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第二十一話
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マジでこの子供が国王だった。
反射的に「嘘だろ」と口に出そうになったが、さすがにそこは我慢する。
「此度は我が国や民たちを救ってくれて感謝しておる。大儀であった」
ずいぶんと固い喋り方をする子供だ。しかし世廻には、子供が無理矢理大人の皮を被るために必死になっているようにしか見えなかった。
「粗方は現場にいた者に聞いたが、改めて当事者であるそなたに話を聞きたかったのだ。よいか?」
良いも悪いもここに来させられた以上は、ほぼ強制的な気もするが。
だが言っておきたいことがある。
「……一つ」
「む? 何だ?」
「オレは礼儀というものを知らん」
その言葉に兵士たち(特に女性)が一気にざわついたが、ユーリアムが手を挙げてそれを制した。
そしてそのまま続けるようにと世廻を見て頷く。
「物心ついた時から傭兵業に従事していたんでな。悪いがこういう話し方でもいいなら話す」
権力者たちとの交渉などは、ほとんどエミリオや他の者に任せていた。
世廻の直属の上司も、「教育に失敗した」と嘆いていたが、結局諦めてしまったのである。
別に傭兵だからいいか、と軽い感じで。
「うむ、許可する」
「……陛下」
窘めるように発言したのは、ユーリアムの隣に立っていた老婆だった。
「よいではないかノーラ、余は着飾らない彼と話してみたい」
「…………仕方ありませんな」
ノーラという名前らしき老婆は、やれやれといった様子で肩を竦めた。そのやり取りがとても自然だったため、こういったことは初めてではないらしい。
こちらも話が分かる相手で助かる。
敬語も一応教えてはもらったが、言葉には詰まるし意味を間違うしで結果的に普通に話した方がスムーズに会話ができるのだ。
「ではウラシマよ、どういう経緯で昨夜の事件に関わったのか聞かせてもらいたい」
世廻は嘘偽りなく昨日の自分の行動を伝えることにした。
ユーリアムたちは、それを黙って聞いている。
「――なるほど。そなたが演習場へ赴いたのは、そうするように指示を受けたからだな。確かその指示を出したのは……」
「この者にございます」
言葉を挟んできたのは片膝を床につけたリューカだった。彼女の隣には同じような仕草をする女性がいる。
「無理からぬことですが、この者は、ウラシマをエリーゼだと認識し、私の支援のために演習場へウラシマを向かわせたとのことです」
「ふむ。間違いないか?」
ユーリアムの問いに、リューカの隣にいる女性がやや緊張した声音で「はいっ」と答えた。
「よし。それでウラシマは、言われた通りリューカの支援に向かったものの、彼女の旗色が悪いことを知り、どうにか敵の隙をつけないか外壁によじ登って身を隠しながら様子を見守っていたというのだな?」
世廻は首肯する。
本当はすぐにでも加勢に行けたのだが、敵が人質を取っていたのを見て、真正面から近づけば人質の命が危ないと思い、相手の意表をつくために行動したのだ。
幸い演習場は外壁に沿って作られているためにできた奇襲ではあったが。
「そのあとはリューカでも苦戦した相手をダメージの残る機体で圧倒したというわけか」
嘘だ幻だと、普通なら言えるかもしれないが、この場にいる者たちの多くは、実際にその眼で見てしまっているものだから何も言えない。
「それにしてもいまだに信じがたいことですな」
誰もが突如発言したノーラに注目する。
年相応にしわを備えた顔を苦々しそうに歪めていた。
「そやつは間違いなく男ですじゃ。よもや女にしか動かせん《精霊人機》を起動させるばかりか、専用機ばりに動かせるとは……。これが他国に知れ渡ると大変なことになりますぞ。一応兵たちには緘口令を敷いておりますが」
