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第103話 予感は現実に

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「じゃあ行ってくるよ」
「わかりました、行ってらっしゃいお兄様」

 カレンが笑顔で俺の事を見送ってくれた。
 俺はそれを背に玄関を開き、お見舞いのためにシモンの家へと向かい始めた。

 学院の一日が終わり、家に帰った後ご飯も食べ、私服に着替えた。
 そして今日バイトがたまたま無い事もあって俺はこの雨の中、シモンに会いに行くことにした。

 一度行った事もあるし、シモンの家は分かる。
 だからそれ程時間はかからずに、シモンの家には辿り着くことが出来た。

 シモンの家はかなり閑静な場所にある。
 周囲に建物はそれほどないし、そもそもシモンの家の敷地自体が大きい。
 俺はそんなシモンの家の広い庭を抜け、玄関前へと歩み寄った。

「シモン、ガルファ いるか?」

 ドアノッカーもあるけど、ガルファが先にいるかもしれない。
 だから俺は声を上げて呼ぶことにした。

 …………。
 でも一向に返事は返ってこない。
 ……まだ来てないのかな?
 ……いや雨だし、その雨音できっと聞こえてないんだろうな。

「誰か、いるかー!」

 俺はさっきより大声で二人を呼んだ。

 …………。
 やっぱり返事は返ってこない。
 ……何かおかしいな。

「……開けるぞ」

 聞こえて無いだろうけど、俺は一応開ける事を伝え、ゆっくりと玄関の扉を開いた。

 玄関は広かった。
 豪華な装飾や謎の絵画も飾られ、かなり立派だ。
 これはシモンが下級貴族の出身であるからだろう。

 しかし、下級貴族にしてはあまりにも立派だから、多分見栄を張る意味もこめて、玄関にこんなに置いているのだろう。
 しかし正直そのな物はどうでもいい。
 それよりも肝心な物が4つ、俺の紅い眼には確かに映っていた。

「……靴が、あるな……」

 ……どういうことだ?
 じゃあ中には誰かいるのか?

 しかもよく見れば4つの靴、その2足のサイズは異なっている。
 明らかにこれはおかしいだろう。

 シモンは一人暮らしのはずだ。
 ガルファがいるのか?
 いや、なら何で病人かもしれないシモンはともかく、ガルファは返事をしなかったんだ……?

「……」

 ……怖い。
 でも、確かめなくちゃいけないだろう。

 俺は恐る恐る玄関に上がり、そのままリビングの方を目指した。
 一歩、一歩と歩く度に足取りは重くなり、静かだからか足音さえ耳にはっきりと聞こえてくる。
 そしてリビングの扉に手をかけた頃には、俺の心臓は尋常じゃない鼓動を脈打っていた。

「……入るぞ」

 確認なのか、それとも誰かから返事を返して欲しかったのか。
 俺はそんな事を呟きながら重々しくリビングの扉を開いた。

「いらっしゃい」
「……っ!」

 意外すぎる返答に俺は驚いてしまった。
 しかし、その声はシモンのものでもガルファのものでも無い。
 声の主はリビングの奥で片手で小さな鉄球達をもてあそびながら、
 ソファーで優雅に紅茶を飲む女性だった。

 誰だお前は!?
 ……と最初は思いもしたが、そんな感情はすぐにどうでもよくなった。

 その女性の座るソファーの手前。
 そこには大量の染料をこぼしたかのように、紅い血が広がっていた。

 そしてその中央には力無く倒れている二人の男。
 身体は引き裂かれ、四肢はいくつか飛んでいる。
 一瞬で分かった。
 彼等は死んでいる。
 そして見覚えがある。

「……シモン、ガルファ……ッ!」

 俺の目の前に倒れているのは──シモンとガルファだった。

「……ど、どうして……」
「あら、また知り合いの子なのね」

 女は面倒そうに言葉を発した。

 左手で紅茶を飲み、右手で幾つもの小さな鉄球を転がすその女は、黒い髪に浅黒い肌。
 右頬に彫られたタトゥーも相まって、エキゾチックな雰囲気を醸し出している。
 普段ならあまり近寄りたくない部類の人だが……今は違う。
 俺は彼女が何故ここにいるのかを、問いたださなければならない。

「……お前がやったのか……?」
「ま、そんなとこね」

 ……やはりこいつか。
 こいつが、この二人を……ッ!

 俺の心の奥底から、どんどんと怒りが込み上げて来るのが分かる。
 正直今にでも殴りかかりたい。
 ……でも、まだ我慢だ。

「……どうして、どうしてこんな事をやったんだ?」
「それを教える必要はあるかしら?」
「……」
「ま、いいわ。冥途の土産に教えてあげるわ」

 女はそう言うと、紅茶を机に置きソファーから立ち上がった。

「そこの髪の長い子は私達の襲撃作戦に参加しなかったのよ。だから私達はその子を始末して、やって来たその子のお仲間も見せしめに殺しただけよ」
「襲撃作戦……?」

 俺にはその言葉がどこか引っかかった。
 でもその違和感は長く続かなかった。

「シェルブール宮殿の事よ」
「なっ!!」

 シェルブール宮殿!?
 大量の魔術師を殺し、オリヴィアの兄、オーデを殺したのは魔族たちだ。

 なら、こいつは……!

