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第六話
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「――ほう、ここが【王都・グリフォール】か」
数日間世話になった馬車から降り、オレは目の前に広がる広大な街並みを見て感嘆の溜息を零す。
「うむ、そうじゃ。そして今日からお主が過ごす街でもある」
背後からのっそりと近づいてきたのはジイだ。
あれから十年が経ち、さらに年輪を増したその表情だが、それでもまだ身体には活気があり、一般人と比べても逞しい身体つきをしている。
それにしても随分と賑わっている街だな。
オレは周囲を見回しながら、転生後に初めて足を踏み入れた巨大な街に些か感動していた。五百年前は、このような人で溢れかえるような街はなかった。
無論国というものは存在してはいたが、あの時代は争いばかりが続き、人口も軒並み減りつつ活気というものがなかったと思う。
事実オレは魔王として人間どもの街や村を襲撃していたので、その在り様は理解している。これほど平和を堪能しているような笑顔が満たされている街など、あの時代にはなかったので驚いているのだ。
見れば商店なども一つだけではなく、種類も豊富で規模も大きい。またジイに聞いたところ、ここには居住区や商業区などのエリアに分かれており、世界でも指折りに広い都なのだという。
国を統べる王が住まう巨大な城の存在感も強烈で、オレが五百年前に住んでいた居城と比べても、明らかにこちらの方が大きく壮観である。
店では子供たちがお小遣いで、見たことのないものを買って、美味そうに「あまーい」と言って食べていた。
子供らがこのように無邪気に笑いながら買い物をするとは……。
「これも時代の流れということか」
「む? 何じゃ? 何ぞ言うたか?」
「いいや。ところでジイ、これからどこへ行くつもりだ? 宿か?」
「違う。今から向かうのは、お主が今後世話になる場所じゃよ」
「世話になる場所? 【ブレイブクス学院】には宿から通うんじゃなかったのか?」
そう、オレがこの街に来た理由はこれだ。
十年前、かつて自分を討った勇者の強さを手に入れるために、オレは敢えて勇者を目指すことにした。
ジイ曰く、世の中には勇者を育成する機関があり、勇者を目指すなら誰もが通る登竜門だと知る。
しかし残念ながら通えるのは十五歳からということで、仕方なく今まで我慢して時が経つのを待っていたのだ。
ようやく十五歳になったオレは、ジイの伝手でこの街に存在する勇者育成機関――【ブレイブクス学院】へ通うために足を運んだというわけである。
「宿代もバカにならんではないか。安心するとええ。ちとこの街には知り合いがおってのう。お主をホームステイしてもらえることになった」
「ふむ……他人を暮らすのか。面倒だな」
「そう言うでない。お主はこれまであまり他人と接してはこなかったからのう。ここらで社会勉強と思って世話になるとええ」
何度か山から出て人里に降りようとジイに言われたことがあるが、そんな暇があったら自分を鍛えたいと修行に明け暮れた。
たまにジイの知り合いが来訪することもあったが……。
「む? まさかジイ、知り合いというのはオレが会ったことのある者なのか?」
「それは行ってのお楽しみじゃ」
フフンと鼻を鳴らしたジイの先導のもと、オレは悠然と街中を歩いて行く。
そこかしこから腹を刺激するような香りが漂ってくる。
肉やパンの焼ける匂い。甘いフルーツの香りもある。
立ち並ぶ露店からは、店主たちが一様に客引きのために声を上げていた。
子供たちは走り回り、主婦は店主と値段交渉などを行っている。
遠目には男たちが汗を流しながら建物を造っているところも見えた。
一見騒がしい街だと思ったが、今の世ではこれが普通の光景なのかもしれない。
だが……魔力を持つ者はほとんどいないな。
オレは道行く者たちを観察しながら、内包する魔力の有無を確かめていた。
勇者を育成する街でもあることから、てっきりそういう連中が集っていると思ったが、そのほとんどは魔力など持たない一般人である。
ジイからも聞いたが、今の時代は魔力を持つ者は限られているという。
言うなれば選ばれた人材とされている。だからこそそういう者たちは、勇者候補と呼ばれ、また現行勇者として活躍しているらしい。
しかし衛兵らしき者たちにも魔力がないとは。これでは些か防衛力に欠けるのでは?
