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――土曜日。
本日は初めての習い事を行う日。
そうだ。これからナクルと一緒に古武術を学んでいくのである。とはいっても彼女は先輩に当たるのだが。
送迎は悠二がしてくれるようで、昼食を食べた後に車で送ってくれた。
日ノ部家に到着すると、相変わらず元気一杯のナクルに出迎えられ、さっそく道場へと走っていく。
ちなみに悠二は同じように出迎えてくれた修一郎に挨拶をしている。その後はすぐに帰宅してスイミングスクールへ向かうようだ。
「何だかご機嫌だな、ナクルは」
嬉しそうに沖長の手を引っ張って歩くナクル。
「えへへ~、すっごくたのしみにしてたッスから!」
聞けばナクルと同年代は今までいなかったらしい。
(まぁ、普通は六歳で古武術をしようなんて思わないしなぁ)
今の時代、やはりメジャーなスポーツを選ぶ子は多い。この世界では、日本のスポーツ業界はなかなかに盛り上がっていて、特にサッカーやバスケットボールが熱い。
それを題材にした漫画やアニメなども人気で、幼児から大人まで幅広く支持されている。もちろん日本の国技である相撲や柔道なども一定の指示は得ているが、去年ワールドカップで結果を残したらしいサッカーやバスケットボールが頭一つ抜けている感じだ。
その中で古武術を習おうと思う幼児は少ないのだろう。
ナクルに連れられ道場に入ると、そこにはすでに蔦絵の姿があった。道場の真ん中に正座をしている。背筋がピンと張られ、一切の身じろぎをしない様子はまるで隙がなく、かつ美しさすら覚えた。
そんな彼女が閉じていた瞼をおもむろに上げ、こちらに視線を向けると微笑を浮かべる。
「こんにちは、沖長くん」
「あ、はい。こんにちは、七宮さん。今日からお世話になります。よろしくお願いします!」
先輩に対して、最初の挨拶を疎かにしない。
「うん、元気があってよろしい。ナクル、沖長くんにアレを」
蔦絵の指示に「はいッス!」と返事をしたナクルが道場の端に置かれていたものを手に取ってこちらに向かってきた。
「はい、オキくん、これ!」
差し出されたものは――。
「……道着?」
現在ナクルが着用しているものを同じ。つまりこれは沖長用に用意された道着だと理解した。
手に取って広げて見て、つい「おぉ~」と感嘆の声を上げる。
柔道着とは少し違う。アレは少しゴワゴワしていて重そうな印象があるが、こちらはどちらかというと空手着に近い気がする。生地も薄めだし動き易そうだ。
「ナクル、着方を教えてあげなさい」
この前、ナクルが入っていった更衣室へと案内される。そこはロッカールームになっており、一つ一つに名前と鍵がつけられている。一応は防犯のためだろう。
そして札月沖長と書かれたネームプレートが貼られたロッカーを発見。ナクルから鍵を預かりロックを外して扉を開く。
そこに持参した手提げ袋を入れる。中にはタオルや着替えなどが入っている。
さっそく着替えようとするが、横を見ればニコニコしているナクルが……。
(……ま、いっか)
別に子供同士だし、恥ずかしいという気持ちだってない。さすがにここに蔦絵がいれば意識してしまうが、こういう時は前世の記憶というのは厄介だと思う。
服を脱いでパンツ一丁になる。まずはズボンを身に着け、そして上着を羽織るが、その際にナクルが丁寧に着方をレクチャーしてくれた。
帯をしっかり締めて簡単に着崩れないようにしてから更衣室を出る。
「あら、似合っているわね」
「ありがとうございます。でも何か……変な感じですけど」
やはり普通の服とは材質が違うので肌触りに違和感を覚える。
「そのうち慣れるわよ。それでは二人とも、私の前に立ちなさい」
立ち上がった蔦絵の前面に、ナクルと並んで立つ。
「では改めて名乗ります。私は、日ノ部流古武術の師範代を務めさせてもらっている七宮蔦絵です。これからともに学んでいく同志として心から歓迎します」
「え、えと、俺……僕は札月沖長と申します。中途半端にならないように、一生懸命学ばせて頂きます。どうぞよろしくお願い致します」
このくらいの挨拶で良かったかなと思い蔦絵を見ると、彼女が満足げに頷いてくれた。その後は「座りなさい」と言う言葉に従って、二人と同じように正座をする。
足がし痺れる恐怖もあったが。これも次第に慣れるということで我慢しないといけないようだ。
