ペット転生 ~飼い主がニートエルフな件に困りまして~

十本スイ

文字の大きさ
8 / 47

しおりを挟む
「いえ、ちょっとコイツが抜け出したので」
「あら、またなの~? ふふ、ほんと~に二人は仲良しさんね~。あ、そうだ」
「ん?」
「今日ね~、新作を焼いてみたのよぉ~」

 と言いながら、持っているトレイを見せてくる。
 確かにそこに乗っているパンは働いている俺でも見たことがないものだ。

「これは……《エッグベネディクト》!」
「うんそう~。前に作り方を教えてくれたでしょ~? だから作ってみたのよ~、ほら食べて食べて~」

 カウンターにトレイを置き、一つ取り、

「はい、あーん」

 と、恐らく世の男が見たら俺が瞬殺されそうなことを平然とやってくるメリエールさん。

 いや、その、嬉しいんだよ? だけど人目が……って、今は周りにいないね。
 よし、それなら……。

「あ、あー」
「はむっ!」
「「!?」」

 突然俺の肩から飛び出てきた顔が、女神の差し出したパンを食べてしまった。

「んぐんぐんぐ……んくっ。うん、なかなか良いと思うよ。ロニカ的にはやっぱり甘さが欲しいけど」
「あらそう? でもこれはこういうパンだしね~。あ、それよりもおはよう~、ロニカちゃん」
「ん~ちょっと口の中がパサパサしてる。クロメ、甘い紅茶を用意して」
「…………お、お前なぁ……っ」

 せっかく美女があーんをしてくれるという男として最高のひとときを過ごせそうだったのに……。

「ほらほら、クロくんも食べて感想をちょうだいね~」

 ま、またチャンスだと!? 普通美味しいチャンスというのは二度はない。ここは何が何でもものにしなければ――っ!

 そう思い口を開いた瞬間、パッと横からロニカがパンをメリエールさんから取り、そのまま俺の口の中へ放り込んだ。

「ほら、あーんしたげたよ、クロメ?」

 コ、コイツ……分かってて……っ。

 しかし確かにこれもあーんではあるか。何だかコイツの場合は餌付けみたいな感じだったが。

「んぐんぐ……。うん、美味いですよメリエールさん!」
「ほんとぉ~! 良かったわ~!」
「マフィンのふわふわ感もいいですし、ちょうどいい具合の塩味が効いたベーコンにポーチドエッグ、何と言ってもこのソースが全体にマッチしてとてもクオリティが高くなってます。さすがはメリエールさん、パンの女神です!」
「も、もう~、そんなに褒めてお姉さんをどうするつもりなの~」

 両手を頬に当てて恥ずかしそうだが、明らかに嬉しいのか顔をこれでもかというほど綻ばせている。頭を振りながら「メ~メ~」と声を出している様子は、もうこのまま抱きしめても罪にはならないのではないかと思うくらい可愛らしい。
 とても一つの店を切り盛りしている肝っ玉店主には見えない。

「けど作り方を教えただけで、こうも完璧に仕上げてくるとは驚きです」

 恐らくこの世界で初めて作られたパンだと思う。
 何せ《エッグベネディクト》とは、俺の前世の世界にあるイギリスという国で軽食として親しまれているものだからだ。《イングリッシュマフィン》を半分に切って、その上にハムやベーコン、そして《ポーチドエッグ》を載せソースをかけて作る。

 事実、この世界でパンといえば種類もあまりなく、出来栄えも地球のソレと比べると遥かに見劣りするものばかりだった。
 俺は元々パンが好きだったということもあり、どうせならこの国で広めたいということから、この国にあったパン屋に駆け込んだ。

 それがここ【ふわふわハート】だったのである。
 驚いたのは、メリエールに作り方を伝授すると、俺よりも断然美味く作ったこと。いや、そもそもここで売られているパンは、世間一般で販売されているパンよりも質が高かったのだ。

 それはきっとメリエールが俺と同じパン好きで、毎日毎日パンと真剣に向き合って客を喜ばせようとしてきたからだろう。
 何よりも彼女のパンを食べると幸せな気持ちになれる。気持ちがふわふわと穏やかになるのだ。ふわふわハートとはよく言ったものだと感嘆した。