恐らく見回りだろうが、槍を持って徘徊している者たちに魔力を確認できなかった。
昔は衛兵といえど、軍に所属する者たちには少なからず魔力はあったのだ。
時代の流れとともに魔力持ちが減っていったのか……?
少なくとも五百年前と比べると、少し見劣りしてしまう。
今もなお魔族と対立しているくせに、これでは心許ないような気がする。
「……まあ、オレが案じることでもないか」
究極的に人間がどうなろうと知ったことではない。
オレの目的は強くなることであって、誰かを守るためではないのだ。勇者を目指しているといっても、その強さを得ることで、勇者本来の在り方まで真似するつもりはない。
まあ、せっかく強さを知るきっかけになるこの街が襲われるのはゴメンだが。自分の都合の悪い事案以外は何が起きてもどうってことはない。
「――ここじゃ」
不意にジイが足を止めた。
目前には大きな門構えがあり、その奥には大きな屋敷が見える。
ここは居住区であり、貴族特区と呼ばれるエリアになっているらしい。
貴族……?
そう聞いてもピンとはこない。
すると屋敷の扉が開き、中からメイド服を着用した女がこちらへと近づいてきた。
女が門を開き、オレたちに対して一礼をする。
「時間通りでございますね、ギルバッド様。ようこそ起こしになられました」
「うむ。出迎えご苦労。お主は相も変わらず美しいのう、ケーテルよ」
「ふふ、ありがとうございます。ささ、ご主人様がお待ちなので、どうぞお入りくださいませ」
ケーテルと呼ばれたメイドは確かに見目麗しい外見をしている。
年の頃は二十代の前半といったところだろうか。
手入れの行き届いた蒼髪を有し、スタイルも女性が羨むほどに整っている。
仕草にも気品が溢れていて嫌味が一切ない。
だがそれよりも特徴的なのは、彼女と耳であろう。
普通の人間とは異なり、頭の上にピョコンと生えている。
……珍しいな。獣人か。
この世界には大きく分けて四つの種族が棲息している。
数が多い順に、人間族、魔人族、獣人族、精霊族だ。
精霊族は、最も数が少ない上、自分たちが造った異界に常に閉じこもっているので、その存在を認める機会はほとんどない。
そして次に珍しいのが獣人族だ。
彼らは自然を愛し自然に育まれてきた種族であり、長命種のために子を成す確率が低い。
故に子孫を守るために、他種族とは関わらず閉鎖的で、自然の多い場所で集落を作って過ごしているのだ。
また獣人は過去に、珍しいからといって人間に奴隷や家畜として買われてきたこともあり、特に人間族とは距離を置いていたはず。
こうして人間の街に堂々といる獣人など、少なくともオレは見たことがない。
まあもっとも、アイツの仲間にはいたがな。
アイツとはもちろん、かつての女勇者である。彼女は種族に関わらず手を伸ばし、その大きな懐で包み込んで多くの仲間を持っていた。その中に獣人がいたことを思い出す。
オレたちはケーテルを前にして、屋敷へと向かっていく。
そうして屋敷へ迎え入れられ、そのまま真っ直ぐに二階へと上がり、ある部屋の扉の前へと連れて来られた。
――扉が開く。
そして中に通されオレたちを出迎えてくれた人物がいた。
「これは、お待ちしておりましたよギル様、それにクリュウくん」
そういうことかと、オレはジイを一瞥したあとに声をかけてくれた人物――クーバート・アルフ・フェイ・メルドアを見つめる。
初めて会ったあの時から比べると、十年の歳月で彼も年相応に顔に年輪を刻んでいた。
しかし老けたというよりは、より渋さを増した精悍さを持ったといえよう。
そんな彼が、座っていた椅子から立ち上がり、嬉々とした表情で近づいてきた。
「すみませんでしたギル様。本来なら私自身が出迎えるべきでしたのに」
「気にするでないわい。机の上に置かれた大量の書類を見れば多忙なのは明らかじゃ。こうやって顔を合わせてくれるだけで感謝しておる」
確かにクーが座っていた椅子の前に置かれた仕事机らしいものの上には、ファイルやら書類などが所狭しと置かれている。
「もったいないお言葉痛み入ります。クリュウくんも久しぶりだね」
「クーもな。前にあったのは五年ほど前……か?」
