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 これは――殺される!

 そう思った時だった。

 ――バキィッ!

 突如目の前に立つ七房の頭が横に弾かれた。
 そのお蔭で七房の攻撃が中断し、彼女の動きも一時停止する。
 その隙を突いてシンカは痛みを堪えつつ、

「――《魔那砲》っ!」

 全力で魔力の塊を放った。
 七房は神がかったような動きで半身をずらし、全身直撃だけは避けた。
 しかし彼女の左腕は《魔那砲》の餌食となり、千切れ飛んでしまう。
 さすがに予定外の攻撃を受けたと判断したのか、一旦七房は距離を取る。

(ふぅ……前回の再現だね、こりゃ)

 まさにあの時と同じ状況の七房を見て思わずシンカは苦笑を浮かべる。
 いや、それにしてもさっきは何が飛んできて……。
 足元を見ると、先端に鉄の塊がついた矢が落ちていた。

(あれ? これって……!)

 矢が飛んできた方向を確認すると、そこには弓を構えた――ニヤが立っていた。

「ニ、ニヤッ!?」
「シンカ! 大丈夫!」

 彼女がシンカのもとへ駆け寄ってくる。

「バカ、何で来たんだよ! 前回の二の舞になりたいの!」
「だって! シンカが心配で! やっぱり一人でケジメをつけるとかそんなのわたしには分かんないもんっ!」

 そうだ。シンカは一人でガストと戦うことを皆に告げた。
 もちろん最初は否定されたが、こればかりはやらせてほしいと言って渋々了承してもらったのだ。
 その真意は、もしイレギュラーが起きた場合、ニヤたちが巻き込まれないようにするためだったのだが……。

「いいから今すぐジュダたちのところに帰るんだよ!」
「わたしだって最近はシンカたちの力になりたくて必死に鍛錬してるの知ってるでしょ! さっきだってちゃんと当てられたもん!」

 その通りだった。
 ニヤもただ守られているだけでは嫌だと言い、ネネネという師を得て見る見る弓の扱いが上達していたのは知っている。ジュダたちに報告したあと、毎日弓の鍛錬を怠ったことはないはず。

 ニヤは凄まじく眼が良いようで、視力と洞察力だけなら誰よりも上でありネネネも舌を巻いていた。だからこその飛び級のような上達ぶりである。

「頼むよニヤ。オレは……オレは君を守りたくてやり直しを願ったんだから!」
「……でも……でもぉ」

 だからそんな泣きそうな顔は止めてほしい。
 ニヤの弓の腕は確かに目を見張るほどの上達はしているが、それでももう二度と七房には当たらないだろう。警戒した七房の動きはそれほどに速い。

「……信じてよ、ニヤ」
「シンカ……」
「さっきはありがと。オレは…………絶対に勝つから」

 負けるわけにはいかない。もし負けたら、七房の刃がニヤへと向くかもしれない。

「それに、だ。二度同じ相手に負けるのは癪だしね」

 するとその時、七房の身体が軋み始め、小さな破裂音が幾つも起こる。
 赤かった身体も元の色へ戻り、人間のように全身が震えていた。

「はは、どうやらそっちも大分堪えてるみたいだね」
「――損傷率78%。エネルギー残存率12%。ターゲットの戦力分析終了。現状、ミッション成功を困難と断定。プラン変更の必要あり」

 またもどこかで聞いたような言葉が七房から零れる。
 しかし岩の上に立つマッチョ男は、一切止める気も介入する気もないのか、ただ「続けろ」と冷たく言い放ちジッと観察していた。
 身体から煙を放つ七房は、残った右手に剣を持って構える。

「……離れててニヤ」
「シンカ……」
「大丈夫。今度は……守ってみせるから」

 二カッと笑みを浮かべて言うと、シンカはゆっくりと七房目掛けて歩を進めていく。
 そして七房もまた同様に一歩ずつ距離を詰めてくる。

 緊張感が最大限に高まっていく。
 これまで以上にシンカの感覚は研ぎ澄まされている。今なら目を閉じていても、空気の流れだけを察知し周囲の状況を把握できそうだ。
 互いに武器を振るえば相手に届く距離まで来て立ち止まる。

 ………………………………。

 長い沈黙と睨み合いが続く。
 痛いほどの静寂の中――ほぼ同時に両者が武器を振るう。

 ――キィィィィンッ!

 二人の間で剣同士が鎬を削り合う。
 やはり七房も明らかにパワーダウンしてしまっている。
 これが先程の《超越の極意》のリスクなのだろう。あの時の動きと力、見る影もなく劣っていた。

「っ……う、おぉぉぉぉぉぉらぁっ!」

 鍔迫り合いを制したのはシンカだった。
 後方へ吹き飛んだ七房だったが、顔を俯かせたシンカは片膝をついて動けなくなってしまう。

 するとそれを好奇と見たのか、七房が剣を突き出す構えをしたまま大地を蹴って一気に肉薄してきた。
 だが顔を上げたシンカはニッと笑みを浮かべる。
 そう、膝をついて動けなくなったのは演技。つまりは――。

「――――嘘だ」


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