「まず沖長くんが気になっているであろうことを教えるわ。それは恐らく修練内容についてよね?」
その問いに沖長は「はい」と返事をする。
一応月曜日に大まかに聞いてはいるが、日ノ部流古武術の全容は当然ながらまだ知らない。
「沖長は初心者だから、ナクルのようにいきなり組手を行うなどはしない。そんなのは怪我の元になるからね。だから興味があっても、絶対に行わないこと」
ここでは教えられたことだけをするようにと念を押された。子供相手だから慎重になるのは分かるが、こちとら理解力のある大人精神なので心配無用である。
「だから最初は柔軟や体力作りが主になるわ。筋肉トレーニングも、過度なものはなし。子供の時の筋トレは逆効果になる恐れがあるからね」
ふんふんと相槌を打ちながら聞いていく。
「古武術といっても、本格的な修練はずっと先になるわ。まずは身体作りが必要になるから、そこは理解してもらいたいの」
何事も基礎が固められていないと通用しないのは当然だろう。それこそ他のスポーツだってそうだ。
身体ができていないのに、激しい動きなんてすれば負荷に耐えられずに怪我に繋がってしまう。
「当面はつまんないし、ただしんどいと思うことばかりを繰り返すことになるけれど、きっとそれは将来の君にとって大きな財産になるから我慢してほしいのよ」
ずいぶんと子供相手に難しいことを言うものだと不思議に思う。もちろん沖長は全部理解できているが、普通の六歳児が認知できるかといったら首を捻らざるを得ないだろう。
「もっとも、今話したことは少なくとも小学校高学年以上にすることなんだけど、君なら大丈夫でしょう?」
どうやら沖長が一般的な六歳児ではないことに気づいているようだ。だからこその説明だったらしい。
「だから普通ならまだ伝えないのだけれど、沖長くんは理解できるであろうと思い話すわね。古武術というのは、本来は戦で生き残るために磨かれた技術よ。私たちが学ぶ日ノ部流は歴史は古く、創始されたのは今から約五百年前の室町時代末期頃」
「ず、ずいぶん古いんですね」
古武術というから歴史はあると思っていたが、まさか室町時代から伝わっているとは思わなかった。
本日は初めての習い事を行う日。
そうだ。これからナクルと一緒に古武術を学んでいくのである。とはいっても彼女は先輩に当たるのだが。
送迎は悠二がしてくれるようで、昼食を食べた後に車で送ってくれた。
日ノ部家に到着すると、相変わらず元気一杯のナクルに出迎えられ、さっそく道場へと走っていく。
ちなみに悠二は同じように出迎えてくれた修一郎に挨拶をしている。その後はすぐに帰宅してスイミングスクールへ向かうようだ。
「何だかご機嫌だな、ナクルは」
嬉しそうに沖長の手を引っ張って歩くナクル。
「えへへ~、すっごくたのしみにしてたッスから!」
聞けばナクルと同年代は今までいなかったらしい。
(まぁ、普通は六歳で古武術をしようなんて思わないしなぁ)
今の時代、やはりメジャーなスポーツを選ぶ子は多い。この世界では、日本のスポーツ業界はなかなかに盛り上がっていて、特にサッカーやバスケットボールが熱い。
それを題材にした漫画やアニメなども人気で、幼児から大人まで幅広く支持されている。もちろん日本の国技である相撲や柔道なども一定の指示は得ているが、去年ワールドカップで結果を残したらしいサッカーやバスケットボールが頭一つ抜けている感じだ。
その中で古武術を習おうと思う幼児は少ないのだろう。
ナクルに連れられ道場に入ると、そこにはすでに蔦絵の姿があった。道場の真ん中に正座をしている。背筋がピンと張られ、一切の身じろぎをしない様子はまるで隙がなく、かつ美しさすら覚えた。
そんな彼女が閉じていた瞼をおもむろに上げ、こちらに視線を向けると微笑を浮かべる。
「こんにちは、沖長くん」
「あ、はい。こんにちは、七宮さん。今日からお世話になります。よろしくお願いします!」
先輩に対して、最初の挨拶を疎かにしない。
「うん、元気があってよろしい。ナクル、沖長くんにアレを」
蔦絵の指示に「はいッス!」と返事をしたナクルが道場の端に置かれていたものを手に取ってこちらに向かってきた。
「はい、オキくん、これ!」
差し出されたものは――。
「……道着?」
現在ナクルが着用しているものを同じ。つまりこれは沖長用に用意された道着だと理解した。
