俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ

文字の大きさ
51 / 258

50

しおりを挟む
 現在沖長は、修一郎とともに露天風呂を堪能しながら今後のことを考えていた。
 それはもちろん原作の流れについて、である。
 あくまでも情報提供者である羽竹長門を信じるとしたら、この旅行の間でナクルは勇者として選ばれ、物語の主人公らしく、それから次々とやってくる様々なイベントをこなしていくことになる。

 これが日常アニメのような物語ならば、沖長も安心して見守ることができたが、どうやらこの世界はファンタジーが存在するらしいので、当然バトルといったシーンも存在する。
 その中でナクルは、艱難辛苦を乗り越えて立派に勇者として成長していく。しかしながら、その道程は決して平坦なものではなく、普通なら大人でも挫けそうな辛く悲しい現実が要所に詰め込まれているらしい。

 そんなナクルというキャラクターは、ネットでは悲劇のヒロインならぬ、悲劇の主人公として勇名を馳せていたとのこと。

(ナクルの悲劇……かぁ)

 正直、長門から聞いた、ナクルが今後経験する悲劇というのは、目を背けたくなるモノばかり。だから当初は鬱アニメと呼ばれるジャンルにまでランクインされていた。

 それでも僅かな救いを頼りに奮い立つナクルに胸を打たれた視聴者たちは、徐々に魅了されていき第三期が終わる頃には神アニメとしての地位も確率していたとのこと。
 沖長にとっては、ナクルは可愛い妹分だ。当然幸せになってほしいし、苦痛だって味わってほしくない。

 けれど原作において、それらの経験がナクルを立派に成長させたのもまた事実。
 極端なことをいえば、自分が介入せずともナクルは死なないし、悲劇だって結果的には彼女の成長への糧になる。そしてそんな物語だからこそ、人々の胸を打ったのだ。

 となると、下手に自分が手を出すことで、その流れを崩しナクルの成長の妨げに、あるいは主人公であるはずのナクルを死に追いやるなどといった最悪な事態を呼び込む危険性だってあるかもしれない。
 長門もまたその可能性を示唆し、助言はするものの長門自身は、積極的に現状を変えるつもりはないと言っていた。

 彼にとってすべては第三期に登場するというリリミアという少女だ。彼女さえ幸せならば、きっとナクルがどうなろうと知ったことではないのだろう。
 しかし彼もまたこの神アニメの魅力に憑りつかれた一人であり、ナクルら他の登場人物たちの悲劇を推奨しているわけではない。だからこそ沖長に助言くらいはという形で協力してくれているのだ。

(ったく、どうせならもっと前のめりに手伝ってくれりゃ助かるのになぁ)

 とはいうものの情報自体は感謝しているし、邪魔をするようなこともしないので今はそれでいいと思っている。
 少し離れたところで温泉に気持ち良く浸っている修一郎をチラリと見た。彼の身体は古傷だらけで、これまで数え切れないくらいの修羅場を経験してきたのだろうことは、その肉体を見ただけで分かった。

「ん? 何だい?」

 あっさりと視線を向けていたことがバレていて、思わず苦笑してしまう。

「あ、いえ……その、聞いていいですか?」
「いいよ。そういえばこうして二人だけで風呂につかりながら話すのは初めてだったかな」

 道場がある日もそうだが、たまに日ノ部家に泊まった時も、修一郎と二人で風呂に入ったことはなかった。
 修一郎と入る時もあったが、その度にナクルが一緒に入りたいと突入してくることが確定されているし、一人で入る時にはナクルと一緒に蔦絵もそこに参戦してきて沖長はその度に慌てたものだ。

 ナクルはともかくとして、精神的なもので蔦絵のような大人の身体を持つ彼女と一緒に入るのは恥ずかしいし、どこか申し訳なくも感じるから。
 実際、ついさっきもナクルが自分たちがいる男湯に入るとワガママを言っていた。さすがにはしたないとユキナに注意され、今では女湯で不貞腐れているだろう、

 そんなわけで、こうして修一郎と二人きりで静かな時間を過ごすのは初めてかもしれない。

「その……修一郎さんは戦うことってどう思いますか?」
「……ずいぶんと急だね。もしかして古武術を習うのが嫌になったかな?」
「いえ! それはありません! 確かに修練は厳しいですけど、自分が成長できてるって実感できるのは嬉しいし、何よりも楽しいんで!」
「あはは、それは良かった。じゃあ……何故そんなことを?」
「あ……えと、仮に戦わなければならない運命を背負ってるとして……」
「ふんふん」
「その運命を変えることで、もしかしたらもっと悲惨なことになるかもしれない。そうだとしたら修一郎さんはどう……しますか?」
「なるほど、それは難しい問題だね」