「魔族……ッ!」
「よく知ってるわね。ま、生まれ持っての魔族では無いけど……」

 あぁ、何となくは分かっていたさ。
 おそらく……

「お前を魔族に変えたのはイスカリオーテ、だろ」
「あら、何故それをしってるのかしら……?」
「冥途の土産に教えてやろうか?」
「……言うじゃない坊や。なら──」

 女は腕を大きく振りかぶる。
 しかし女は武器を持っていない。
 なら、放ってくる技は一つだけ!

 俺は女の攻撃に合わせ──

「『暗黒斬断ダークネスブレイブ』!」
「『絶対真眼』!!」

 紅い瞳で睨みつけ、魔術を打ち消す。

「なッ!!」

 放たれようとした暗黒の大剣は霧散し、女は驚きで動きが止まる。
 そして驚いたためか右手の鉄球をいくつか落とし、この後の防御すらおろそかだ。

「『神殺槍ロンギヌス』!」

 俺はそんな一瞬の隙を、決して見逃さない。
 右手に魔力をかき集め、漆黒の槍を形成し、渾身の力で女へと駆けた──

「終わりだ……!!」

 女の腹めがけて放たれる亜音速の一撃。
 人知を超えた速度の持ち主で無ければ、かわすのは不可能に等しい。
 だが──

「『物体案内インティアラーマート』」
「……ッ!」

 ──俺は漆黒の槍を外してしまった。

 といっても、正確に言えば俺が外したのではない。
 そして女がかわしたのでもない。
 俺の槍が当たらなったのは、その女が俺の目の前から消えてしまったからだ。

「どこへ……ッ?」
「ここよ。『闇刃ダークエッジ』!」

 声のした方向は俺の後ろ。

 何故だ!?
 確かに目の間にいたはず……!
 いや、そんな事よりも何とかしなければ!

 思考と判断が頭を駆け巡り、回避しろと体に告げる。
 だが背後から聞こえてくる魔術の音は速く、避けられそうにない。
 必死の思いで俺は、前に飛んで避けようとするが――

「がああぁぁ!!」

 時既に遅く、俺の背中からは赤い鮮血が飛び散った。
 そして前に飛んで避けようとしたせいか、そのまま前方に俺は転がり、情けなく横になった。

 ……しかし距離が取れたのは運が良かった。
 とりあえず、立ち上がって、体勢を整えないと……。

「……うぐぅ……くっ!」
「よく身体が千切れなかったわね。……その羽のせいかしら?」
「……あぁ……はっ」

 俺は斬られる直前、一枚だけの羽を背中から生やし、ダメージを軽減した。
 その目論見は成功したが……それでも傷は深い。
 羽も生やさず、前にも飛んでいなかったら、今頃俺はシモンとガルファの仲間入りをしていただろう。

「一枚羽……あなたハーフね。ま、もう関係ないけど!」

 女は再度、手を大きく振り被る。

「……くっ!」

 来る……!
 ならッ!!

「『暗黒斬断ダークネスブレイブ』!」
「……『絶対真眼』!」

 俺は再度その魔術を打ち消した。
 しかしここからが問題だ。

「また消された……!」

 女はまたもや鉄球のいくつかを周囲にこぼす。

 おそらく、こいつが一瞬で後ろに回り込んだカラクリはこの鉄球にある。
 しかし今の俺じゃ勝つのは難しい……。
 なら――

「『岩砲ロックキャノン』!」

 俺がそう叫ぶと、

「『物体案内インティアラ―マート』!」

 女は再びスキルを使い移動しようとする。
 それに対し、俺は巨大な岩の砲弾を飛ばした――後方へと。

 ――バアアァァンッッ!!

 轟く大轟音。
 それによって家の壁は破壊され、道路へと続く大穴が開いた。

「な、なにを!?」
「はぁ……はっ!」

 驚く女を尻目に、俺は雨の降る通りへと背を向けて逃げ出した。

「ま、待て!!」

 女は鬼の形相でその背に漆黒の翼を生やし、足に力を籠める。
 こちらを追いかけてくるつもりだ。

「『成長グローアップ』!」

 俺は家の壁を抜け、通りに出た瞬間。
 空いた壁に植物を生やし、新たな壁にした。
 そしてそのまま走り、

「ぐあっ!」

 後方で起こった小さな悲鳴を耳にする。
 おそらくあの女が植物の壁に衝突したのだろう。

 その音を背後に、俺はその場から離れる為にひたすら走った。
 傘の無い身体は雨に濡れ、必死に走る俺の背からは血が流れていく。
 段々と身体は冷えていき、意識さえ朦朧としてくる。

 そしてどれ程走っただろうか。
 俺はつまずき、その場に倒れた。
 ……もう力は入らない。

 徐々にまぶたが降りてくる。
 でも、まぶたが完全に閉じ切る前に、俺の紅い瞳には何故か足が映った。
 ……まさか、追い付かれたのか?

「……ぶ? ……ル……」

 ……なんて言っているかは分からない。
 それも当然だ。
 俺の意識はその後すぐに途切れたのだから。
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