僕に光をくれたのは貴方でした──

柏崎 聖

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僕にとってそれは地獄でした

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 辺りは暗くなり始め、外の景色は茜色に染まり始めた。
 陽太は、ゆっくりとお茶を飲む。
 喫茶店の中はとても静かで、落ち着きを取り戻すには十分だった。


「言わないといけないのか……」


 さっきは変なことを言って逃げ出してしまった。
 そのことを説明するには、言わなくてはならない。
 陽太の過去を。

 躊躇いはもちろんあった。
 聖菜が馬鹿にしたり、言いふらしたり……。
 その可能性があって、今までは言えなかった。

 けど、ちゃんと話せばそれはないだろうと陽太は思ったのだ。



「す、菅原君?」


 ほんの偶然だった。
 話しかけてきたのは、聖菜だった。


「探したよ」


 清水寺付近で別れてから、約三時間は経っている。
 それだけの間、聖菜は陽太を探していたようだ。


「話してほしい。なんで学校に来ないのかも、今日のことも」


 陽太は、お茶を一口飲んでから口を開く。


「分かった」


 そう言うと、聖菜はテーブルを挟んで反対側の席に座った。


「本当は話す気はなかった……。言いふらされたりするのは嫌だったから」
「そんなことしないよ」
「けど、君の言動を見ていれば大丈夫かなって」
「深刻、な話なんでしょ?」
「そうだな……」


 話すだけでも陽太自身が辛くなるくらいの話。


「じゃあ、話すよ」





 ―――――――――――――――――――――――――――



 今から約十七年前の九月十五日。
 外は秋晴れの陽気。
 そんな日の午前九時に矢崎(やざき)家の第一子が生まれた。
 元気な男の子は、大きな声とともに生を受けた。

 しかし、この男の子を産んで僅か五日後。
 母親の容態が急変し、亡くなってしまう。

 妻を亡くした夫は、産まれた男の子を施設に無断で預けて姿を消してしまった。
 施設に預けられた男の子は、そんな悲しいことが起こったにも関わらずすくすくと育った。

 まだ物心もつかない時、男の子は子供が一人いる夫婦に引き取られ普通の生活を送り始めた。
 男の子は、非常に明るく元気で周りの人も自然と明るくなる、そんな性格だった。
 しかし、それが災いして親からはうざがられ虐待を受ける。
 頭を殴られ、腹を蹴られ、押し倒され。
 そんな辛い仕打ちを受けても、親の命令には無理矢理従いなんとか生活をしていた。

 ある日、施設に勤めていた菅原 航二(すがわら こうじ)が引き取り先の家を訪れた。
 その時迎えに出た、男の子がアザだらけなのを見た浩二は、気づかれないように男の子を車に乗せ助けようとした。
 男の子は、何の抵抗もなく車に乗った。
 車を施設の方に向かわせる。

 移動中、その男の子が無言だったので航二は話しかけることにした。


「お父さん、お母さんから痛いことされたの?」


 すると男の子は、急に泣き始めた。


「痛かったよ~」


 幼稚園の年長になった男の子は、施設を離れる前とは違いかなり弱々しく見えた。
 そしてその男の子は、施設につくまでずっと泣き止まなかった。



 その日から再び施設生活が始まった。
 始まってから一ヶ月後、男の子を引き取っていた親が虐待で逮捕された。
 その親から暴力を受け続けた男の子は、性格ががらりと変わって大人しい引っ込み思案な性格になった。


 小学校に入る一か月前。
 その日は快晴。
 航二は男の子を遊ばせるため一緒に公園へと出かけた。

 航二は、男の子が遊んでいるそばでベンチに座り仕事をしていた。
 それが原因で大変なことが起きた。

 ジャングルジムに乗っていた男の子は、頭から転落した。
 鈍い音に気づいた航二は、顔色を変えて彼のところに向かった。
 男の子の意識は無く、航二はすぐに救急車を呼んだ。


 診断の結果、重度の脳震盪。
 意識は時期戻るだろうと、主治医には言われたが航二は心配だった。
 なぜなら、主治医は男の子の記憶は残っていないかもしれないと言ったからだ。


 三日後に、男の子は目を覚ました。
 見たところ元気そうだったが、記憶の面を心配した航二は、ペンと紙を渡して名前を書かせようとした。


 しかし……。
 男の子は、自分の名前のみならず文字すらも忘れてしまっていた。
 主治医が言うには、記憶喪失で間違いないとの事だった。
 記憶が戻る可能性は極めて低いらしい。
 でも幸い年齢は若く、失う記憶も少なかったため、まだ取り返しはつきそうであった。

 それに虐待された記憶も失ったので、男の子は元の性格に戻るかもしれないと航二は内心期待してしまっていた。


 しかしながら、大きな怪我をさせてしまったことは間違いなく、ここからの保護の責任と怪我をさせてしまった責任は自分にあると航二は悟った。
 そのため、僅か入社一年だった航二は会社を辞め男の子を養うことに決めた。

 航二は当時、同棲していた三嶋 聡子(みしま そうこ)に事情を話した。
 すると聡子は、快く受け入れてくれた。
 それから僅か数日後、二人は入籍して事実上、夫婦の間に子供が出来た。



 男の子が退院したのは、小学校が始まってから一ヶ月後のこと。
 一人だけ一ヶ月遅れて入学してきたことが原因で、男の子はいじめの対象になった。
 昔の明るい性格であれば、跳ねのけて溶け込むことも出来たかもしれないが、それは出来なかった。
 結局、怪我をした後に性格が変わることはなかったからだ。



 男の子は、六年もの長い間それに屈することなく無口なまま過ごし続けた。
 そして、小学校を無事に卒業した。
 友達がいなかったことと、いじめを受けていることを除けば全く問題はなく、成績も優秀だった。



