欠陥色の転生魔王 ~五百年後の世界で勇者を目指す~

十本スイ

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第四話

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 ……誰だ?

 見たこともない人物を見て眉を顰めるオレだったが、

「ほう、このようなところに珍しいわい」

 ジイは懐かしむような表情を見せていた。
 そうこうしているうちに、件の人物が接近してきてオレたちの目前に止まる。

 ……ほう。そこそこ強いな、コイツ。

 馬に乗った二十代後半ほどの金髪の男性。旅人らしく全身を隠すようなローブを纏っているが、その精悍な顔つきに身体から溢れる力強いオーラを見て強者だと判断した。
 男性が馬から下りて、おもむろにジイの前に立つとスッと頭を下げる。

「お久しぶりです、ギル様」
「よせよせ。立場的にはお主はもう儂よりも遥かに上じゃろう」
「そのようなことはございません。あなたは私の命の恩人でもあるのですから。……おや、そうか君が」

 男性の目がオレを捉える。
 説明が欲しいところだが、ちょうどジイが咳払いをして注目を引いた。

「紹介するわい、クリュウよ。こやつは――」
「ギル様、紹介なら自分が」

 男性がオレと対面すると、その野太い声で喋り出す。

「初めましてだな。私はクーバート・アルフ・フェイ・メルドアという。よろしく頼む、クリュウくん」

 スッと手を差し出してくる。
 思わず、人間という存在に対し嫌悪感を覚えたが、いつまでもそんな感情に囚われていても仕方ないと、挨拶だけはしておこうと思った。……握手はせずに。

「……クリュウ・A・ユーダム」

 オレが手を出さないところを見て、クーバートとやらは当然とばかりに苦笑しながら手を引っ込めた。

「これクリュウ! 握手くらいせんか!」
「ハハ、いいですよギル様! しかし、あなたからのお手紙にも書かれておりましたが、確かに変わった子のようです」
「すまんのう、不愛想な奴で」
「お気になさらないでください。私が経営する孤児院にも似たような子がおります故」

 それは嘘ではなさそうだ。
 オレの態度を見て、普通なら不愉快さを見せるだろうに、感情の揺らぎなど一切なかった。まるで当たり前かのような様子で。余程こういう対応に慣れているのだろう。

「それにしてもこの子が《黒魔》ですか……」
「うむ。ほれクリュウ、見せてやりなさい」
「めんど――」
「めんどくさいと言うなら今夜の晩飯は無しじゃ」
「……ちっ」

 さすがは年の功だと思い、渋々全身から魔力を放出した。
 それを見たクーバートは目を見開き「ほう」と感嘆めいた声を出す。

「よもや生きているうちにもう一度見られるとは」
「……あんたは見下さないんだな」
「は? 見下す? ……ああ、確かに世間では君のような《黒魔》は『欠陥色』と呼ばれて蔑まれているが、少なくとも私はそうは思っていないのだよ」
「? ……どういうことだ?」
「それは……かつて君と同じ魔力を持った者が私の師匠だったからさ」
「! ……師匠?」
「とても強く、気高く、素晴らしい人物だったよ」

 目をジッと見つめるが、嘘を言っている様子はない。
 ジイにはこれから魔法を扱う者として生きるならば、侮蔑や嘲笑などから耐える精神力も必要だと言われたが、最初に会った人物がまさか肯定派だとは予想だにしていなかった。

「その師匠とやらは今もいるのか?」
「……残念ながら遠いところに逝ってしまったよ」

 そう言いながら切なそうに空を見上げる仕草で、師匠とやらがもうこの世にはいないことを悟った。

「……悪いことを聞いたな」
「! これは驚いた。この歳で今の話を理解して気まで遣うとは。いやはやギル様、この子の将来が楽しみですな!」
「だといいんじゃがのう」

 勝手なことを言う大人たちだ。

「そうだクリュウくん、良かったら今の君の魔法を少しだけでも見せてはくれないか?」
「魔法なんて他人においそれと見せるようなものでは――」
「今日の晩飯はめざしだけかのう」
「――ないとは限らないからな、いいぞ、少しだけなら」

 このクソジジイめ! 飯を人質にしやがって、何て酷い奴だ!