「もうそんなになるか。すまないね。ちょうどその頃から家業が忙しくなってね」
聞けばメルドア一族は元々商家であり、彼もまた代々続く商人としての顔を持っていると聞いたことがある。
あまり仕事について詳しく聞いたことはないが、ジイ曰く大商人と呼んでも相応しいほどの人物だという。
「それにしてもクリュウくん、大きくなったな。それに美男だ」
「世辞はいい。クーだって女にモテるくせに」
これもまたジイに聞いたことが。
まあクーは気品もあるし大らかで知識人だ。それにルックスだって女性が放っておかないほどに整っている。若い時は白馬に乗っていた彼を、女性たちは王子様と称して黄色い声を上げていたらしい。
故に歳を取ったとしても、彼のそういう人格と外見はモテる要素として健在なのである。
「ジイ、知り合いとはクーのことだったんだな」
「うむ。こやつなら安心してお主を託せるからのう。それにクーバート自身も快く引き受けてくれた」
「そうなのか? クー、物好きだな」
「あっはっは! そうかもね!」
「これクリュウや、いくら知己だとはいえ、今後はクーバートに対する態度も改めよ」
「? 何故だ?」
「お主は知らなかったかもしれぬが、クーバートは――」
だがそこでクー自身が手を上げて「ギル様」と口にし、ジイの話を中断させた。
「改めて自己紹介させてもらうよ、クリュウくん」
するとクーがそれまでと違い真面目な顔をして姿勢を正す。
「私はクーバート・アルフ・フェイ・メルドア。王から携わりし階級は――伯爵」
「!? 伯爵……だと?」
オレは本当かとジイを見ると、彼は低い声を出して頷いて、
「五年前はまだ子爵じゃったが、実業が王に見初められた結果、今ではメルドア伯爵殿となられておる。れっきとした貴族の位を持つ方じゃ」
これは驚いた。会った当初からは上品な振る舞いには気づいていたので、良いところの出なのだろうとは思っていたが、伯爵クラスの貴族だったとは……。
「もう、よしてくださいギル様。あなたにまでへりくだられると恐縮してしまいます。それに私が伯爵の地位を頂けたのは、すべてこれまで先祖が積み重ねてきた労があってこそ。私はただ親が敷いたレールの上に乗っただけのつまらない男なのですから」
「ほっほっほ。よく言うわい! 若かりし頃は、その親に反発して世界中を冒険するはねっ返りじゃったくせにのう」
「ギ、ギル様!」
ジイのからかいにクーは真っ赤な顔で照れ臭そうに目が泳いでいる。
なるほど、クーが荒くれ者だったとは思わなかった。是非その辺の事情とやらも聞いてみたいものである。
「おほん! えっと、まあそういう地位にいる普通のおっさん、なのだよ」
「普通ではないと思うが……」
オレはクーの謙遜に対しついツッコミを入れてしまった。
「と、とにかく伯爵だからといって態度を改める必要はないよ。これから君はともに過ごす家族になるのだから」
家族……か。正直ピンとはこない。
当然だ。オレにとって家族と呼ぶべき存在はすでに失われたのだから。
ならジイはどういう存在なのか。そう考えると言葉に詰まってしまう。
育ての親というカテゴリーだけに当てはめることはできるが、どこか違和感を覚える。
それがどういう感情のもとに覚えたものかは分からないが、家族と素直に括るほどオレはまだジイを認めていないのかもしれない。
だがこの十五年で、人の厚意というものについては学んだつもりだ。
下手に拒絶をすれば波風を立ててしまうし、こちらに利がないだけでなく害を生むことだってある。
無論状況に応じての判断は必要だが、クーの厚意に対してはこちらも受け入れるつもりではあった。
「ああ、よろしく頼む、クー」
家族と認識するかは別に置いておいて、彼に世話になる程度には信頼しているから。
「ではクーバートよ。クリュウのこと、お頼み申す」
深々とジイが頭を下げ、クーも一瞬ギョッとしたものの、すぐにジイの真摯な気持ちを受け止めたようで真剣な面持ちを返す。
「はい! あなたの大切なお孫さんをお預かり致します!」
こうしてオレは、十五年ともに過ごしてきた者と土地に別れを告げ、新たな地と家にその身を任せることになったのであった。