 中学に入学する前に、航二と聡子によって男の子の過去が男の子に知らされた。
 その壮絶で辛い過去、そして記憶喪失になったという事実は男の子に大きな衝撃を与えた。
 今の親が血の繋がっていない親だという事実には大きなショックを受け、男の子は周りを怖がるようになった。
 その日を境に男の子は引きこもりとなり、後に現在の親によって精神科に行った結果、鬱病と診断された。



 中学校が始まって二ヶ月経った頃。
 母、聡子によって学校に行くよう促される。
 男の子は仕方なく、学校に行くようになった。

 しかしながら、小学校の時に虐めていた人と、そこに加わった新たな人達により再びいじめを受けた。
 エスカレートするいじめと、悪くなる精神状態により、登校は不安定になりついには全く学校に行くことはなくなった。


 そんなある日、男の子は本屋である本に出会った。
 その本は、普通の小説。
 男の子は、気になった本を購入しすぐに家で読み始めた。
 男の子は、すぐさま本に吸い込まれていった。
 感動するシーンでは涙し、面白いシーンでは笑った。
 長い間、封印されていた感情が久しぶりに解放された。

 その日から男の子は小説を読むようになり、暇さえあれば読むようになった。
 そして、精神状態が少しずつ良くなり気分も回復してきたところで男の子は少しずつ学校にいくようになった。



 男の子は学校に行くと、毎日のように小説に没頭し、いつしかいじめられているという現実から逃れることが出来るようになっていた。
 暗い現実を照らしてくれる希望の光が、いつか差してくれるだろうと信じて男の子は学校に通うようになった。


 中学三年生の時、男の子にいじめをしても意味がないと感じ始めた人達が、いじめの方法を変え始めた。
 最初は、口だけだったものが日々変化し物理的な行動が増え始めた。

 エスカレートした結果、男の子の小説が捨てられるなど最悪の事態に陥った。
 自分の宝物を捨てられた男の子は、再び学校には行かなくなった。


 中学はなんとか卒業できた男の子。
 高校は、自分の偏差値で行ける範囲の高校に入ることにした。

 入学してからは、中学校の出来事を引きずっていたため、学校には二日に一回しか行かなかった。
 行くと、耳にイヤホン手には小説の日々。
 いじめは断続的にあったものの、口によるもののみだったため、男の子は無視して対応した。

 友達はおらず、成績も悪くなる一方でも小説は彼の支えであった。
 本を読む量は増え、気付けば家の本棚には大量の本が並べられていた。


 本という最高の友達を持っていた彼は、何事もなく高校二年間を静かに過ごした。


 そうして高校三年生となっていた。




 ―――――――――――――――――――――――――――





「その男の子は、僕のことだよ」


 話しながら、陽太は涙を流していた。
 自分の辛い日々は、思い出すだけでも泣いてしまうのだ。


「ごめん……」


 話を聞いている途中、聖菜は涙が止まらなかった。
 その涙は、テーブルに水溜りを作っていた。


「なんで謝るんだよ」
「私、何も知らなくて……。言いたくないくらい辛いこと無理やり言わせようとして……」
「別にいいよ。何も知らずに聞いてたんだから」
「やっぱり辛かったでしょ?」


 辛かったのは、言うまでもない。
 何度も堪忍袋の緒が切れそうだった。
 でも、陽太は全て我慢して耐え続けた。


「辛かった。けどこれより辛いことなんて起こらないって思ったらいい経験だったなって最近は思うよ」
「菅原君……」
「??」


 聖菜はわざわざ移動して、陽太に抱きついた。
 聖菜の温もりが服を通して、陽太に伝わってくる。


「ちょ、何?」
「こんな顔見せたくないの……」
「さっきから酷い顔だったけど?」
「もぅ……」


 聖菜は陽太に同情していた。
 きっといい人なんだなと、陽太は感じていた。


「ありがとう」
「え?お礼を言われることでもした?」
「いや、今まで溜めてたこと言えてスッキリしたから、何となく言っとかないとって思っただけ」
「なら良かった」


 日はさらに傾き、茜色も強くなってきていた。
 店の客は入れ替わっているのに、陽太と聖菜だけは長い間居座っていた。


「そろそろ行くか……」
「もうちょっと待って……。涙がおさまってからにして……」


 そう聖菜が言った時だった。

 携帯の着信音が、聖菜の携帯に鳴った。
 聖菜は慌てて、電話をとる。


「もしもし、紗南?」


 電話の主は、中川 紗南のようだ。
 陽太は、店の時計を何となく見てみた。
 ……。
 午後五時四十五分。


「ちょっ、花咲さん?」


 陽太が名前で呼んだのはこれが初めてだ。
 聖菜は、陽太の方を見た。


「ん?」


 陽太は今の現実を短く伝えた。


「時間!」
『時間!』


 電話の向こうから聞こえた紗南の声と、陽太の声が重なった。
 聖菜は、急いで時計を見た。


「六時ホテル集合……。あぁっ!ごめん、今すぐ行く!」


 そう聖菜は言って、電話をきった。


「行くよ、菅原君!」
「うん」


 陽太は、聖菜に手を握られてホテルのへと駆け出した。



 陽太がその時に感じた手の温もりは、気候同様温かかった。


「ホテルはあっちだよ?」
「ああっ!」




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感想 2

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みんなの感想(2件)

ともタルテ
2019.09.20 ともタルテ

とても気に入りました!
更新楽しみにしています!

解除
石月
2019.02.25 石月

お気に入り登録しました。こういう系の物語は大好きなので、更新楽しみにしてます!

解除

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