「確かにこの世に《精霊人機》が生まれて以来、男が操縦した事実はない。しかしウラシマが操縦したのもまた事実。ノーラの言うように、これは新たな歴史の幕開けになる」
「男のパイロット誕生……やれやれ、これからまた忙しくなりそうですな。幸いなのはこの国に者だったということですが」
「左様だな。男で、しかも優秀なパイロットだ。世界は荒れるだろう」
どうやら世廻の存在は台風の目のようなものらしい。
分かっていたことだが、自分が起こしたことはそれまでの歴史に楔を打つようなもののようだ。
「もしやすると、今後その男のように《精霊人機》を扱える存在が出てくるという予兆かもしれませぬな」
「仮にそうでなかったとしても、ウラシマの存在は大きな波紋を呼ぶであろう。特に男性側からしたらまさに『希望の槍』、か」
国王までそんな二つ名で呼ばないでもらいたい。
だが世廻は気づく。
兵たちの中に様々な感情を含む視線が自分に向けられていることを。
憧憬、嫉妬、畏怖などだ。
特に女性の兵士からは疑惑的な眼差しや、憎々し気な感情が伝わってくる。
昨夜の世廻の実力をその眼で見ていなかった者は、いまだに信じられないのだろう。
また見ていたからこそ、それまで女性が誇っていた聖域に男が足を踏み入れてきた事実をよく思っていない者もいるみたいだ。
「ウラシマといったな。お前は自分が起こしてしまった事実が、どれほど大きなものか理解しておるか?」
ノーラがジッと眼を合わせてくる。
その瞳から別段怒りや焦りなどといったものは感じ取れない。
「そうだな。正直言って面倒なことになりそうだとは思ってる」
「ほっ、それだけかい?」
「他に何がある?」
「お前は恐らく世界初の男性パイロットだ。その存在は何よりも稀少とされるし、望むならば大抵のものを手にできる機会を得られる立場にある。もっとも、利点ばかりではなく害も多いだろうがな」
「害、か。それはオレの存在を疎ましく思う絶対女性主義を謳うような連中に殺される可能性か? もしくはオレを旗印にして女性社会をひっくり返そうと企む男たちにか?」
「!? ……どうやら頭は悪くないようだね」
そう言いながらノーラが周りにいる兵たちに視線を向ける。するとサッと逸らす者たちがいたので、疲れたようにノーラは溜め息を吐いた。
今目を逸らした連中は、世廻が言ったような考えを少なからず持っている者たちだろう。
「害がオレや仲間たちに及ぶなら戦うだけだ。今回のことも、オレが戦わなければ診療所が潰されてしまいかねなかったから戦っただけだしな」
「ほう。地位や名誉には興味はないと? 先も申したが、その気になれば権力だって手中にできるやもしれぬぞ?」
「言ったはずだ。オレは根無し草の傭兵。依頼を受けて戦う。報酬金で飯を食い、また戦いに備える。そういう生き方しか知らんし興味も無い」
「ふむ。なるほどのう……」
地位や名誉を求めないと言う世廻を見て、ほとんどの者たちは「何だコイツ? バカなの?」的な感じで見つめてきていた。
しかし世廻は何一つ自分の気持ちに偽りはなかった。
「一つ聞きたいんだが、診療所にいる者たちにオレの現状は伝えてくれたのか?」
「抜かりはないぞ。なあリューカよ」
「はっ。ウラシマ、昨夜は仕方ないとはいえ軟禁状態にしてすまなかったな。あのあとすぐに君が言ったように診療所に連絡を取り身元を確認した。リーリラ医師が間違いなく診療所で働いていると証言してくれたから安心してくれていい」
それは良かった。
もしかしたらしばらく身柄を拘束されるかもしれないと覚悟はしていたが、これでやっとリィズたちに会えるかと思うと嬉しくなってくる。
「それでウラシマよ、そなたの自由は保障しようと思うができれば――」
ユーリアムが期待の眼差しを向けながら言葉を発していたその時、
「――――失礼します!」
背後から三人の女性が威風堂々とした様子でこちらへやって来た。