数日間世話になった馬車から降り、オレは目の前に広がる広大な街並みを見て感嘆の溜息を零す。
「うむ、そうじゃ。そして今日からお主が過ごす街でもある」
背後からのっそりと近づいてきたのはジイだ。
あれから十年が経ち、さらに年輪を増したその表情だが、それでもまだ身体には活気があり、一般人と比べても逞しい身体つきをしている。
それにしても随分と賑わっている街だな。
オレは周囲を見回しながら、転生後に初めて足を踏み入れた巨大な街に些か感動していた。五百年前は、このような人で溢れかえるような街はなかった。
無論国というものは存在してはいたが、あの時代は争いばかりが続き、人口も軒並み減りつつ活気というものがなかったと思う。
事実オレは魔王として人間どもの街や村を襲撃していたので、その在り様は理解している。これほど平和を堪能しているような笑顔が満たされている街など、あの時代にはなかったので驚いているのだ。
見れば商店なども一つだけではなく、種類も豊富で規模も大きい。またジイに聞いたところ、ここには居住区や商業区などのエリアに分かれており、世界でも指折りに広い都なのだという。
国を統べる王が住まう巨大な城の存在感も強烈で、オレが五百年前に住んでいた居城と比べても、明らかにこちらの方が大きく壮観である。
店では子供たちがお小遣いで、見たことのないものを買って、美味そうに「あまーい」と言って食べていた。
子供らがこのように無邪気に笑いながら買い物をするとは……。
「これも時代の流れということか」
「む? 何じゃ? 何ぞ言うたか?」
「いいや。ところでジイ、これからどこへ行くつもりだ? 宿か?」
「違う。今から向かうのは、お主が今後世話になる場所じゃよ」
「世話になる場所? 【ブレイブクス学院】には宿から通うんじゃなかったのか?」
そう、オレがこの街に来た理由はこれだ。
十年前、かつて自分を討った勇者の強さを手に入れるために、オレは敢えて勇者を目指すことにした。
ジイ曰く、世の中には勇者を育成する機関があり、勇者を目指すなら誰もが通る登竜門だと知る。
しかし残念ながら通えるのは十五歳からということで、仕方なく今まで我慢して時が経つのを待っていたのだ。
ようやく十五歳になったオレは、ジイの伝手でこの街に存在する勇者育成機関――【ブレイブクス学院】へ通うために足を運んだというわけである。
「宿代もバカにならんではないか。安心するとええ。ちとこの街には知り合いがおってのう。お主をホームステイしてもらえることになった」
「ふむ……他人を暮らすのか。面倒だな」
「そう言うでない。お主はこれまであまり他人と接してはこなかったからのう。ここらで社会勉強と思って世話になるとええ」
何度か山から出て人里に降りようとジイに言われたことがあるが、そんな暇があったら自分を鍛えたいと修行に明け暮れた。
たまにジイの知り合いが来訪することもあったが……。
「む? まさかジイ、知り合いというのはオレが会ったことのある者なのか?」
「それは行ってのお楽しみじゃ」
フフンと鼻を鳴らしたジイの先導のもと、オレは悠然と街中を歩いて行く。
そこかしこから腹を刺激するような香りが漂ってくる。
肉やパンの焼ける匂い。甘いフルーツの香りもある。
立ち並ぶ露店からは、店主たちが一様に客引きのために声を上げていた。
子供たちは走り回り、主婦は店主と値段交渉などを行っている。
遠目には男たちが汗を流しながら建物を造っているところも見えた。
一見騒がしい街だと思ったが、今の世ではこれが普通の光景なのかもしれない。
だが……魔力を持つ者はほとんどいないな。
オレは道行く者たちを観察しながら、内包する魔力の有無を確かめていた。
勇者を育成する街でもあることから、てっきりそういう連中が集っていると思ったが、そのほとんどは魔力など持たない一般人である。
ジイからも聞いたが、今の時代は魔力を持つ者は限られているという。
言うなれば選ばれた人材とされている。だからこそそういう者たちは、勇者候補と呼ばれ、また現行勇者として活躍しているらしい。
しかし衛兵らしき者たちにも魔力がないとは。これでは些か防衛力に欠けるのでは?