 またガレブ王も、ここのパンが好きで、よく「例のもの」と言って来訪時には持ってくるように頼み込んでくる。国王が太鼓判を押す店というわけだ。
 これでも一応料理の専門学校に通っていたこともあって、そこで培ったいろいろな知識をパン作りに活かして国に広めているのだ。

「ねえねえクロメ~、紅茶まだ?」
「はぁ……メリエールさん、奥使っていいですか?」
「いいわよ~」

 彼女に感謝しつつカウンターの奥にある工房へと入っていく。もう何年も世話になっているので、勝手知ったるというやつだ。いや、別に勝手ではないと思うけど。
 俺は紅茶の茶葉を取り出し、ポットで湯を沸かし始めた。

「いらっしゃいませ~」

 店内では客が来たのか、メリエールさんの声が聞こえてくる。
 俺の主は何をしているんだろうかと、ちょっと顔を覗かせてみると、

「あら、ロニカちゃんじゃないか、久しぶりだね~」
「ほんとほんと、ほら、飴ちゃんあるよ、食べる? あーん」
「あーん。……ん、甘くてよいよい」

 何ていうか、見知ったご近所さんに餌付け……もとい可愛がってもらっていた。
 ここには小さいながらもパンを食べることができるスペースもあって、一つのテーブルを陣取ってぐうたら横になっていたロニカを、目ざとくご近所さんたちが見つけたようだ。

 まあ、この分だと大丈夫か。あのおばちゃんたちもロニカの性格知ってるし。

 そして俺は工房へと帰り、紅茶を用意してから店内に出てくると……。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

「餌代の無駄」と追放されたテイマー、家族(ペット)が装備に祝福を与えていた。辺境で美少女化する家族とスローライフ

天音ねる(旧:えんとっぷ)
ファンタジー
【祝:男性HOT18位】Sランクパーティ『紅蓮の剣』で、戦闘力のない「生産系テイマー」として雑用をこなす心優しい青年、レイン。 彼の育てる愛らしい魔物たちが、実はパーティの装備に【神の祝福】を与え、その強さの根源となっていることに誰も気づかず、仲間からは「餌代ばかりかかる寄生虫」と蔑まれていた。 「お前はもういらない」 ついに理不尽な追放宣告を受けるレイン。 だが、彼と魔物たちがパーティを去った瞬間、最強だったはずの勇者の聖剣はただの鉄クズに成り果てた。祝福を失った彼らは、格下のモンスターに惨敗を喫する。 ――彼らはまだ、自分たちが捨てたものが、どれほど偉大な宝だったのかを知らない。 一方、レインは愛する魔物たち(スライム、ゴブリン、コカトリス、マンドラゴラ)との穏やかな生活を求め、人里離れた辺境の地で新たな暮らしを始める。 生活のためにギルドへ持ち込んだ素材は、実は大陸の歴史を塗り替えるほどの「神話級」のアイテムばかりだった!? 彼の元にはエルフやドワーフが集い、静かな湖畔の廃屋は、いつしか世界が注目する「聖域」へと姿を変えていく。 そして、レインはまだ知らない。 夜な夜な、彼が寝静まった後、愛らしい魔物たちが【美少女】の姿となり、 「れーんは、きょーも優しかったの! だからぽるん、いーっぱいきらきらジェル、あげたんだよー!」 「わ、私、今日もちゃんと硬い石、置けました…! レイン様、これがあれば、きっともう危ない目に遭いませんよね…?」 と、彼を巡って秘密のお茶会を繰り広げていることを。 そして、彼が築く穏やかな理想郷が、やがて大国の巨大な陰謀に巻き込まれていく運命にあることを――。 理不尽に全てを奪われた心優しいテイマーが、健気な“家族”と共に、やがて世界を動かす主となる。 王道追放ざまぁ × 成り上がりスローライフ × 人外ハーモニー! HOT男性49位(2025年9月3日0時47分) →37位(2025年9月3日5時59分)→18位(2025年9月5日10時16分)

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで

六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。 乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。 ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。 有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。 前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。

処理中です...