その女性たちは歩きながらチラリと世廻を一瞥したあと、その脇を通り抜け玉座の前で一斉に片膝をつく。
反射的に「嘘だろ」と口に出そうになったが、さすがにそこは我慢する。
「此度は我が国や民たちを救ってくれて感謝しておる。大儀であった」
ずいぶんと固い喋り方をする子供だ。しかし世廻には、子供が無理矢理大人の皮を被るために必死になっているようにしか見えなかった。
「粗方は現場にいた者に聞いたが、改めて当事者であるそなたに話を聞きたかったのだ。よいか?」
良いも悪いもここに来させられた以上は、ほぼ強制的な気もするが。
だが言っておきたいことがある。
「……一つ」
「む? 何だ?」
「オレは礼儀というものを知らん」
その言葉に兵士たち(特に女性)が一気にざわついたが、ユーリアムが手を挙げてそれを制した。
そしてそのまま続けるようにと世廻を見て頷く。
「物心ついた時から傭兵業に従事していたんでな。悪いがこういう話し方でもいいなら話す」
権力者たちとの交渉などは、ほとんどエミリオや他の者に任せていた。
世廻の直属の上司も、「教育に失敗した」と嘆いていたが、結局諦めてしまったのである。
別に傭兵だからいいか、と軽い感じで。
「うむ、許可する」
「……陛下」
窘めるように発言したのは、ユーリアムの隣に立っていた老婆だった。
「よいではないかノーラ、余は着飾らない彼と話してみたい」
「…………仕方ありませんな」
ノーラという名前らしき老婆は、やれやれといった様子で肩を竦めた。そのやり取りがとても自然だったため、こういったことは初めてではないらしい。
こちらも話が分かる相手で助かる。
敬語も一応教えてはもらったが、言葉には詰まるし意味を間違うしで結果的に普通に話した方がスムーズに会話ができるのだ。
「ではウラシマよ、どういう経緯で昨夜の事件に関わったのか聞かせてもらいたい」
世廻は嘘偽りなく昨日の自分の行動を伝えることにした。
ユーリアムたちは、それを黙って聞いている。
「――なるほど。そなたが演習場へ赴いたのは、そうするように指示を受けたからだな。確かその指示を出したのは……」
「この者にございます」
言葉を挟んできたのは片膝を床につけたリューカだった。彼女の隣には同じような仕草をする女性がいる。
「無理からぬことですが、この者は、ウラシマをエリーゼだと認識し、私の支援のために演習場へウラシマを向かわせたとのことです」
「ふむ。間違いないか?」
ユーリアムの問いに、リューカの隣にいる女性がやや緊張した声音で「はいっ」と答えた。
「よし。それでウラシマは、言われた通りリューカの支援に向かったものの、彼女の旗色が悪いことを知り、どうにか敵の隙をつけないか外壁によじ登って身を隠しながら様子を見守っていたというのだな?」
世廻は首肯する。
本当はすぐにでも加勢に行けたのだが、敵が人質を取っていたのを見て、真正面から近づけば人質の命が危ないと思い、相手の意表をつくために行動したのだ。
幸い演習場は外壁に沿って作られているためにできた奇襲ではあったが。
「そのあとはリューカでも苦戦した相手をダメージの残る機体で圧倒したというわけか」
嘘だ幻だと、普通なら言えるかもしれないが、この場にいる者たちの多くは、実際にその眼で見てしまっているものだから何も言えない。
「それにしてもいまだに信じがたいことですな」
誰もが突如発言したノーラに注目する。
年相応にしわを備えた顔を苦々しそうに歪めていた。
「そやつは間違いなく男ですじゃ。よもや女にしか動かせん《精霊人機》を起動させるばかりか、専用機ばりに動かせるとは……。これが他国に知れ渡ると大変なことになりますぞ。一応兵たちには緘口令を敷いておりますが」
「確かにこの世に《精霊人機》が生まれて以来、男が操縦した事実はない。しかしウラシマが操縦したのもまた事実。ノーラの言うように、これは新たな歴史の幕開けになる」