恐らく見回りだろうが、槍を持って徘徊している者たちに魔力を確認できなかった。
昔は衛兵といえど、軍に所属する者たちには少なからず魔力はあったのだ。
時代の流れとともに魔力持ちが減っていったのか……?
少なくとも五百年前と比べると、少し見劣りしてしまう。
今もなお魔族と対立しているくせに、これでは心許ないような気がする。
「……まあ、オレが案じることでもないか」
究極的に人間がどうなろうと知ったことではない。
オレの目的は強くなることであって、誰かを守るためではないのだ。勇者を目指しているといっても、その強さを得ることで、勇者本来の在り方まで真似するつもりはない。
まあ、せっかく強さを知るきっかけになるこの街が襲われるのはゴメンだが。自分の都合の悪い事案以外は何が起きてもどうってことはない。
「――ここじゃ」
不意にジイが足を止めた。
目前には大きな門構えがあり、その奥には大きな屋敷が見える。
ここは居住区であり、貴族特区と呼ばれるエリアになっているらしい。
貴族……?
そう聞いてもピンとはこない。
すると屋敷の扉が開き、中からメイド服を着用した女がこちらへと近づいてきた。
女が門を開き、オレたちに対して一礼をする。
「時間通りでございますね、ギルバッド様。ようこそ起こしになられました」
「うむ。出迎えご苦労。お主は相も変わらず美しいのう、ケーテルよ」
「ふふ、ありがとうございます。ささ、ご主人様がお待ちなので、どうぞお入りくださいませ」
ケーテルと呼ばれたメイドは確かに見目麗しい外見をしている。
年の頃は二十代の前半といったところだろうか。
手入れの行き届いた蒼髪を有し、スタイルも女性が羨むほどに整っている。
仕草にも気品が溢れていて嫌味が一切ない。
だがそれよりも特徴的なのは、彼女と耳であろう。
普通の人間とは異なり、頭の上にピョコンと生えている。
……珍しいな。獣人か。
この世界には大きく分けて四つの種族が棲息している。
数が多い順に、人間族、魔人族、獣人族、精霊族だ。
精霊族は、最も数が少ない上、自分たちが造った異界に常に閉じこもっているので、その存在を認める機会はほとんどない。
そして次に珍しいのが獣人族だ。
彼らは自然を愛し自然に育まれてきた種族であり、長命種のために子を成す確率が低い。
故に子孫を守るために、他種族とは関わらず閉鎖的で、自然の多い場所で集落を作って過ごしているのだ。
また獣人は過去に、珍しいからといって人間に奴隷や家畜として買われてきたこともあり、特に人間族とは距離を置いていたはず。
こうして人間の街に堂々といる獣人など、少なくともオレは見たことがない。
まあもっとも、アイツの仲間にはいたがな。
アイツとはもちろん、かつての女勇者である。彼女は種族に関わらず手を伸ばし、その大きな懐で包み込んで多くの仲間を持っていた。その中に獣人がいたことを思い出す。
オレたちはケーテルを前にして、屋敷へと向かっていく。
そうして屋敷へ迎え入れられ、そのまま真っ直ぐに二階へと上がり、ある部屋の扉の前へと連れて来られた。
――扉が開く。
そして中に通されオレたちを出迎えてくれた人物がいた。
「これは、お待ちしておりましたよギル様、それにクリュウくん」
そういうことかと、オレはジイを一瞥したあとに声をかけてくれた人物――クーバート・アルフ・フェイ・メルドアを見つめる。
初めて会ったあの時から比べると、十年の歳月で彼も年相応に顔に年輪を刻んでいた。
しかし老けたというよりは、より渋さを増した精悍さを持ったといえよう。
そんな彼が、座っていた椅子から立ち上がり、嬉々とした表情で近づいてきた。
「すみませんでしたギル様。本来なら私自身が出迎えるべきでしたのに」
「気にするでないわい。机の上に置かれた大量の書類を見れば多忙なのは明らかじゃ。こうやって顔を合わせてくれるだけで感謝しておる」
確かにクーが座っていた椅子の前に置かれた仕事机らしいものの上には、ファイルやら書類などが所狭しと置かれている。
「もったいないお言葉痛み入ります。クリュウくんも久しぶりだね」
「クーもな。前にあったのは五年ほど前……か?」
