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プロローグ
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仄暗い、古色蒼然とした石造地下室。照明は部屋中央の木台に置かれたランプのみ。
幾つもの木箱が男を載せ、車座に洋灯(ランプ)を取り囲む。
「……まだだ、まだ数が足りない。もっとだ、もっと仲間を集めよう」
「もっと、って簡単に言われてもな……」
「今ならマギヤロク人の賛同が得られるのではないでしょうか? いえ、必ずや我々セルビジャ人に手を貸してくれるはずです」
「確かにそうかもしれないけどよ……」
「デウシュ人じゃないんだから、固いこと言うなよ~! いいだろ、他民族が参加しても。それに王冠領軍が解体された今なら、あの大戦に従軍した元兵士とかも参加してくれるんじゃねーの?」
種々様々な帽子をかぶる男達の人数は十人ほど。泥に汚れたワークパンツによれたワイシャツを入れた者や、油の染みたオーバーオール姿の者など、労働者階級(プロレタリアート)らしい風体だ。
その口々に募る議論は不穏極まりなく、足元のライフルや斧が悪事の色香を放つ。
「……あまり他民族を信用しすぎるな。間者(スパイ)に潜り込まれる可能性もある」
「共産主義者(コミー)共のせいか、最近は防禦隊(シュッツコルプス)の動きも活発だからな。……俺もセルビジャ人以外を関わらせるのは反対だぜ」
「でも、人数が少ねーのは事実だろ。決行日は近いんだし、あんま贅沢も言ってられねぇぜ」
「チッ。確かにな……」
男の一人は神妙な面持ちのまま肩を落とす。それと同時に、
かつん。
と乾いた高い音が鳴る。
「ん?」
始めは足元のライフルに、自身の靴先が触れたものかとも思われた。
しかし、聴覚は否定を告げる。
彼の耳朶曰く、音の源は彼の背後なのだ。
「失礼します」
瞬間。男の背後で二十の視線が交わる。
鋭利な銃剣のように炯々とした彼らの瞳に映るのは、一人の女性。
その服装は、沼沢にセメントを塗したかのようなパイクグレーの軍服。容貌は、狐色の波打つ長髪にゴム製の防毒面(ガスマスク)。
これだけでも十分に異様な見てくれではある。だが何よりも彼等の気を惹くのは、腰に下げた長柄のサーベルと手に携えた短機関銃──戦闘行為に従事する人間であることを示す二品。
「だ、誰だお前ッ!」
男の一人は恐れと焦りに声を荒げた。女は極めて落ち着いた様子で、正直に返答する。
「二重帝国共同戦争省の者です。委細教えることは出来ませんが、端的に言えば自分の任はあなたがたの身を拘束することです」
その口振りは感情の起伏に欠けるが、至極丁寧。
しかし、返って来るのは品性の欠片も無い罵倒だ。
「……くそっ! 犬がッ!」
「皇帝陛下への忠犬、という意味で捉えておくこ……」
言い終わるより早し。
無礼にも幾人かの男達は衣嚢より拳銃を抜き、構える。
無論、銃口の見据える先は軍服の女。
明らかな殺意を込め、引き金を絞る。
「セルビジャに栄光を!」「デウシュ人には死を!」
声と共に木霊する銃弾達。目にも止まらぬ速さで空を掻き裂き、死を運ぶ。
その数、方向、共に申し分無し。一切の瞬きすらせず、呆然と立ち尽くす女を殺すには十二分。そして、女に辿り着くのは一瞬──なのだが。
女の眼前にて銃弾は勢いを全く失う。
視認不可の鋼鉄の海を進むが如く、急激に速度を落とし、直後。
