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 ベッドに少女を寝かせて十分も経たないうちに、彼女は目を覚ますことになった。
 一応監視という役目につかせていたニンが、少女の覚醒に従い大きく鳴き声を上げる。
 それを聞いて僕とヤタ、他のスライムたちも少女のもとへ向かった。

 うっすらと瞼を開けている少女が、ゆっくりと天井を撫でるように視線を泳がせている。
 その視線が僕を捉えた瞬間、僅かに瞼が大きく開く。

「やあ、身体は大丈夫かな?」

 頼むからいきなり暴れたりはしないでくれよー。

「…………ぁ」
「あーもしかして言葉が通じてないのかな? ヤタ、どうしよう?」
「《翻訳の指輪》をクラフトできればいいが、その素材は現在皆無だからな。会話ができぬのであればそれ以外でコミュニケーションを図るしかあるまい」
「そ、そっか。じゃあ……身体、怪我、ない?」

 身振り手振りで何とか伝えようとしてみた。
 だけど……。

「……変な人」
「うぐっ……!」

 真正面から小さな子に変な人呼ばわりされるのがこんなにショックなことだとは……。

 ……って、違う!

「あれ? 話が通じてる?」
「ん、分かる」
「そっかぁ、良かったぁ」

 恥ずかしい思いもしたけど、意思疎通ができるなら甘んじてそのダメージを受け入れよう。

「えと、じゃあ改めて聞くけど、身体は大丈夫? 痛いところとかないかな?」
「……問題ない。それよりもここ……どこ?」

 何て言ったらいいのだろうか。
 ここは素直に返した方が分かりやすいかもしれない。

「ここは海に囲まれた小さな島だよ。君は砂浜に倒れていて、そこを僕たちが発見し僕の家まで運んできたんだ」
「……そう」

 どうやらあまり流暢に言葉を話すようなタイプではなさそうだ。それともただ現状が理解できずに困惑しているだけなのだろうか。
 それにしてはあまりにも無表情で感情が読み取れないけど……。

「お主、一つ聞きたいことがあるのだが」

 そこへヤタが若干鋭い視線を少女へと向けつつそんなことを言った。
 僕は何を聞くんだろうって思い黙っていると……。

 ――きゅるるるるるぅぅぅぅぅぅっ!

 切なくなるような音が小屋中に響き渡った。
 音の原因を探るまでもなく、僕たちはある一点に視線を向ける。
 それは――少女の腹だ。

「……お腹……減った……」

 こんなに大きな空腹音を初めて聞いた衝撃もあったが、余程腹が減っているのか、目尻が下がり悲しげな表情を浮かべる少女を見てはいられなかった。
 だから、「少し待ってて」と言って、朝食に用意しておいた果物を葉っぱの皿に入れて持ってきてやったのである。

「これでも食べる?」

 すると明らかに少女の眼が輝き出し、鼻をひくつかせた。

「……いいの?」
「うん、お腹減ってるんでしょ? ほら」

 皿を差し出すと、少女はババッと一瞬で上半身を起こすと皿を受け取り一心不乱に食べ始めた。

「もきゅもきゅもきゅもきゅ」

 あら可愛らしい。
 その食べる姿はさながら子兎の食事を見ているかのような愛らしさを感じさせる。
 あっという間に完食した少女は、ジーッと皿を見た後に期待眼で僕を見つめてきた。

 うっ、こ、これは何という破壊力か!?

 これほど目で訴えかけるということを体現している表情はないのではないだろうか。

 もう、ないの?

 そう言っているのは明らかだ。
 そしてこの純真無垢な少女を喜ばせてあげたいと思う男子は僕だけじゃないはずだ。

 僕はすぐに小屋にある食材を持ってきてあげると、少女はまたも嬉しそうに食べ始めた。
 次々と乾いたスポンジが水を吸収するかのごとく、物凄いスピードで消失していく食材たち。
 三日分ほどあった食糧が、ものの数分足らずで消えてしまったのである。

「……ふぅ、ちょっと満足」

 あれでちょっとなの……?

 見れば腹も膨れているようには見えない。

 おかしいな。あれだけのものがどこに入ったんだろう……?
 彼女の腹はブラックホールか何かなの?

 そんな疑問を思い浮かべていると……。

「……ありがと」
「え? あ、うん。別にいいよ。困った時はお互い様だしね」
「……何かお礼」
「あー別にいいって」

 そもそも幼気な子に見返りを求めるようなことはさすがにできないし。
 食糧ならまた集めればいいだけの話だ。
 だがそこで黙っていられない奴がいた。

「では再度聞こう。お主には聞きたいことがあるのだ」

 ――ヤタである。

 少女も「いいよ」と短く頷く。

「まず、お主の名は?」
「……ムト」
「ふむ。ではムトよ、お主――――人族ではないな?」


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