上 下
12 / 44

11

しおりを挟む
「お前が報告しなかった理由。それは俺を出し抜いて、少しでも自分の利益を増やしたかったから……だろ? あわよくば上に行く資格を手にする、か?」
「ち、ちちちち違いますっ! そんなことはぐふぅっ!?」

 ザラードが、その大きな手でグレイの首を掴み、力のまま彼の身体ごと持ち上げていく。
 大の大人を片手で持ち上げるのだから、その腕力は凄まじいとしか言いようがない。

「俺はここに店を構える許可を出した時に言ったよな? 嘘の報告だけはするなって」
「あっがっ……ぐぶふ……いっ……あぎ……っ!?」

 必死に言い訳をしようとするグレイだが、言葉になっていない。
 何かに縋るようにグレイの視線がザラードの背後へと向く。その先にはザラードの部下しか立っていない。

(部下を見てる?)

 しかしその部下は素知らぬ様子で目を閉じたままだ。
 直後、まるで裏切られたかのような顔をするグレイだったが……。

「裏切り者には死の鉄槌を――」
「んがあぁぁぁ――っ!?」

 ――――ゴキンッ。

 嫌な音が建物内に響き渡ると、それまで忙しなく動いていたグレイがピクピクと痙攣だけをするようになった。
 ザラードが手を放すと、糸の切れたマリオネットのように床に倒れたグレイ。次第に痙攣すらもなくなり、身じろぎ一つしなくなった。
 あっさりと首の骨を折られて死んでしまった一人の人間。

 そしていつもの作業を終えたように、何事もなく平然としつつ動かないグレイを見下ろしているザラードに、さすがのシンカも寒気を感じた。

(これがザラード……)

 裏切者には容赦がないと聞いていたが、今まで会ったことはなかった。できればこのまま会わずにいたかったが……。
 彼の斬極過ぎる所業に、隅にいるブラザーズたちは石像のように動かずにジッとしている。顔を見れば怯えていることは明白だ。

「おい、ここらの物を全部持って帰れ」

 ザラードに命令されて部下たちが動き出した。

(さすがにこの状況で食糧を確保することはできない、か)

 そう判断し、一刻も早くこの場から離れた方が良いとしてシンカはダンとガンのもとへ向かう。
 そして小声で「さっさと出よう」と言うと、待ってましたと言わんばかりに二人が頭を何度も縦に振る。
 そうやって静かに建物から出ようと扉に手をかけたその時、

「――おい、待てや坊主」

 聞きたくない制止の声がシンカの耳朶を打った。
 思わず舌打ちしてしまいそうになったが、努めて冷静な表情を作り、声をかけてきたザラードに振り向いて対面した。

「お前らが最近噂になってるガキどもだって聞いた」
「噂……?」

 そういえば少し前に部下たちにザラードがそう聞いていたことを思い出す。

「何でも僅か数名でモンスター狩りをしてるそうじゃねえか。しかもだ、ブラックウルフも倒したとか、なぁ」

 耳が早い。まさかそんな些末な出来事まで把握している部下がいるとは……。

「ここにはあれか? 食材を購入しに来てたってわけか?」

 シンカはコクンと首肯した。

「そいつは悪いことしたな。もう商談ができなくなっちまった」
「べ、べべべ別にいいんですよ!」
「そ、そうそう! 店は探せば他にもありますからね!」

 ダンとガンが聞き取れるギリギリの早さでそう言った。どうでもいいが慌て過ぎだろうと一瞬思ったが、相手が相手だし、先程のこともあるので子供には刺激がキツイかもしれない。

「優秀な奴は歓迎だ。それがたとえガキだろうとな。俺の領域内で力を揮う分は、だがな」

 それは言外に、自分の領域外へ出るような真似をすれば容赦しないと言っているのだろう。

「ただ忠告はしておく。バカげたことだけはしないようにしろ、いいな?」
「「は、はい!」」

 ダンとガンは即座に返答したが、ウンともスンとも言わないシンカを訝しんでかザラードが見つめてきた。

「返事はどうした?」
「……了解」

 短く答えると同時に、ザラードの部下の一人が瞬時に接近してきて胸倉を掴み上げてきた。

「おいガキィ、了解しました、だ」
「……了解しました」

 どうやら敬語を使わなかったことに腹を立てたらしい。

「おいガスト、気にするな。ガキなんだ、そう目くじら立てることもあるまい。それに殺しの現場に居合わせて緊張だってしてるだろうしな」
「……はい、ザラード様がそう仰るなら」

 と、ガストと呼ばれた男は、シンカの胸倉から手を放し突き飛ばす。後ろにいたダンが転ばないように支えてくれた。
 ちなみにそのガストは、先程グレイが見ていた人物である。

 シンカは短く「行くよ」と言って、建物の外へと出て行く。
 二人は危険地帯から離脱できたことでホッと息を吐いている。だがグレイの死に様を思い出したのか、気持ち悪そうな表情を浮かべた。

 シンカもまた、あっさりと死んでしまったグレイのことを思う。
 別に持ちつ持たれつの関係であり、大した思い入れなどないが、それでも何年も言葉を何度も交わしてきた人物だ。

 彼が殺された衝撃は確かにあった。それと同時に、改めてこの世界の理不尽なルールが浮き彫りになって嫌気が差す。
 ここでは力ある者が正義なのである。弱者は何をされようが文句を言う前に蹂躙されてしまう。そんな場所だ。

 もしかしたらいずれ、ここに渦巻く狂気がニヤたちに向くかもしれない。恐らく気に障ることをすれば、たとえ子供だろうとザラードは容赦なく命を奪うだろう。

(…………安全な場所なんて、ここにはないんだろうな)

 自分たちが平和に暮らすためには、絶対的な力がいる。分かってはいたが、再度認識させられた日であった。


しおりを挟む

処理中です...