手に取って広げて見て、つい「おぉ~」と感嘆の声を上げる。
柔道着とは少し違う。アレは少しゴワゴワしていて重そうな印象があるが、こちらはどちらかというと空手着に近い気がする。生地も薄めだし動き易そうだ。
「ナクル、着方を教えてあげなさい」
この前、ナクルが入っていった更衣室へと案内される。そこはロッカールームになっており、一つ一つに名前と鍵がつけられている。一応は防犯のためだろう。
そして札月沖長と書かれたネームプレートが貼られたロッカーを発見。ナクルから鍵を預かりロックを外して扉を開く。
そこに持参した手提げ袋を入れる。中にはタオルや着替えなどが入っている。
さっそく着替えようとするが、横を見ればニコニコしているナクルが……。
(……ま、いっか)
別に子供同士だし、恥ずかしいという気持ちだってない。さすがにここに蔦絵がいれば意識してしまうが、こういう時は前世の記憶というのは厄介だと思う。
服を脱いでパンツ一丁になる。まずはズボンを身に着け、そして上着を羽織るが、その際にナクルが丁寧に着方をレクチャーしてくれた。
帯をしっかり締めて簡単に着崩れないようにしてから更衣室を出る。
「あら、似合っているわね」
「ありがとうございます。でも何か……変な感じですけど」
やはり普通の服とは材質が違うので肌触りに違和感を覚える。
「そのうち慣れるわよ。それでは二人とも、私の前に立ちなさい」
立ち上がった蔦絵の前面に、ナクルと並んで立つ。
「では改めて名乗ります。私は、日ノ部流古武術の師範代を務めさせてもらっている七宮蔦絵です。これからともに学んでいく同志として心から歓迎します」
「え、えと、俺……僕は札月沖長と申します。中途半端にならないように、一生懸命学ばせて頂きます。どうぞよろしくお願い致します」
このくらいの挨拶で良かったかなと思い蔦絵を見ると、彼女が満足げに頷いてくれた。その後は「座りなさい」と言う言葉に従って、二人と同じように正座をする。
足がし痺れる恐怖もあったが。これも次第に慣れるということで我慢しないといけないようだ。
「まず沖長くんが気になっているであろうことを教えるわ。それは恐らく修練内容についてよね?」
その問いに沖長は「はい」と返事をする。
一応月曜日に大まかに聞いてはいるが、日ノ部流古武術の全容は当然ながらまだ知らない。
「沖長は初心者だから、ナクルのようにいきなり組手を行うなどはしない。そんなのは怪我の元になるからね。だから興味があっても、絶対に行わないこと」
ここでは教えられたことだけをするようにと念を押された。子供相手だから慎重になるのは分かるが、こちとら理解力のある大人精神なので心配無用である。
「だから最初は柔軟や体力作りが主になるわ。筋肉トレーニングも、過度なものはなし。子供の時の筋トレは逆効果になる恐れがあるからね」
ふんふんと相槌を打ちながら聞いていく。
「古武術といっても、本格的な修練はずっと先になるわ。まずは身体作りが必要になるから、そこは理解してもらいたいの」
何事も基礎が固められていないと通用しないのは当然だろう。それこそ他のスポーツだってそうだ。
身体ができていないのに、激しい動きなんてすれば負荷に耐えられずに怪我に繋がってしまう。
「当面はつまんないし、ただしんどいと思うことばかりを繰り返すことになるけれど、きっとそれは将来の君にとって大きな財産になるから我慢してほしいのよ」
ずいぶんと子供相手に難しいことを言うものだと不思議に思う。もちろん沖長は全部理解できているが、普通の六歳児が認知できるかといったら首を捻らざるを得ないだろう。
「もっとも、今話したことは少なくとも小学校高学年以上にすることなんだけど、君なら大丈夫でしょう?」
どうやら沖長が一般的な六歳児ではないことに気づいているようだ。だからこその説明だったらしい。
「だから普通ならまだ伝えないのだけれど、沖長くんは理解できるであろうと思い話すわね。古武術というのは、本来は戦で生き残るために磨かれた技術よ。私たちが学ぶ日ノ部流は歴史は古く、創始されたのは今から約五百年前の室町時代末期頃」
「ず、ずいぶん古いんですね」
古武術というから歴史はあると思っていたが、まさか室町時代から伝わっているとは思わなかった。
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