俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ

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 地に足がついた沖長は、背中の痛みに顔をしかめながらも状況の確認をした。気づけば四肢を縛っていた髪は切断されており、さらには背後にはいつの間にか、先ほど夜風の傍にいたはずの黒装束が立っていたのである。そしてその手には、明らかにクナイと思わしき武器も握られていた。

 その立ち位置からも見て、沖長を髪から解放し、さらにはガラをも弾き飛ばしたことは明白。しかし一体何故……という疑問が湧く。

(敵……じゃなかった?)

 安易にそう断ずるのは危険かもしれないが、助けてくれたのもまた事実。ならば夜風が意識を失っている理由は……?

 ただ思考に偏っている時間ではなさそうだ。吹き飛ばされたはずのガラが、凄まじい速度でもってこちらへ駆け出してきた。そしてその殺意は、自身を吹き飛ばした黒装束へと向けられている。
 するとその場から黒装束が消えた。いや、消えたように見えたのである。

(は、速ぇっ!?)

 思わず瞠目するほどの速度で動く黒装束。その動きはまさに閃光の如く、一瞬にしてガラの小さな身体の、さらに下方へと潜り込み、そのまま蹴りを真上に放った。
 真下からの攻撃を顎に受けて数メートル浮き上がるガラは、自分に何が起こったのか気づいていない表情である。そのままピクリともしない状態で、今度はガラの上方へと黒装束が出現した。

 手にしたクナイを浮き上がってくるガラの腹部目掛けて突き刺し、その威力のまま地上へと墜落させる。先ほどの沖長のように、成す術なくガラは地上へと衝突することになった。

(つ……強ぇ……っ!?)

 黒装束の実力を目にし、ゴクリと喉が鳴った。油断さえしなければ、沖長でも対等に戦えたであろう存在。つまり今の沖長とガラでは、まともにやり合えば実力伯仲。
 そんな自分と同等の存在が、何の反応もできずにやられたい放題されている。

(もしかしたら蔦絵さん……いや、師匠クラスかも)

 修一郎や大悟に匹敵するほどの強さ。ただあくまでも身体能力だけで戦うという意味での話だが。
 地上へと降りてきた黒装束が、ガラに興味を失った様子で沖長の方へと歩いてくる。当然だが不気味な存在なのは間違いないので千本を構えて身構えた。

「そう警戒しなくても良い。私は――」

 黒装束から女性の声が響いた直後、彼女越しにむくりと起き上がり、ゆっくりと顔を向けてくるガラが視界に入った。そしてその口を大きく開く。

(アイツまだ……っ!? しかもアレって……!)

 ガラの行動が以前に遭遇したガラとフラッシュバックする。映像が脳裏を過ぎった瞬間に、沖長は持っていた千本を投げつけた。黒装束は一瞬警戒したが、自分に向けられたものではないと気づき目を細めハッとする。

 同時に沖長は、ガラへと向けて駆け出していた。投げつけた千本はガラの額に突き刺さり、その反動で顔が上を向く。そして口からレーザーのようなものが放たれたが、その先には橋の天井しかなく、レーザーはそこへぶつかり焼くように削っていく。

 すぐにガラは口を閉じ、再び正面に顔を向けたが、目の前には沖長が迫っていた。

「――《点撃》っ!」

 ガラの腹部に向けて、沖長が放ったのは《日ノ部流・初伝》の技。オーラを一点に集中し、相手の急所を打ち抜く。それを肘打ちで行ったのである。ただし狙ったのは急所ではなく、いまだ腹に突き刺さっているクナイだった。

 相手は避けることも防御も間に合わず、骨が砕かれるような嫌な音を響かせたと同時に前方を激しく転がっていき、その先の壁に激突した。

「はあはあ……ど、どうだ?」

 息を整えつつ転倒しているガラを睨みつける。また動き出してくるかもしれないからだ。何せ相手は痛みすら感じるか分からない人造妖魔なのだから。
 するとピクリともしていなかったガラの身体が僅かに震え始め、またも起き上がろうとする。

(コイツ、どんだけタフなんだよ!?)

 ならば完全に倒すまでさらに追い打ちを、と思った矢先だ。ガラが立ち上がろうとしたその足が、突然枯れ木のように砕けたのである。

 そしてそのまま前のめりに倒れ、それでも執拗に両手を使って這ってきたが、力尽きたのか動きを止めたかと思うと、以前見たように全身が灰と化した。

「…………ふぅぅぅぅ~」

 倒したことにより、安堵した沖長はその場で尻もちをつく。

「――見事な一撃だった」

 背後から聞こえた声に、そういえばまだ楽観するのは早かったと表情を引き締めて振り向く。黒装束――何者か分からないので、いまだ警戒は解けない。

「二度同じことを言うのはあまり好きじゃないんだが。そう警戒しなくていい。私は君の敵ではない」
「……根拠がない」

 声を聞く限り、やはり女性のようだが、まるで忍び装束のように素顔を隠しているので目元しか確認できない。

「助けたと思うんだがな」
「それも含めて」
「随分と警戒心の強い子供だ。いや、さすがは武の道に身を置いているだけはあるか」

 一人で納得気に頷いている。あちらはまったく警戒していない様子。もっともこちらが反抗したところで、簡単に制圧できると思っているのだろう。それだけの実力差があることは、一連の流れで把握しているはずだ。
 沖長はチラリと、いまだ寝かされたままの夜風を一瞥しつつ舌打ちをする。

(奴の方が夜風さんに近い。どうするか……)

 自分一人だけなら逃げることはできる。しかし彼女を置いたままにしてはおけない。
 するとこちらの考えを察したのか、黒装束が両手をサッと上げる。

「本当に君たちを傷つける意図はこちらにはない。彼女には……気絶してもらったが」
「どうしてそんなことを?」
「ん……君にとってもそれが最善だと判断したからだ。この状況……一般人である彼女にどう説明する?」
「それは……」
「それに彼女は警察を呼ぼうとしていた。それは君も困るんじゃないか?」

 確かに助けにやってくるのが【異界対策局】なら別だが、警察が来てもガラに対応できない上、被害が広がる危険性が高い。

「…………分かり……ました。あなたは俺を助けてくれたし、一応納得しました」
「その割にはまだ警戒中といったところだが」
「それはそうでしょう。その身形もそうですし、何より俺はあなたの名前すら知らない」
「ああ、そう言えば名乗っていなかったな」

 咳払いを一つした後、黒装束が静かに名乗った。

「私は――黒月。君を、ある方のもとへ連れて行く任務を授かった者だ」




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