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第八十三話 ケガレモノ

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 ドラゴンは悲痛な叫び声を上げながら地面に落下してきて、そのまま全身を《白炎》に溶かされていく。

 気づけばドラゴンは欠片もなく焼失したのである。

 へぇ、凄いな。あんな能力があるなんて、あの時に出されていたら厄介だったかもしれん。

 無論導術を駆使すれば何とでもなるだろうが、それでも唐突に《白炎》をぶつけられていたら粟を食っていたはずだ。

「うっしゃあ! 見たか俺の力を! アオス、見たよな!」

 意気揚々とした感じで、オブラが胸を張りながら声を上げた。
 確かに試験官を務めるだけの実力は間違いなく見せつけられた。

 さすがは有名なギルドである『流浪の叢雲』の一員といえよう。

 とはいえ、これでドラゴンは消滅して――。

「……ん?」

 そう思った直後、俺は異様な気配をまだ感じていた。
 しかもそれは、いまだ地面に広がっている《白炎》辺りからだ。

「ん~? どしたのぉ、アオスくん? そんな険しい顔してぇ?」

 俺が警戒を解いていないことに気づいたシンクレアが、不思議そうに尋ねてきた。

「いえ、何かまだ……」

 そう口にすると、《白炎》の隙間から漏れ出るような感じでケガレがまた噴き出てきた。

「へ? ちょ、ちょっとオブラさん、あれ見てくださぁい!」
「あん? あれって何……はあ!?」

 シンクレアが指差した方向に、オブラは怪訝な表情を向け愕然とする。

 炎の隙間から立ち昇ったケガレが、再び集束してドラゴンに戻ってしまったのだから驚くのも無理はない。

「おいおい、マジかよ……!?」
「オブラさんの《白炎》が通じないなんて……」

 オブラのみならず、シンクレアも彼の魔法の威力を熟知していたのだろう。それが効かなかったことに目を丸くしてしまっている。

 そんな中、オリビアが自身の腰に携帯していた剣を抜いて臨戦態勢に入った。

「魔法が通じないのであれば、直接核ごと細切れにすればいいだけだ!」

 オリビアがドラゴンに向かって跳躍し、

「――はあぁぁぁぁっ!」

 目にも止まらない速度で、剣を振るった。
 すると直後にドラゴンの身体に幾つもの閃光が走り、綺麗に解体されていく。

「まだまだぁぁぁっ!」

 解体した身体にまだ剣を走らせ、本当に言葉通りに細切れにしていくオリビア。

「お、おお……! さすがは若くして【ゼルダース剣技大会】で優勝を勝ち取った女傑。見事としか言いようがない」

 冒険者の一人がそう呟く。

 俺も【ゼルダース剣技大会】のことは知っていた。とはいっても、前の人生でたまたま知った程度のものだが。

 何でも世界中の剣士たちが集って雌雄を決する大会で、優勝者はその年の世界最強として名を馳せることになる。
 剣士ならば誰もが勝ち取りたい名誉の一つだという。

 まさかその優勝者だったとはな……。だがそれだけの実力者だというのは見て分かる。

 たった一振りにしか見えなかったが、その実、あの一瞬で何度も斬撃を繰り出していたのだ。あの固そうなドラゴンの鱗をものともしない鋭さで。

 オブラもそうだが、オリビアもまた現行の冒険者の中ではトップクラスの腕の持ち主なのは違いないだろう。
 まるで料理をするかのように、見るも無残にも切り刻まれたドラゴンの身体。

 誰もが今度はどうだと言わんばかりに、気を抜かずに変わり果てたドラゴンを睨みつけている。

 しかし俺の耳元で、妖精さんたちが「まだおわってませんです」と口にした。そして俺もまた、ケガレの濃度が微塵も低くなっていないことに気づいている。

 ということは……。

「だあくそっ! 今のでもダメなのかよ!」

 オブラの叫び。何故なら細切れになった身体が、またも繋ぎ合わせて元に戻っていくから。

「くっ……魔法も物理もダメとは……どうすれば奴を倒せるのだ?」

 オリビアもさすがに有効な手札を思いつかないようで困惑している様子だ。
 その間にも、ドラゴンがブレスを吐いたり、腕や足、尻尾を振り回して攻撃してくるので、それを回避するのも一苦労となっている。

 どうやら普通の攻撃じゃ、ドラゴンを倒すには至らないようだ。

「ああもう! ほかのひとがなにをやってもダメダメなのです!」
「そうですよぉ。ここはアオスさんでなければねぇ。アオスさんだけがあのケガレをどうにかできるんですからぁ」
「そのとーり! それが〝ドーシ〟なんだしな!」

 妖精さんたちの言葉を聞き、ドラゴンに有効なのは導術だということは分かる。
 俺は詳しく理由を聞くために、オルルの名を心の中で呼んだ。

〝――どうかされましたか、アオス様? もしかしてもう試合は終わったのでしょうか?〟

 オルルの言葉が脳内に響き渡り、俺は現状を彼女に説明する。

〝――そうですか。よもやそのような場所で『ケガレモノ』が出現したのですね〟
〝『ケガレモノ』……?〟
〝はい。人の負の感情が怒りによって増幅され、そして実体化するほど汚染してしまった存在のことです〟
〝そんなものがあったのか……〟

 少なくとも前の人生では遭遇していない。

〝『ケガレモノ』の起源はかなり古いです。そして『導師』と『ケガレモノ』は切っても切れない縁で結ばれているといっても過言ではないでしょう。何せケガレを鎮めることができるのは、『導師』の力だけなのですから〟
〝妖精さんたちも言ってたが、俺ならアレを何とかできるわけだな〟
〝はい。ですが『ケガレモノ』は放置すれば、時間とともにどんどん周囲のケガレを吸収していって強大化していきます。早期討伐が望まれます。放っておくと、次第に世界にも影響を与えるほどのケガレになってしまいますから〟
〝分かった。放っておくとマズイんだな。ならここで俺が始末するよ〟
〝お願いします。ですが気を付けてください。『導師』はケガレを鎮めることができる一方で、ケガレの影響を最も受けやすい存在でもありますから。……負の感情に飲み込まれないように自分を強く保ってくださいね〟

 どうやら気を抜くことはできないようだ。

「カイラとの一戦は消化不良気味だったしな。お前でスッキリさせてもらうぞ、ケガレモノ〟!」



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