女の命を諦めて地面に垂直に落ち、甲高い金属音を打ち鳴らす。
「なっ!」「は、はぁ⁉」
男達の顔に張り付くは、驚愕。事態を理解し、徐々に絶望色に染まってゆく。
「……ま、まさか、魔術師か⁉」
「ご明察です」
かちゃ、と女は素早く短機関銃を構える。
するとその短機関銃は、彼等に死を宣告。
銃らしからぬ駆動音を、軍馬の嘶きが如く鳴りはためかせる。
「おい! やめろ! ま、待て!」
自分達から先制攻撃したとは言え、命惜しさに助命を嘆願する。情けないこと極まりない。……しかし、一瞬にして理解出来たのだ。彼女には勝てない、と。
故に気概の無い命乞い。だが、ガスマスク越しにでも見て取れる。今の彼女の心中に情は無い。真なる意味での非情だ。
「しかして希望せよ」
笑みすら溢さず、引かれる引き金。地獄の阿鼻叫喚にも等しき、銃声の連続──
箱型弾倉内の二十発全てを撃ち尽くすまで、彼女は短機関銃を横薙いだ。
ある者は脳天を穿たれ、脳漿混じりの血と意識を宙に撒く。
ある者は臓腑を撃ち抜かれ、鈍い呻きと共に膝を折る。
ある者は肩と大腿に血飛沫の間欠泉を生じ、情けなく崩折れる。
死体の山を作ることに特化した独奏楽器は、肉に抉り込む嫌悪をさそう音と反響する高声の悲鳴によって協奏曲を奏で、彼等を地獄へと導く。
しかし。永遠にも思われる時間は現実にして短く、弾倉は間もなく空になった。
女は銃を下ろし、敵の状況を瞬時に判断。
即死が二名、重軽傷が七名。一名のみ、運よく傷一つない。そしてその一命は──
「うおおおぉぉぉ!」
足元の斧を拾い上げ、果敢にも女に迫る。
仲間の仇を討とうと石床を踏み締め、心を奮い立たせて斧を振りかぶった。
しかし刹那──
男の左の二の腕は血潮を噴き出す。そして当然、左腕がだらしなく垂れる。
片腕の力を失った彼は斧を手から滑らせ、患部を抑えて蹲った。
「うぐっ……! が、があぁぁっ!」
「立ち向かわなければいいものを……」
呆れを含む女の声は、男の左後方より届く。
痛痒に頭と五感の殆どを支配された彼にも理解が及ぶ。彼女は一瞬で彼の腕を切り裂き、移動したのだ。それも目視すること能わないほどの速さで。
「……ですが、これで終わりですね」
彼女は朱を帯びた白刃で空を切り、べっとりと着いた血を払う。
硝煙と血生臭さに満ちた地下室の中、入口へと振り返り、声を上げた。
「突入してください!」
その声が合図。十数人の軍服姿の男達がライフルを構え、入り口より突入する。
石階段を軍靴で踏みしだき、迅速な動作によって負傷者の元へと駆け寄った。
念のため、時に地面の拳銃を蹴り離し、時に武装の有無を検め、数秒後。彼等は雑嚢から包帯等の医療具を取り出し、応急処置を施し始めた。
「…………」
その様を見届ける女の横に兵士が一人、笑みを湛えつつ並ぶ。足を止めた瞬間、彼は鼻を劈く鉄臭さに顔を歪めるが、再度笑みを張り付け、女へと声を掛けた。
「ちゅ、中尉殿! 感服致しました!」
「今は『コーデリア』ですよ」
目を爛々と輝かせる兵士に返す、中尉と呼ばれた女の声音は落ち着いていて、低い。
彼女にとっては常と変わらぬとは言え、部下にとっては威圧的とも感じられる。
兵士も自身の上官に怖慄を感じ、深々と頭を下げた。
「す、すみません! 以後、気をつけます! 真に申し訳ありませんでした!」
「い、いえ、さほど怒ってはいませんよ」
寧ろ自分の態度が怒気を孕んでいるものと思われた、という事実のほうが引っ掛かる。
──自分は、そんなに不愛想かな……?
