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「うわ、何この人の多さ!?」
いつの間にか客で溢れ返っていた。まだ夕方でもないのに。ここのパンは種類も多く、頬が落ちるほど美味いから、小腹が空いたからとでもと言って買っていく客も多い。
「メリエールさん、俺も出ますね!」
「あ、クロくぅ~ん、お願いぃ~!」
客の多さに涙目のメリエールさん。良い! 写真に残したい! だが今は彼女を助けることが紳士のやることだ!
俺はトレイに乗せた紅茶を、ロニカがいるテーブルに置くと、
「ロニカ、俺仕事するから、先に帰っててもいいぞ」
「んー待ってるぅ。つうか寝てるぅ」
どうやらこの場から動く気はまったくないようだ。
まあ、ここにいたら俺がいつでも監視できるので安心っちゃ安心か。
俺はさっそく工房のさらに奥の部屋にある更衣室に入りエプロンと頭巾を着用し、店内に顔を見せた。
「メリエールさん、接客は俺がするのでパンの補充をお願いします!」
「いつもごめんね~!」
パタパタと急ぎで工房へ向かう彼女を見送り、俺は陳列しているパンに群がった客たちを捌いていく。
「おやまあ、今日も精が出るね、色男ちゃん」
「ちょっとそんな言い方ダメよ。彼はと~っても誠実なんだからぁ」
野生のおばちゃんズが現れた。フレンドリーに話しかけてくるのはいいが、できればTPOをわきまえてもらいたい。
しかし客商売。それを表情に出すわけにはいかない。
「いらっしゃいませ。今日はうちの新作があるので、是非どうぞ」
「あらそう? じゃあ頂こうかしら」
「そうよね。ホント、ここのパンは美味しいし、もう病みつきよ」
見れば子供や年老いた方まで年齢層は幅広く、次々と店のパンが消えていくように売れる。
「この前の《あんパン》とっても美味しかったわ、ありがとう」
「いえ、こちらこそそう言って頂くだけで感謝感激です」
こんなふうにパンを口にした客から直接感想をもらえるのは良いことだ。しかも称賛の声が上がると、作って良かったと思う。
「メ~ッ、追いつかないわぁ~!」
工房からメリエールさんの嘆きが聞こえてくるが無視しよう。こっちだって次々来る客を捌くのに必死だから。
するとヒョコヒョコとカウンターで精算をする俺の隣に来て、眠たそうな表情でジッと俺を見つめるロニカがいた。
「何? 腹減った? ちょっと今は我慢してくれよ」
「違うって。ちょっとだけロニカも手伝ってあげよかなって思い馳せ参じた」
「何でそんな言い方……? っていうか手伝い?」
「ほらちょっと横にずれてよ」
「あ、おお」
小さいせいで、カウンターから頭半分しか出てないロニカだが、視線をトレイに置かれているパンに向かわせると、
「全部で560ドリ」
と簡潔に言う。
一瞬俺も「え?」と思ったが、俺もパンを数えて計算してみると確かに560ドリだった。ちなみにドリというのは、日本で言うと〝円〟で、貨幣価値は同じだ。
「ロニカが計算したげるから、クロメはちゃっちゃとパンを包んで」
「お、わ、分かった。じゃあ頼むな」
そういや計算力もずば抜けて良かったことを思い出した。それよりも店の品物の値段を覚えていることにビックリではある。恐らくだがこれもチラリと見て記憶したのだろうが、羨ましくなるほどの記憶力だ。
「1010ドリ――870ドリ――380ドリ――」
目の前に差し出されたパンたちを一瞬見ただけで、まるで値札を読んでいるかのように正確に計算して合計金額を算出していくロニカのお陰で、対応速度が数倍にも速くなった。
しかもおつりまで計算してくれるので、本当にこっちはパンを包んで笑顔で客を送り出すだけ。
そうして二時間ほど過ぎたところで――。
