欠陥色の転生魔王 ~五百年後の世界で勇者を目指す~

十本スイ

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第九話

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 その日の夜、ちょうど一区切りがついたということで、クーと一緒に夕食を取ることになった。
 ジイが作る料理も美味いが、メイドたちのも悪くない。それに食材が豊富なようで、見たこともない料理を堪能できたのは良かった。

 しかし気になることが一つ。夕食時になってもヒナテが顔を見せないことである。
 同時にクーの妻らしき人物とも会っていない。

「そういえばクー、結婚してたんだな」
「ああ、伝えていなかったな。君と会った時はすでに愛する妻がいたよ」
「今はどこにいるんだ?」

 もしかして亡くなっているのかと不意に思ったが……。

「彼女は遠征でね。もうしばらく帰って来ないかな」
「遠征? ……どういうことだ?」

 旅行をしているというなら不思議ではないが、遠征という言葉を用いたことに引っかかった。

「おっと、これも伝え忘れていたな。実は私の妻は教師をしていてね。今は学生たちの付き添いで、遠征に出掛けているんだ」
「教師? まさか……」
「そのまさかさ。これから君が通う【ブレイヴクス学院】で教鞭を執っているのだよ」

 なるほど。じゃあオレはタイミング悪くやってきてしまったというわけだ。

「しかし商人の妻が教師とはな。かなり異色に感じるが」
「あはは、彼女は人に教えることが好きでね。実は結婚したあとは仕事をしなくてもいいと言ったんだが、彼女はできれば働きたいと言ったんだ」

 彼曰く、元々彼女の妻はある町の私塾で教師をしていた平民らしい。たまたま仕事でその町に出掛けた際に、クーは彼女と出会い一目惚れをしたという。

 クーの猛烈なアプローチに負けた彼女は、身分差などを乗り越えて一緒になったのである。
 オレは「なるほどな」と口にし、スープを一口すすった。

 そして何気なく、ヒナテが座るであろう席を見る。そんなオレの視線に気づいたのか、クーがワインを飲みながら言ってきた。

「娘はどうだった?」
「……ん?」
「ケーテルに聞いたけど、不躾だったらしいね。すまなかった」
「別に気にしていない。立場を考えていないのはこちらも同じだしな」

 何せオレは山奥に住むただの平民。普通ならこうして一緒に食事することすら考えられないことだろう。

「……あの子は少し大変な状況にあってね」
「大変?」

 ワイングラスを置いたクーは、ふ~っと生温かい息を吐くと、スッと右手を上げた。
 彼の手から赤に色づいた魔力が放出される。
 現在、この世界では《魔色》によって序列が決められていた。
 彼が持ついわゆる《赤魔》は、上から二番目で『上等色』と位置づけられている。

「へぇ、赤……か。優秀じゃないかクー」
「はは。ありがとう。妻も同じく《赤魔》でね。まあだからこそ結婚を認められたということもあるが」

 その内容から、たとえ愛し合っていたとしても、《魔色》に格差があれば結婚するにも弊害がありそうだ。恐らく外聞や体裁を重視する特権階級の者たちだからこその問題ではあるのだろうが。

「……しかし……………」
「? ……クー?」

 何も言わず苦々しい表情のまま固まっている彼だったが、意を決したかのように語る。

「実はね、あの子……ヒナテは――――――《白魔》なのだよ」
「……何?」

 当然意味が分からなかったわけではない。
 《白魔》ということは、白い魔力の持ち主。

 つまり現代世界では、オレの《黒魔》の次に悪いとされている《魔色》である。
 しかしそこで気になることがあった。
 魔力の有無、その量や質などは遺伝によるものが大きい。

 《赤魔》の両親から子へと受け継がれるのは、そのほとんどは同じ《赤魔》である。
 稀に一つくらいランクが下がって生まれてくる子もいるらしいが、三つも下になるなどは有り得ないとされているという。
 魔王時代にはそういう理論はなかったが、ジイ曰く現代世界ではそのような認識となっているようだ。

