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「む? それは何ですかな、イックウ殿?」
「まあ、見てな」

 オレは手に持った本を広げると、

「こ、これは――っ!?」

 声を漏らしたメルヴィスだけでなく、ヒノデもキョトンとして周囲を見回している。それも当然だろう。突然本から青白い光が放たれたかと思ったら、半球状に広がったのだから。
 ちょうど直径が二十メートルほどだ。
 オレはあるページのところで手を止め、

「――《ナンバー:38 一角ボア》三体」

 言葉が終わった直後、広がった空間内に、額に大きな角を宿した巨大な猪が三体出現した。

「い、いきなりモンスターが出現したでござる!?」
「こ、これは一体!? どういうことですか、イックウ殿!? その本の力ですか!」

 初めてこの修業方法をしたポアムと同じリアクションをしてくれる。
 オレは笑みを浮かべながら二人に身体を向ける。

「この本は――《仮想戦闘書》っていって、文字通りこの空間内だけだけど、この本に記載されてるモンスターとの戦闘を経験することができんだよ」
「な、何と……そのような本があったとは……っ」
「さ、さすがは殿でござる……っ」
「ほれ、二人とも自分の額の上あたりを見てみな」

 オレが視線を促すと、またも二人は驚愕に目を見開く。
 そこにはHPゲージとMPゲージが反映されてあり、誰にも確認できるように出現しているのだ。そしてそれはモンスターにも同じで、ゲージが出現している。

「HPゲージが無くなれば、いわゆる死亡。ゲームオーバーだ」
「ゲ、ゲームオーバーでござるか……」

 ゴクリとヒノデが喉を鳴らす。きっとここで死ぬことはリアルにも反映されるのだと勘違いしているのだろう。だから……。

「この空間内でどんだけ暴れても、外に出れば元通りに戻る。たとえこの中で死んでも、な。ここは仮想空間だし。けどモンスターとの経験値はしっかり身になるっつう便利グッズだ」
「イ、イックウ殿?」
「何だ、メルヴィス?」
「そ、そのようなものがあるなど聞いたことがないのですが……?」
「だろうな。けどできればあまり広めてくれるなよ。これはSSSランクのアイテムだしさ」
「ト、ト、SSSランクのアイテム……っ!?」

 メルヴィスだけでなく、ヒノデもあんぐりと口を開けたまま。そんな彼にポアムが、

「イックウ様のなさることにいちいち驚いていたら身が持ちませんよ、ヒノデくん」
「ポ、ポアム殿……、も、もしかして拙者は物凄いお方に指南して頂いているのでは……?」
「ふふ、今頃気づいたんですか。イックウ様はすごいんですよ。つまりその指南を受けられるわたしたちは幸運なんです」

 笑顔を浮かべてオレを見つめる彼女に、ヒノデもまた尊敬の眼差しをオレへと向けている。

「んじゃ、さっそく戦闘開始するからな。準備はいいか、二人とも」
「「はいっ!」」

 彼女たちの意気込みを確認したところで、オレは再度手に持った本を地面に置く。同時に空中に“戦闘開始”という文字がデカデカと映し出されると、一角ボアがポアムたちに向かって突進を開始した。

「さてと、あとはゆっくり見させてもらうかな」

 オレは手頃な岩に腰を下ろすと、彼女たちのバトルを観戦し始めた。その近くには、いまだにこの空間が信じられないのか、瞬きを失っているメルヴィスがいる。

「いつまで呆けてるんだよ」
「し、しかしこれは……驚くなっていう方が無理ですが……」
「メルヴィスも欲しかったら手に入れればいいと思うぞ」
「……ちなみにどこにあるんですか?」
「【アッゴウ大陸】の西端に位置する【フラヤミの洞窟】の最下層のレイドボスを倒すともらえるぞ」
「……全然聞いたことがないダンジョンの名前が出たことに驚いたらいいのか、レイドボスを倒したことに驚いたらいいのか、それをサクッと勧めてくるイックウ殿に驚いたらいいのか、私は忙しいですな」
「あ、でも挑むんなら50レベル以上の奴を十人は連れてった方が良いぞ。回復薬もたんまりもってな。それとできれば前衛は少なめに、後衛を多めにした方が、あのダンジョンは攻略し易い」

 何と言っても出てくるモンスター一体一体が強力なので、サポート役の数が多い方が長生きできるのだ。攻撃力より防御力優先のパーティの方が、攻略に向いている。

「助言ありがたいですが、そう簡単に50レベル以上の者を集められるとお思いか?」
「探せばいると思うぞ?」

 オレの場合は、クエスト版に呼び込みをかけて……って、ゲームの話だったから、ここじゃムリか。
インターネットに繋がってるわけでもないので、そう簡単に人を集めることはできないということを忘れてしまっていた。

 ん~ついゲームの頃とおんなじ感覚で喋ってしまうんだよなぁ。

「……イックウ殿のとんでも話には興味が尽きぬが、それよりもこの空間では、イックウ殿が今まで戦ってきたモンスターを召喚できるというのは真ですかな?」
「できるぞ。何なら次、メルヴィスが試してみるか?」
「よ、よいのですか!?」
「けど、それだとこの後のクエストに割く時間がなくなるかもしれねーけど」
「む、むむぅ……それはいかん。……最優先任務はクエストなので、魅力的な提案ですが、却下する他ありませぬ」
「だろうな。ちなみにここで戦って死にはしないけど、疲労感は残るからな。この後に何かするつもりなら、あまりオススメはできない修業だし」

 体力は削られることはないが、精神的にドッと疲れが押し寄せてくるのだ。この中で死んでしまえば、その負荷もかなり大きく、数時間は休みを必要とするくらいのもの。



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