 しかしこう見えてジイの作る飯は美味い。毎日の楽しみでもある。それがめざしだけになるなんて考えられない。
 オレはジイに恨み言を心の中で言いつつ、ならばと視界に映っている一本の大木に注目するようにクーバートに言った。
 さて、実力を見せるつもりだが、どうせなら驚かせてやろう。

 ――ズズズズズズズ。

「!? な、何て魔力量だ!?」

 オレから発せられた《黒魔》に、驚愕して目を見開くクーバート。
 無詠唱でもこれから行うことは可能だが、デモンストレーションとして順序立てて見せつけてやる。
 オレはスッと右手だけを高々と天に掲げた。

「セイル・オフ・ディヒーヌス・バルエン。ドーラド・グリッツァ・ゼシル・グレイド」

 詠唱――これに呼応するように、右手上空に魔力の塊が収束していく。

「アッバーゼド・ファルス。メギラド・ロロギス・マギアダム」

 最後の詠唱が完成した直後、魔力の塊は巨大な黒鳥へと姿を変えた。見た目は黒い炎で構成されたような怪鳥である。

「なっ、なぁっ……!?」

 言葉にならないほど、あんぐりと口を開けて固まっているクーバートをよそに、オレは仕上げを行う。

「滅却せよ――《|黒羽鳥(ロロギス)》!」

 黒鳥が雷鳴のような勢いで大木へと突き進んでいく。
 大木を飲み込むように激突した黒鳥は、一瞬にして黒炎と化す。
 しかし燃え散るというよりは、その存在を消失させていくこの黒炎は、大木という存在をものの数秒ほどでこの世から消した。

「……………………」

 もはや今何が起こったのか分からないといった様子のクーバート。そんな彼の肩にポンとジイが手を置くと、彼はハッとなって正気に戻る。

「ギ、ギギギギル様ぁぁっ! い、いいい今のは一体!?」
「落ち着けクーバート」
「こ、これが落ち着いていられますか! い、今のは古代魔法でも特に秘奥とされていた《獣者召喚》ではありませんかっ!?」

 彼が言う《獣者召喚》というのは、その名の通り契約を施した獣を呼び出す魔法のこと。または魔力を獣の形を模して顕現させることも同義だ。
 この魔法は非常に扱いが難しく、魔王時代の時でも使える者はそういなかった。
 しかし失われたはずの秘奥についても知っているとは、なかなかに勉強家なのだとオレはクーバートに感心する。

「まあ儂も初めて見た時は腰を抜かしたもんじゃがな」
「そんな……彼はまだ五歳……ですよね? それなのにもうこれほどの……!」

 信じられないといった面持ちでオレを見つめてくる。

「将来が楽しみどころではない。まるで……まるで……あの方の再来ではないか」

 どうやらクーバートは、誰かとオレを重ねているらしい。
 そんじょそこらのへっぽこと比べられても困るのだが、少なくともそいつは今見せた程度のことはできたようだ。ならば相応の実力を持っているのだろう。
 しばらくオレを見つめていたクーバートだったが、今度はオレに近づいてきたと思ったら、その肩に手を置いてきた。

「クリュウくん、私は君に会えて本当に良かった。……これは運命なのかもしれない」

 できればそのセリフ、美しい女性に言われたかったが、さすがに空気を読んで言うことはなかった。
 それからクーバートは、今日一日滞在することになって一緒に過ごすことになった。
 クーバートは、久しく来たジイの手紙を読んで、実際にオレを見たいということもあり、挨拶がてらやって来たのだという。

 今はそうでもないが、クーバートはもっと若い頃は世界中を旅していたらしく、その話を聞かせてもらった。
 この五百年で何が変わったのか、彼のお蔭で少し理解することができたのである。
 また娘はいるものの、息子がいないクーバートは、息子みたいだと上機嫌でオレに接してきた。

 何故か彼のことを〝クー〟と呼ぶことになったが、今後そう呼ばなければ返事をしないという大人にあるまじき面倒臭さを発揮したので、仕方なく呼ぶことに決めた。
 そうして翌日、彼はたまに顔を見せるという約束をして爽やかに去って行ったのである。



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