「ふぅぅぅ~、ようやく落ち着いたぁ~」
俺はグッタリとしながらカウンターに手をついて深い溜め息を吐く。
まだ閉店時間ではないが、ラッシュアワーは過ぎ去った。
さすがにメリエールさんも疲れた様子だが、それでも閉店時間まではずっとニコニコし続ける女神っぷりに脱帽しかない。
「今日もクロくんの、ううん、クロくんとロニカちゃんのお蔭でラッシュを乗り切れたわ~。ありがとうね~」
「あ、メリエールさん、良かったらこれ食べてみてください」
そう言って彼女に手渡したのは小さな飴玉。
「あら~もしかして《キュアドロップ》?」
「ええ、どうぞ。ほら、ロニカもありがとな」
「あーん」
「……はいはい」
俺は椅子に座って餌を待つひな鳥のごとく口だけを開けるロニカに《キュアドロップ》を食べさせた。
「ん~甘くて美味しいわ~」
「美味美味~」
メリエールさんもロニカも満足してくれているようで、顔を綻ばせて飴を舐めている。
俺も一個食べて糖分補充に酔いしれた。
疲労を回復させる効果もあるので、舐めているだけで疲れが多少取れていく。
営業時間内に間食するのはどうかと思うかもしれないが、これでまた元気に接客できるのだから許してほしい。
それにしても……。
俺はチラリとロニカを見る。
「ロニカもありがとな、今日は。けどいつもは手伝ったりしてくれないのに、今日はどうしたんだよ?」
「んーたまにはペットを世話しなきゃね」
コイツ、昼に言ったことを気にしていたようだ。
「はは、そっか。けど今回のって世話なのか?」
「ロニカが世話だって思ったら世話なんだよ」
「さいですか。さて、閉店時間まで頑張りますか。今度は俺がパンを作りますよ」
「うん、お願いね~」
「じゃあロニカは寝てるぅ~」
ここでツッコミを入れるべきなのだろうが、今日は彼女のお蔭で助かった面もあるので良しとした。
いつの間にか客で溢れ返っていた。まだ夕方でもないのに。ここのパンは種類も多く、頬が落ちるほど美味いから、小腹が空いたからとでもと言って買っていく客も多い。
「メリエールさん、俺も出ますね!」
「あ、クロくぅ~ん、お願いぃ~!」
客の多さに涙目のメリエールさん。良い! 写真に残したい! だが今は彼女を助けることが紳士のやることだ!
俺はトレイに乗せた紅茶を、ロニカがいるテーブルに置くと、
「ロニカ、俺仕事するから、先に帰っててもいいぞ」
「んー待ってるぅ。つうか寝てるぅ」
どうやらこの場から動く気はまったくないようだ。
まあ、ここにいたら俺がいつでも監視できるので安心っちゃ安心か。
俺はさっそく工房のさらに奥の部屋にある更衣室に入りエプロンと頭巾を着用し、店内に顔を見せた。
「メリエールさん、接客は俺がするのでパンの補充をお願いします!」
「いつもごめんね~!」
パタパタと急ぎで工房へ向かう彼女を見送り、俺は陳列しているパンに群がった客たちを捌いていく。
「おやまあ、今日も精が出るね、色男ちゃん」
「ちょっとそんな言い方ダメよ。彼はと~っても誠実なんだからぁ」
野生のおばちゃんズが現れた。フレンドリーに話しかけてくるのはいいが、できればTPOをわきまえてもらいたい。
しかし客商売。それを表情に出すわけにはいかない。
「いらっしゃいませ。今日はうちの新作があるので、是非どうぞ」
「あらそう? じゃあ頂こうかしら」
「そうよね。ホント、ここのパンは美味しいし、もう病みつきよ」
見れば子供や年老いた方まで年齢層は幅広く、次々と店のパンが消えていくように売れる。
「この前の《あんパン》とっても美味しかったわ、ありがとう」
「いえ、こちらこそそう言って頂くだけで感謝感激です」
