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第16話 窮極派

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「ふぁ……おはよー」

 顔を洗い終わった僕は、リビングに向かった。
 するとソファーで、リリーがだらしなく横になっていた。

「おはようなのじゃ。今日は学院かの?」
「うん。月曜だからね」

 今も思い出す。三日前……つまり金曜日の出来事を。

 アーギンに一度殺され、必ず図書館に帰ってくると見越したリタの血を摂取し、その後は……。
 はぁ……なんか、色々とやっちゃたなぁ……。

「なに顔を赤らておるのじゃ?」
「いやー、我ながら恥ずかしい事ばかり言ってたなぁって……。それに、リタがいる目の前で『僕が不死王』だ、って名乗っちゃたし……」
「一応、お主の素性は明かさぬよう、あの小娘に厳命しておいたからの。というか、『素性を明かそうとしたら意識が飛ぶ』という契約をしておいた」
「ありがと」

 僕に感謝されたリリーは、むくりと身体を起こし、自身の隣を手でぱんぱんと叩く。
 隣に座れって事だろう。
 僕は制服に着替えながら、彼女の横に座った。

「急に真面目そうになったけど……本題?」
「さようじゃ。お主を図書委員の座に据えようとした理由じゃよ」

 ずーっと気になってたやつだ。
 結局、今回なんでこんな事態になったかっていうと、僕が学院に(裏口)入学するにあたって、図書委員になることを条件とされたからだ。
 もし僕が図書委員じゃなかったら、アーギンと対立することもなかっただろうし、何倍も平和に学院生活を送れたはずだ。

「実はな、最近、『窮極派(きゅうきょくは)』なる一団が、魔法使いの界隈に出現しておるのじゃよ」
「あぁ、なんか冥途の土産に言われた気がする。結局、冥土には行かなかったけど……。で、その『窮極派』は、なんで問題なの?」
「彼等曰く、『真実の歴史を暴く』のが目的らしい」

 その言葉に、僕の背筋が凍り付いた。

 真実の歴史を暴く──
 それ自体は別に構わない。
 歴史を愛する者なら、そういった感情が芽生えるのも当然の事だろう。

 でも、真実の歴史が暴かれるという事はつまり、

「もしかして、不死王……というより、僕のやってきたことが明るみに出るって事?」
「そういう事になるの。お主が守ろうとした平和も、平等も、下手をすれば崩れ去る」
「それは……困るね」

 かつて僕は、終わらない戦争を終わらせるために立ち上がった。
 人間達が、龍と悪魔と対立していた、後の世に、百年戦争と呼ばれる大戦の事だ。

 どちらの陣営も、戦争を止める気配は一切なく、あのままでは、最後の一兵が死ぬまで戦い続けていただろう。
 だがそこへ、僕が第三の陣営として、両者に宣戦を布告したらどうなるか?

 結果として、人間は龍と悪魔と手を組み、僕を退治するために一丸となった。
 そして、長い戦いの末に僕を退治し──戦友として、人間は龍と悪魔と和解するに至った、という訳だ。

 現在の歴史では、不死王が"元々平和だった"世界に混沌をもたらした、とされる。
 もちろん嘘だ。
 後世に禍根を残さないための、カバーストーリーってやつだ。

 だが、この事実が明るみに出たらどうなるか?

 人間は、神を殺した龍を恨み、昔のように龍狩りが再開されるだろう。
 龍と悪魔は、自身の地位を再度高めようと、征服戦争を始めるかもしれない。
 不死(アンデッド)は、不死王を英雄視し、世界に死を蔓延させる可能性がある。

 どれも、最悪の展開だ。
 何のために、わざわざ悪役を買って出たのかが、分からなくなる……。

「……リリー、『窮極派』を止めよう。僕は、もう二度と、戦争で悲しむ人を見たくないんだ」
「全ては、主様の御心のままに……」



 と、『窮極派』なる存在を止めようと、決意した僕だったが。
 学院に登校し、教室に入るなり、
「兄貴ッ! おはようございまーーすッッ!」
 体育会系もびっくりの大声で、"アーギン"に挨拶された。

「……え? え? ど、どういう事!? こ、怖い……!」
「そんな、ドン引きしなくてもいいじゃないですか~!」

 手もみしながら、こちらに近寄ってくるアーギン。

 いや、どう考えても変わりすぎでしょ!
 ついていけないんだけど!?