「もうそんなになるか。すまないね。ちょうどその頃から家業が忙しくなってね」
聞けばメルドア一族は元々商家であり、彼もまた代々続く商人としての顔を持っていると聞いたことがある。
あまり仕事について詳しく聞いたことはないが、ジイ曰く大商人と呼んでも相応しいほどの人物だという。
「それにしてもクリュウくん、大きくなったな。それに美男だ」
「世辞はいい。クーだって女にモテるくせに」
これもまたジイに聞いたことが。
まあクーは気品もあるし大らかで知識人だ。それにルックスだって女性が放っておかないほどに整っている。若い時は白馬に乗っていた彼を、女性たちは王子様と称して黄色い声を上げていたらしい。
故に歳を取ったとしても、彼のそういう人格と外見はモテる要素として健在なのである。
「ジイ、知り合いとはクーのことだったんだな」
「うむ。こやつなら安心してお主を託せるからのう。それにクーバート自身も快く引き受けてくれた」
「そうなのか? クー、物好きだな」
「あっはっは! そうかもね!」
「これクリュウや、いくら知己だとはいえ、今後はクーバートに対する態度も改めよ」
「? 何故だ?」
「お主は知らなかったかもしれぬが、クーバートは――」
だがそこでクー自身が手を上げて「ギル様」と口にし、ジイの話を中断させた。
「改めて自己紹介させてもらうよ、クリュウくん」
するとクーがそれまでと違い真面目な顔をして姿勢を正す。
「私はクーバート・アルフ・フェイ・メルドア。王から携わりし階級は――伯爵」
「!? 伯爵……だと?」
オレは本当かとジイを見ると、彼は低い声を出して頷いて、
「五年前はまだ子爵じゃったが、実業が王に見初められた結果、今ではメルドア伯爵殿となられておる。れっきとした貴族の位を持つ方じゃ」
これは驚いた。会った当初からは上品な振る舞いには気づいていたので、良いところの出なのだろうとは思っていたが、伯爵クラスの貴族だったとは……。
「もう、よしてくださいギル様。あなたにまでへりくだられると恐縮してしまいます。それに私が伯爵の地位を頂けたのは、すべてこれまで先祖が積み重ねてきた労があってこそ。私はただ親が敷いたレールの上に乗っただけのつまらない男なのですから」
「ほっほっほ。よく言うわい! 若かりし頃は、その親に反発して世界中を冒険するはねっ返りじゃったくせにのう」
「ギ、ギル様!」
ジイのからかいにクーは真っ赤な顔で照れ臭そうに目が泳いでいる。
なるほど、クーが荒くれ者だったとは思わなかった。是非その辺の事情とやらも聞いてみたいものである。
「おほん! えっと、まあそういう地位にいる普通のおっさん、なのだよ」
「普通ではないと思うが……」
オレはクーの謙遜に対しついツッコミを入れてしまった。
「と、とにかく伯爵だからといって態度を改める必要はないよ。これから君はともに過ごす家族になるのだから」
家族……か。正直ピンとはこない。
当然だ。オレにとって家族と呼ぶべき存在はすでに失われたのだから。
ならジイはどういう存在なのか。そう考えると言葉に詰まってしまう。
育ての親というカテゴリーだけに当てはめることはできるが、どこか違和感を覚える。
それがどういう感情のもとに覚えたものかは分からないが、家族と素直に括るほどオレはまだジイを認めていないのかもしれない。
だがこの十五年で、人の厚意というものについては学んだつもりだ。
下手に拒絶をすれば波風を立ててしまうし、こちらに利がないだけでなく害を生むことだってある。
無論状況に応じての判断は必要だが、クーの厚意に対してはこちらも受け入れるつもりではあった。
「ああ、よろしく頼む、クー」
家族と認識するかは別に置いておいて、彼に世話になる程度には信頼しているから。
「ではクーバートよ。クリュウのこと、お頼み申す」
深々とジイが頭を下げ、クーも一瞬ギョッとしたものの、すぐにジイの真摯な気持ちを受け止めたようで真剣な面持ちを返す。
「はい! あなたの大切なお孫さんをお預かり致します!」
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