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 ――目を覚ますと、見慣れぬ天井が飛び込んできた。
 シンカはしばらく瞬きすら止めて、呆けて白銀色をした天井の一点だけを見つめている。

(どこだ……ここ?)

 薄暗く、妙に静かで殺風景な空間のせいで、自分は死んでしまったのかと錯覚してしまう。
 だがそこへ――。

「――ようやく起きたか」

 野太い声が鼓膜を震わせた。
 無意識的に、声のした方へ視線が向く。
 そこにはゆっくりとした足取りで近づいてくる一人の男の姿があった。

「手当てはしておいてやった。感謝するんだな」

 そんな上から目線で物を言ってくるその人物は――ザラード領域長だった。その手に酒瓶を持っている。
 何故彼がここにいるのか。

(まさか――っ!?)

 時間が巻き戻ったのは今まで見ていた夢の中で、現実はあの残酷な事件が起こったあとなのでは……。
 そんなことを考えて顔を蒼白にしていると、

「あ、良かったシンカ! 目が覚めたんだね!」

 聞き慣れた声とともにニヤが姿を見せた。

「二……ヤ? ニヤ……だよね?」
「? そうだよ。ニヤだよ」

 その言葉に全身の筋肉が緩む。本当に心臓が悪い。

「……ジュダたちは? 無事なの?」
「うん。実はね……」

 ニヤからゼドムが消えたあとのことを教えてもらった。
 すぐにその場に部下たちを引き連れたザラードが現れたという。

 一体この場で何があったのか説明しろという彼の言葉に、話すからまずはシンカの手当を優先してくれとジュダが土下座までして頼み込んだらしい。

(あのジュダが土下座……ね)

 それは一目見たかったなと思ったのは自分だけの秘密にしておく。
 ジュダの頼みに、嘘偽りのない情報を伝えることを条件としてザラードが手当てをしてくれたのだ。
 ここはザラードが住む階層にある建物の中らしい。

「にしてもザラード領域長が、そんな条件だけで手当てまでするとは驚きだね」

 するとザラードは、壁に背を預けながら酒を呷る。

「んぐんぐ……っぷはぁ。まあ今回の件はこっちの落ち度でもあるしな。だから条件を軽くしてやった」

 本当に権力者というのは誰も彼もが上から物を言う。
 そのままザラードは続ける。

「ガストの奴は、俺の知らぬ間に上の連中と取り引きをしてやがった」
「取引……だって?」
「ああ。奴と親しかった連中に問い質したが、何でも外界の情報や薬剤を対価に《ニホン人の遺産》を手に入れたらしい。調べてみりゃ、グレイとも裏で繋がっていたらしいしな。舐められてたもんだぜ」

 不意に聞こえた『ニホン人』という言葉にはつい反応してしまった。
 それにグレイといえば、ザラードに殺されたシンカたちもよく利用していた店の主だ。薬の横流しをしていたらしいが。

 なるほど、そういえば思い起こせば殺される直前にガストの方を見て助けを求めるような顔をしていた。あれはそういうことだったのか。
 ザラードも薄々ガストの怪しい動きに気づいていたから、彼に冷たく接していたのだろう。まだザラードから離れる準備を整えていなかったガストは、何とかして評価を上げようとしてシンカたちを粛清し忠誠心を見せつけようとしたのだ。
 ただそのようなことよりもやはり気になるのは……。

「……《ニホン人の遺産》?」
「そうだ。今もこの塔だけじゃなく、世界中のどこかに存在すると言われてる〝至極の秘宝オーブ・オブ・オリジン〟。ガストと戦ったなら、それを使わなかったか?」
「…………さあ、よく分からないけど」