愛嬌の無さを痛感し、多少なりともへこんだ。しかし、それすら顔には出ない。
「いえ、僕の不注意が招いた失態です!」
「気にしなくていいですよ……」
感情の機微が読取り辛い瞳にて、死体を一瞥。軍刀を収め、女は悲しそうに踵を返す。
されど数歩で歩みを止め、手隙となった右手で空を掴み、ドアノブを捻るような動作をひとつ。
「……クルンバ(鳩)」
口から吐かれるのは魔術の詠唱だ。
彼女は詠唱によって体内の魔力を魔元素へと変換し、右掌に事象を引き起こす。
渦を巻いて練られていく右掌の白い魔力、形状が鮮明になるたびに舞い散る鱗粉。
最終的に形を成したのは、目もあやな真白い鳩だった。
「こちら、コーデリア。任務はつつがなく完了致しました」掌を寄せ、鳩に口づけ寸前の女。簡潔明瞭な発言の後、右腕を伸ばした。
「目的地は共同陸軍省です。お願いします」
鳩は彼女の手より離れ、入口目指して羽を広げた。
幾つもの木箱が男を載せ、車座に洋灯(ランプ)を取り囲む。
「……まだだ、まだ数が足りない。もっとだ、もっと仲間を集めよう」
「もっと、って簡単に言われてもな……」
「今ならマギヤロク人の賛同が得られるのではないでしょうか? いえ、必ずや我々セルビジャ人に手を貸してくれるはずです」
「確かにそうかもしれないけどよ……」
「デウシュ人じゃないんだから、固いこと言うなよ~! いいだろ、他民族が参加しても。それに王冠領軍が解体された今なら、あの大戦に従軍した元兵士とかも参加してくれるんじゃねーの?」
種々様々な帽子をかぶる男達の人数は十人ほど。泥に汚れたワークパンツによれたワイシャツを入れた者や、油の染みたオーバーオール姿の者など、労働者階級(プロレタリアート)らしい風体だ。
その口々に募る議論は不穏極まりなく、足元のライフルや斧が悪事の色香を放つ。
「……あまり他民族を信用しすぎるな。間者(スパイ)に潜り込まれる可能性もある」
「共産主義者(コミー)共のせいか、最近は防禦隊(シュッツコルプス)の動きも活発だからな。……俺もセルビジャ人以外を関わらせるのは反対だぜ」
「でも、人数が少ねーのは事実だろ。決行日は近いんだし、あんま贅沢も言ってられねぇぜ」
「チッ。確かにな……」
男の一人は神妙な面持ちのまま肩を落とす。それと同時に、
かつん。
と乾いた高い音が鳴る。
「ん?」
始めは足元のライフルに、自身の靴先が触れたものかとも思われた。
しかし、聴覚は否定を告げる。
彼の耳朶曰く、音の源は彼の背後なのだ。
「失礼します」
瞬間。男の背後で二十の視線が交わる。
鋭利な銃剣のように炯々とした彼らの瞳に映るのは、一人の女性。
その服装は、沼沢にセメントを塗したかのようなパイクグレーの軍服。容貌は、狐色の波打つ長髪にゴム製の防毒面(ガスマスク)。
これだけでも十分に異様な見てくれではある。だが何よりも彼等の気を惹くのは、腰に下げた長柄のサーベルと手に携えた短機関銃──戦闘行為に従事する人間であることを示す二品。
「だ、誰だお前ッ!」
男の一人は恐れと焦りに声を荒げた。女は極めて落ち着いた様子で、正直に返答する。
「二重帝国共同戦争省の者です。委細教えることは出来ませんが、端的に言えば自分の任はあなたがたの身を拘束することです」
その口振りは感情の起伏に欠けるが、至極丁寧。
しかし、返って来るのは品性の欠片も無い罵倒だ。
「……くそっ! 犬がッ!」
「皇帝陛下への忠犬、という意味で捉えておくこ……」
言い終わるより早し。
無礼にも幾人かの男達は衣嚢より拳銃を抜き、構える。
無論、銃口の見据える先は軍服の女。
明らかな殺意を込め、引き金を絞る。
「セルビジャに栄光を!」「デウシュ人には死を!」
声と共に木霊する銃弾達。目にも止まらぬ速さで空を掻き裂き、死を運ぶ。
その数、方向、共に申し分無し。一切の瞬きすらせず、呆然と立ち尽くす女を殺すには十二分。そして、女に辿り着くのは一瞬──なのだが。
女の眼前にて銃弾は勢いを全く失う。
視認不可の鋼鉄の海を進むが如く、急激に速度を落とし、直後。
女の命を諦めて地面に垂直に落ち、甲高い金属音を打ち鳴らす。
「なっ!」「は、はぁ⁉」
男達の顔に張り付くは、驚愕。事態を理解し、徐々に絶望色に染まってゆく。