 子供の戯言あと評されて適当な返答が飛んでくる可能性もあったが、修一郎は顎に手を当てて考え込んでくれている。

「そうだね……俺なら恐らく戦うだろうね」
「そう、なんですか?」
「幸い俺には戦う力があるからね。それに今までも戦うことで守れたものは多い。もちろん自分の無力に嘆いたことだったあるけれど」
「修一郎さんでもですか?」
「もちろんさ。俺だって最初から今のように戦えたわけじゃない。というよりも戦うなんて物騒なことが嫌いな性格だったなぁ」

 どこか懐かしそうに天を仰ぐ修一郎。

「戦いが嫌い……なのに戦ったんですか?」
「そうしなければ守れないものがあったからね。確かに平和が一番さ。戦わずに済むならそれが良い。けれどそれを許してはくれない状況が目の前に現れる。いうなればそれが運命ってやつなのかもね」

 沖長は黙って耳を傾け、少し間を置いたところで再び修一郎が語る。

「運命ってものが本当にあるとしても、それは考えようじゃないかな」
「どういうことですか?」
「何故なら運命なんてものは正直なところ誰にも判別つかないものだからさ。だってそうだろ。それが分かるのは未来を予知できるのと同じ」

 確かに彼の言う通りだ。運命という言葉はありふれていて、誰でもどこでも使い回されているが、この言葉ほど適当で曖昧なものはない。 
 それは事故にとってインパクトのあるイベントに出くわした時に、その表現として示されるただの言葉でもある。

 運命の人に会った。この事故も運命だった。これを手にしたのはまさに運命だ。 
 そんな人生において多大な衝撃を受けた時に扱われるのが運命という言葉である。

「そして仮に未来が分かるとしたら、それはもう運命なんかではない。自らの意志と行動でいかようにも変えることができる未来の選択肢の一つでしかないと俺は思うよ」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

社畜の異世界再出発

U65
ファンタジー
社畜、気づけば異世界の赤ちゃんでした――!? ブラック企業に心身を削られ、人生リタイアした社畜が目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界。 前世では死ぬほど働いた。今度は、笑って生きたい。 けれどこの世界、穏やかに生きるには……ちょっと強くなる必要があるらしい。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

異世界転生した俺は、産まれながらに最強だった。

桜花龍炎舞
ファンタジー
主人公ミツルはある日、不慮の事故にあい死んでしまった。 だが目がさめると見知らぬ美形の男と見知らぬ美女が目の前にいて、ミツル自身の身体も見知らぬ美形の子供に変わっていた。 そして更に、恐らく転生したであろうこの場所は剣や魔法が行き交うゲームの世界とも思える異世界だったのである。 異世界転生 × 最強 × ギャグ × 仲間。 チートすぎる俺が、神様より自由に世界をぶっ壊す!? “真面目な展開ゼロ”の爽快異世界バカ旅、始動!

現代錬金術のすゝめ 〜ソロキャンプに行ったら賢者の石を拾った〜

涼月 風
ファンタジー
御門賢一郎は過去にトラウマを抱える高校一年生。 ゴールデンウィークにソロキャンプに行き、そこで綺麗な石を拾った。 しかし、その直後雷に打たれて意識を失う。 奇跡的に助かった彼は以前の彼とは違っていた。 そんな彼が成長する為に異世界に行ったり又、現代で錬金術をしながら生活する物語。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!

IXA
ファンタジー
30年ほど前、地球に突如として現れたダンジョン。  無限に湧く資源、そしてレベルアップの圧倒的な恩恵に目をつけた人類は、日々ダンジョンの研究へ傾倒していた。  一方特にそれは関係なく、生きる金に困った私、結城フォリアはバイトをするため、最低限の体力を手に入れようとダンジョンへ乗り込んだ。  甘い考えで潜ったダンジョン、しかし笑顔で寄ってきた者達による裏切り、体のいい使い捨てが私を待っていた。  しかし深い絶望の果てに、私は最強のユニークスキルである《スキル累乗》を獲得する--  これは金も境遇も、何もかもが最底辺だった少女が泥臭く苦しみながらダンジョンを探索し、知恵とスキルを駆使し、地べたを這いずり回って頂点へと登り、世界の真実を紐解く話  複数箇所での保存のため、カクヨム様とハーメルン様でも投稿しています

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

処理中です...