 まさかまだカイラが何かをしているのかと思い彼に意識を向けたが、やはり彼は気絶しているようで動く様子はない。

 それにケガレはカイラから完全に切り離された状態で宙に浮かんでいる。

「アオスさん! ケガレがどんどんつよくなってます! きをつけてください!」
「このイカリのハドウ……きょうれつですぅ」
「このままほうちするとヤベエきがするぞー!」

 妖精さんたちが、一様にケガレの存在に警鐘を鳴らしている。
 すると観客たちもケガレに気づいたのか、

「何だあれ? 黒い……雲?」
「雲なわけねえだろうが。てかアレって、さっきカイラから出てたやつじゃね?」
「何か不気味ぃ。しかもウネウネ動いてるし」

 などと注目度が増していく。

 皆がケガレに意識を向けていると、そのケガレがどんどん集束し始め、何かの形を為していく。

 そしてそれは、ここには存在しないはずのモノへと変貌を遂げる。
 徐々に末端から実体化していき、最後に頭部を構築したその姿は――。

「――ドラゴンッ!?」

 全身を漆黒の鱗で覆われたドラゴンだった。



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