 嘘だ。シンカは気づいていた。
 ガストが使用した〝喚〟という文字が刻まれた六面体。あれが《ニホン人の遺産》と呼ばれる代物だった可能性が高い。

 ガストも使う前に大きな対価をはたいて手に入れたと口にしていた。他ならぬ〝野蛮な毛皮衆〟と、だ。
 つまりシンカ以外の『ニホン人』がいるのではなく、かつて存在した『ニホン人』が何かしらの方法で〝嘘玉〟のように残したアイテムを持っていたゼドムが、ガストに対価と引き換えに与えたのである。

 なるほど。七房のような規格外の存在を呼び起こすわけだと納得せざるを得ない。
 それと同時に、あんなものを幾つも所持している可能性が出てきた〝野蛮な毛皮衆〟に、改めて畏怖してしまう。

「ちっ、ガストの死体はあったが、何も分からなかった。お前が殺ったのか?」
「ううん、殺したのは〝野蛮な毛皮衆〟だよ。何でも役立たずのガストを殺しに来たみたい」

 本当は違うが、真実を知っているのはシンカだけだ。幾らでも創作はできる。

「奴らが関わってる以上、深くは攻め込めねえか。ったく、ガストの野郎め、厄介なことをしてくれたぜ」

 ここに住む者たちが上と取引を失敗したという話が流れると、そのすべては領域長の評価へと繋がってしまうのだ。
 つまりガストの失敗は、ザラードの悪評価になる。
 シンカは軽く深呼吸をすると、上半身を起こしそのまま立ち上がろうとする。
 だが立ち眩みが酷く、尻餅をついてしまった。

「だ、大丈夫シンカ? 無茶しちゃダメだよ。もう三日も寝込んでたんだから」
「み、三日も!?」

 ニヤの言葉に驚きを隠せない。
 そこで初めて気づいたが、腹部に包帯が巻かれている。手当てをしたというのは本当らしい。痛みはまだあるが、大分マシにはなっている。
 ただ倦怠感だけは存分に残っているようだが。

 その時、部屋の中にジュダとダン、そしてガンも一緒になって入ってきた。
 彼らは一様にシンカを見て顔を綻ばせる。

「お、おお! ようやく起きたかシンカ!」
「「祝! シンカの目覚め!」」

 弾丸ブラザーズは、ハモりながら互いにパンッとハイタッチをしている。

「ごめんみんな。心配をかけたね」
「まったくだぜ! ニヤなんかずっと看病しててろくに寝てねえんだぞ!」
「お、お兄ちゃん! それはいいからぁ!」

 別に照れなくてもいいのに。こっちとしては大助かりしたのだから。

「ありがとね、ニヤ」
「にゃぁ…………うん」

 嬉しそうに激しく尻尾を揺らすニヤ。本当に今度礼をしなければならない。

「さて、ジュダファミリーが集まったところで聞け」

 和みムードの中、ザラードが口を開く。

「シンカ、コイツらを切り捨てて俺の直属になれ」
「何を言ってるんだか。断るよ」
「今回のことでよく分かったろ。弱え奴と組んでても結局苦労するのは守る側の奴だ」

 その言葉にムッとするジュダたち。

「いいか、強くなりてえなら、誰かを守りてえなら、いろんな力が必要になる。お前には足りねえもんが多過ぎる」
「はは、だから部下になれって? 冗談でしょ。オレは……お前を信用してるわけじゃない」

 そうだ。彼はガストに騙されていたと口にしたが、それが真実なのかどうか、結局のところここでは判断できないのだから。
 本当はガストにシンカたちを襲うように命じた可能性だってある。

「手当てをしてくれたことは感謝するけど、それだけさ。それに……守りたい奴らを守るための苦労なら大歓迎なんでね」
「「「「シンカ!」」」」

 ニヤたちが同時に笑みを浮かべる。
 シンカとザラードは互いに目線を逸らさず睨み合う。
 そして、最初に根負けしたのはザラードの方だった。

「……はぁ。やれやれ、とんだ頑固野郎だな。まあいい。いずれはお前も分かるさ。ここで守り抜くには何が必要なのかってのをな」

 それ以上、ザラードは何も言うことはなかった。


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