「無理無理! ちょっと一旦、ホントに離れて!」
「離れてだなんて、ご無体な~」
「だ、誰か男の人呼んでーーっ! た、助けてえぇっ! ぷりーず・へるぷ・みー!」

 その願いが通じたのか、アーギンは襟を掴まれ、軽々と上に持ち上げられる。
 それによって、彼の進撃はいったん止まった。

 どうやら、嫌がる僕と詰め寄るアーギンに、気が付いたランドルフが、助けに入ってくれたようだ。

 二人の状況は、まるで、運ばれる子猫と運ぶ親猫。
 だけど、子猫の方の目つきが、急に鋭くなった。
「離せ、カイウーヴ。お前に用はない」
「うおっ!? 態度の変わり様、ヤバすぎっしょ! 俺っち、嫌われてる!?」
「俺が敬愛するのは、シロガネ・フォ……げふん。シロガネ・シュテル兄貴と、リリー・グラム様だけだ」

 け、敬愛!?
 三日前にあんな事があって、今日は敬愛!?
 手の平くるっくるしすぎて、もはやドリルになってない!? い、いや、焦って、僕のツッコミまでおかしくなり始めた……。

 というかちゃっかり、リリーが"様"呼びになってるし、はたしてあの後、何があったのだろうか?
 まぁ、深追いしない方が身のためだし、アーギンのプライドのためにもなるだろう……。

 い、いや、待つんだ僕!
 なんか現実逃避しようとしてるけど、さすがに、この急激な変化はおかしすぎない!?

「あ、あのさ、アーギン。はぐらかしてもいいから、教えて欲しいんだけど……その……あの後、何があったの?」

 僕は勇気を振り絞って聞いてみた。
 するとアーギンは、懐かしむかのように、恍惚とした少しキモイ表情を浮かべる。

「実は……虐げられる悦びを教えていただいたんです」
「んぬぅっ!?」
「鞭、縄、蝋……どれも素晴らしい文明の利器です! ですが、私は今までその素晴らしさの一端にすら気が付いていなかったのです! でも、それをリリー様が教えてくださいました……」
「いや、そんな遠い目をされてもっ!? なんか、いい話風になってない!?」
「それで、俺みずから望んで、リリー様の隷属魔にさせていただいたんです」
「あ、あわわわわ……」

 ぐっと拳を握り締めるドМ魔法使いに、僕から言えることなんて何一つない。
 ……もう、駄目だ。彼は末期のようだ。
 是非、その拳で自分の顔面を、思う存分殴ってください……。

「ランドルフ、アーギンを離してあげてよ」
「いいの、シロっち? なんか嫌がってたっしょ?」
「いいんだ。もう、誰も彼を止められないよ……」

 地面に下ろされ、襟を払いながら、アーギンはランドルフを睨む。
 リリー様と僕以外の人に対しては、あまり打ち解けた?様子はないようだ。

「この乱暴な獣人(セリオン)から降ろしていただき、ありがとうござます、兄貴」
「彼はランドルフだよ。ランドルフ・カイウーヴ。僕の友達だし……無理にとは言わないけど、仲良くしてやってもらえないかな?」
「ま、まぁ、兄貴がそういうなら……」

 と、しぶしぶ右手を差し出そうとしたとき。
 教室に入ってきた少女の、驚いた様子の声によって、彼の手は引っ込んだ。

「あ、アーギン!?」
「ふんっ、アーネットか……」
「な、なんであなたが、まだこの学院に……っ!」
「リリー様と兄貴の、寛大さゆえだ。お二方は、お前のような器の小さい者とは違う」

 お、おぉっと……。
 なんだが、下手をしたら"決闘"が始まりそうな、一触即発の雰囲気だ。

 僕は、どうしていいか分からずに、二人の顔を交互に見ながら、おろおろとしてしまう。
 助けを求めようとランドルフを見るも、空気が読めないのか、人の好さそうな笑顔が返ってきただけだった。

 これは困ったぞ……!
 清掃員だったころ、清掃しなくちゃいけないところに人がたむろしていた時くらい、困ったぞ。

 完全に困り果てる僕だったが、

 ゴーン、ゴーン。

 ホームルームの到来を告げる鐘の音が、助け舟を出してくれた。
 アーギンもリタも、互いを睨みながら、自分の席に向かった。

「はぁ……。朝から心臓に悪いよ……」
「え? なんで?」
「さすがにKYだよ、ランドルフ!」
「KY? なにそれ?」

 わ、若者ぉ!
 そうか、KYはもう死語なのか……。

「ほ、ほら、空気読めない、の略だよ」
「あーね! 空中に描いた刻印魔術は、なんて書いてるかよく分からないって意味ね!」
「そんな魔法使い的な解釈じゃないよ!」

「ごほん、ごほん! あのぉー、二人とも?」

 あ、やば。
 メレトス先生が、もう既に教卓にいる……。

「廊下に、立っててもらえます?」
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