「男のパイロット誕生……やれやれ、これからまた忙しくなりそうですな。幸いなのはこの国に者だったということですが」
「左様だな。男で、しかも優秀なパイロットだ。世界は荒れるだろう」
どうやら世廻の存在は台風の目のようなものらしい。
分かっていたことだが、自分が起こしたことはそれまでの歴史に楔を打つようなもののようだ。
「もしやすると、今後その男のように《精霊人機》を扱える存在が出てくるという予兆かもしれませぬな」
「仮にそうでなかったとしても、ウラシマの存在は大きな波紋を呼ぶであろう。特に男性側からしたらまさに『希望の槍』、か」
国王までそんな二つ名で呼ばないでもらいたい。
だが世廻は気づく。
兵たちの中に様々な感情を含む視線が自分に向けられていることを。
憧憬、嫉妬、畏怖などだ。
特に女性の兵士からは疑惑的な眼差しや、憎々し気な感情が伝わってくる。
昨夜の世廻の実力をその眼で見ていなかった者は、いまだに信じられないのだろう。
また見ていたからこそ、それまで女性が誇っていた聖域に男が足を踏み入れてきた事実をよく思っていない者もいるみたいだ。
「ウラシマといったな。お前は自分が起こしてしまった事実が、どれほど大きなものか理解しておるか?」
ノーラがジッと眼を合わせてくる。
その瞳から別段怒りや焦りなどといったものは感じ取れない。
「そうだな。正直言って面倒なことになりそうだとは思ってる」
「ほっ、それだけかい?」
「他に何がある?」
「お前は恐らく世界初の男性パイロットだ。その存在は何よりも稀少とされるし、望むならば大抵のものを手にできる機会を得られる立場にある。もっとも、利点ばかりではなく害も多いだろうがな」
「害、か。それはオレの存在を疎ましく思う絶対女性主義を謳うような連中に殺される可能性か? もしくはオレを旗印にして女性社会をひっくり返そうと企む男たちにか?」
「!? ……どうやら頭は悪くないようだね」
そう言いながらノーラが周りにいる兵たちに視線を向ける。するとサッと逸らす者たちがいたので、疲れたようにノーラは溜め息を吐いた。
今目を逸らした連中は、世廻が言ったような考えを少なからず持っている者たちだろう。
「害がオレや仲間たちに及ぶなら戦うだけだ。今回のことも、オレが戦わなければ診療所が潰されてしまいかねなかったから戦っただけだしな」
「ほう。地位や名誉には興味はないと? 先も申したが、その気になれば権力だって手中にできるやもしれぬぞ?」
「言ったはずだ。オレは根無し草の傭兵。依頼を受けて戦う。報酬金で飯を食い、また戦いに備える。そういう生き方しか知らんし興味も無い」
「ふむ。なるほどのう……」
地位や名誉を求めないと言う世廻を見て、ほとんどの者たちは「何だコイツ? バカなの?」的な感じで見つめてきていた。
しかし世廻は何一つ自分の気持ちに偽りはなかった。
「一つ聞きたいんだが、診療所にいる者たちにオレの現状は伝えてくれたのか?」
「抜かりはないぞ。なあリューカよ」
「はっ。ウラシマ、昨夜は仕方ないとはいえ軟禁状態にしてすまなかったな。あのあとすぐに君が言ったように診療所に連絡を取り身元を確認した。リーリラ医師が間違いなく診療所で働いていると証言してくれたから安心してくれていい」
それは良かった。
もしかしたらしばらく身柄を拘束されるかもしれないと覚悟はしていたが、これでやっとリィズたちに会えるかと思うと嬉しくなってくる。
「それでウラシマよ、そなたの自由は保障しようと思うができれば――」
ユーリアムが期待の眼差しを向けながら言葉を発していたその時、
「――――失礼します!」
背後から三人の女性が威風堂々とした様子でこちらへやって来た。
その女性たちは歩きながらチラリと世廻を一瞥したあと、その脇を通り抜け玉座の前で一斉に片膝をつく。
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