「……ま、まさか、魔術師か⁉」
「ご明察です」
かちゃ、と女は素早く短機関銃を構える。
するとその短機関銃は、彼等に死を宣告。
銃らしからぬ駆動音を、軍馬の嘶きが如く鳴りはためかせる。
「おい! やめろ! ま、待て!」
自分達から先制攻撃したとは言え、命惜しさに助命を嘆願する。情けないこと極まりない。……しかし、一瞬にして理解出来たのだ。彼女には勝てない、と。
故に気概の無い命乞い。だが、ガスマスク越しにでも見て取れる。今の彼女の心中に情は無い。真なる意味での非情だ。
「しかして希望せよ」
笑みすら溢さず、引かれる引き金。地獄の阿鼻叫喚にも等しき、銃声の連続──
箱型弾倉内の二十発全てを撃ち尽くすまで、彼女は短機関銃を横薙いだ。
ある者は脳天を穿たれ、脳漿混じりの血と意識を宙に撒く。
ある者は臓腑を撃ち抜かれ、鈍い呻きと共に膝を折る。
ある者は肩と大腿に血飛沫の間欠泉を生じ、情けなく崩折れる。
死体の山を作ることに特化した独奏楽器は、肉に抉り込む嫌悪をさそう音と反響する高声の悲鳴によって協奏曲を奏で、彼等を地獄へと導く。
しかし。永遠にも思われる時間は現実にして短く、弾倉は間もなく空になった。
女は銃を下ろし、敵の状況を瞬時に判断。
即死が二名、重軽傷が七名。一名のみ、運よく傷一つない。そしてその一命は──
「うおおおぉぉぉ!」
足元の斧を拾い上げ、果敢にも女に迫る。
仲間の仇を討とうと石床を踏み締め、心を奮い立たせて斧を振りかぶった。
しかし刹那──
男の左の二の腕は血潮を噴き出す。そして当然、左腕がだらしなく垂れる。
片腕の力を失った彼は斧を手から滑らせ、患部を抑えて蹲った。
「うぐっ……! が、があぁぁっ!」
「立ち向かわなければいいものを……」
呆れを含む女の声は、男の左後方より届く。
痛痒に頭と五感の殆どを支配された彼にも理解が及ぶ。彼女は一瞬で彼の腕を切り裂き、移動したのだ。それも目視すること能わないほどの速さで。
「……ですが、これで終わりですね」
彼女は朱を帯びた白刃で空を切り、べっとりと着いた血を払う。
硝煙と血生臭さに満ちた地下室の中、入口へと振り返り、声を上げた。
「突入してください!」
その声が合図。十数人の軍服姿の男達がライフルを構え、入り口より突入する。
石階段を軍靴で踏みしだき、迅速な動作によって負傷者の元へと駆け寄った。
念のため、時に地面の拳銃を蹴り離し、時に武装の有無を検め、数秒後。彼等は雑嚢から包帯等の医療具を取り出し、応急処置を施し始めた。
「…………」
その様を見届ける女の横に兵士が一人、笑みを湛えつつ並ぶ。足を止めた瞬間、彼は鼻を劈く鉄臭さに顔を歪めるが、再度笑みを張り付け、女へと声を掛けた。
「ちゅ、中尉殿! 感服致しました!」
「今は『コーデリア』ですよ」
目を爛々と輝かせる兵士に返す、中尉と呼ばれた女の声音は落ち着いていて、低い。
彼女にとっては常と変わらぬとは言え、部下にとっては威圧的とも感じられる。
兵士も自身の上官に怖慄を感じ、深々と頭を下げた。
「す、すみません! 以後、気をつけます! 真に申し訳ありませんでした!」
「い、いえ、さほど怒ってはいませんよ」
寧ろ自分の態度が怒気を孕んでいるものと思われた、という事実のほうが引っ掛かる。
──自分は、そんなに不愛想かな……?
愛嬌の無さを痛感し、多少なりともへこんだ。しかし、それすら顔には出ない。
「いえ、僕の不注意が招いた失態です!」
「気にしなくていいですよ……」
感情の機微が読取り辛い瞳にて、死体を一瞥。軍刀を収め、女は悲しそうに踵を返す。
されど数歩で歩みを止め、手隙となった右手で空を掴み、ドアノブを捻るような動作をひとつ。
「……クルンバ(鳩)」
口から吐かれるのは魔術の詠唱だ。
彼女は詠唱によって体内の魔力を魔元素へと変換し、右掌に事象を引き起こす。
渦を巻いて練られていく右掌の白い魔力、形状が鮮明になるたびに舞い散る鱗粉。
最終的に形を成したのは、目もあやな真白い鳩だった。
「こちら、コーデリア。任務はつつがなく完了致しました」掌を寄せ、鳩に口づけ寸前の女。簡潔明瞭な発言の後、右腕を伸ばした。
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