こんなふうにパンを口にした客から直接感想をもらえるのは良いことだ。しかも称賛の声が上がると、作って良かったと思う。
「メ~ッ、追いつかないわぁ~!」
工房からメリエールさんの嘆きが聞こえてくるが無視しよう。こっちだって次々来る客を捌くのに必死だから。
するとヒョコヒョコとカウンターで精算をする俺の隣に来て、眠たそうな表情でジッと俺を見つめるロニカがいた。
「何? 腹減った? ちょっと今は我慢してくれよ」
「違うって。ちょっとだけロニカも手伝ってあげよかなって思い馳せ参じた」
「何でそんな言い方……? っていうか手伝い?」
「ほらちょっと横にずれてよ」
「あ、おお」
小さいせいで、カウンターから頭半分しか出てないロニカだが、視線をトレイに置かれているパンに向かわせると、
「全部で560ドリ」
と簡潔に言う。
一瞬俺も「え?」と思ったが、俺もパンを数えて計算してみると確かに560ドリだった。ちなみにドリというのは、日本で言うと〝円〟で、貨幣価値は同じだ。
「ロニカが計算したげるから、クロメはちゃっちゃとパンを包んで」
「お、わ、分かった。じゃあ頼むな」
そういや計算力もずば抜けて良かったことを思い出した。それよりも店の品物の値段を覚えていることにビックリではある。恐らくだがこれもチラリと見て記憶したのだろうが、羨ましくなるほどの記憶力だ。
「1010ドリ――870ドリ――380ドリ――」
目の前に差し出されたパンたちを一瞬見ただけで、まるで値札を読んでいるかのように正確に計算して合計金額を算出していくロニカのお陰で、対応速度が数倍にも速くなった。
しかもおつりまで計算してくれるので、本当にこっちはパンを包んで笑顔で客を送り出すだけ。
そうして二時間ほど過ぎたところで――。
「ふぅぅぅ~、ようやく落ち着いたぁ~」
俺はグッタリとしながらカウンターに手をついて深い溜め息を吐く。
まだ閉店時間ではないが、ラッシュアワーは過ぎ去った。
さすがにメリエールさんも疲れた様子だが、それでも閉店時間まではずっとニコニコし続ける女神っぷりに脱帽しかない。
「今日もクロくんの、ううん、クロくんとロニカちゃんのお蔭でラッシュを乗り切れたわ~。ありがとうね~」
「あ、メリエールさん、良かったらこれ食べてみてください」
そう言って彼女に手渡したのは小さな飴玉。
「あら~もしかして《キュアドロップ》?」
「ええ、どうぞ。ほら、ロニカもありがとな」
「あーん」
「……はいはい」
俺は椅子に座って餌を待つひな鳥のごとく口だけを開けるロニカに《キュアドロップ》を食べさせた。
「ん~甘くて美味しいわ~」
「美味美味~」
メリエールさんもロニカも満足してくれているようで、顔を綻ばせて飴を舐めている。
俺も一個食べて糖分補充に酔いしれた。
疲労を回復させる効果もあるので、舐めているだけで疲れが多少取れていく。
営業時間内に間食するのはどうかと思うかもしれないが、これでまた元気に接客できるのだから許してほしい。
それにしても……。
俺はチラリとロニカを見る。
「ロニカもありがとな、今日は。けどいつもは手伝ったりしてくれないのに、今日はどうしたんだよ?」
「んーたまにはペットを世話しなきゃね」
コイツ、昼に言ったことを気にしていたようだ。
「はは、そっか。けど今回のって世話なのか?」
「ロニカが世話だって思ったら世話なんだよ」
「さいですか。さて、閉店時間まで頑張りますか。今度は俺がパンを作りますよ」
「うん、お願いね~」
「じゃあロニカは寝てるぅ~」
ここでツッコミを入れるべきなのだろうが、今日は彼女のお蔭で助かった面もあるので良しとした。
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