 だが遺伝によって《魔色》が引き継がれるという現象は、昔も今も変わっていない。
 故に魔力量が多い者は、その子に受け継がれるとして、異性から求められることも多い。事実、トーカも多くの男性に声を掛けられていたようだ。

「……ヒナテはクーの実の娘じゃないのか?」
「いいや、間違いなく血の繋がった一人娘だよ」
「それは……確かに不可思議だな」
「何故あの子に私たちの《魔色》が受け継がれなかったのかは分からないが、そのせいであの子は……」

 遠い目をしながら悲しそうな表情を浮かべるクーを見て、彼が言ったヒナテが大変な状況にあるという真意を悟った。

「なるほど。優秀な《魔色》を持つ両親から生まれたのが『劣等色』と呼ばれる《白魔》。それはいろいろ周りから言われてきただろうな」

 クーが力なく頷く。
 遺伝法則に弾かれたような存在がヒナテである。
 つまり彼女はまず間違いなく〝異端扱い〟をされてきたはずだ。

 かつてのオレのように――。

「あの子は取っつき難いかもしれないが、とても優しくて良い子なんだ。私たちに恨み言一つ言わないで、現状を少しでも打破しようと頑張り屋さんだよ」
「……親バカだな」
「はは、かもしれないね。けれど……」
「努力はあまり報われていない、か?」
「! さすがはクリュウ、勘が良いな」

 実際にオレもそうだったから理解できるだけだ。
 しかしなるほど。アイツが《白魔》だったとはな……。 
 これはまるで運命の悪戯のように思えて、つい苦笑を浮かべてしまう。

「クリュウ、できればでいい。支えてやってくれたら嬉しい」
「そんなこと他人に頼むな」
「……そうだな。けれど頼れるのは君だけだ。それにこれから同じ学院に通うのでね」
「ほう。同年代だったわけだ。……なるほど、お前がオレを受け入れてくれた理由も納得した」

 ジイの頼みというのも当然あるだろうが、それ以上にヒナテの面倒をオレに見させるつもりだったのだろう。

「言っておくがなクー。オレがお前の娘以上の異端だというのは分かっているよな?」
「……ああ」
「そんな特級の異端分子に娘を任せてもいいのか?」
「私は君を信じているからね」
「他人をそう簡単に信じるものじゃないがな」

 この世の中、身内すら裏切ることもあるのに、自分以外の誰かを信頼するなど愚行でしかない。
 少なくともオレが生きてきた時代は、信じた者がバカを見るような世界だった。
 父に裏切られ、友に裏切られ、恋焦がれた人物に命を狙われたこともある。

 唯一オレが心の底から信じたのはたった一人――姉だけだった。
 それも友と呼べる者の裏切りによって殺されてしまったが。
 そんな時代を生き抜いたせいか、オレは全面的に他人を信頼することができなくなった。

 そして転生しても同じだ。
 ジイには感謝しているが、決して心を許しているわけではない。どうせいつか裏切られて痛い目に遭うという未来を考慮し、何が起きても良い距離感を保ち続けてきたのである。

「君はギル様の孫で、私の師とどこか雰囲気が似ている。それだけで信じるに足る存在だ」

 これ以上何を言ったところでオレの考えに賛同するとは思えないので、「そうか」とだけ短く答えておく。

「まあ世話になるんだ。その対価分くらいは働いてもいい」
「おおそうか! 君が力になってくれるならありがたい! きっとヒナテも喜んでくれるだろう!」

 手放しで喜ぶクーを見て、心の中で盛大な溜め息を零す。
 そう簡単にアイツがオレを認めるといいけどな。
 こうして山奥から新たな大地へ根を下ろしたオレは、先行きのことを思うと若干の不安と憂鬱さを覚えるのだった。

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