天狗の隣人

都賀久武

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7 打ち上げ

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 斉田にとってはどうあれ、一年でありながら二位というのは十分な成績だ。機嫌がよくなった担任が予算を追加してくれたらしく、打ち上げに1-Dは焼き肉屋にやって来ていた。煩い高校生の集団に露骨に眉をひそめるサラリーマンなどの脇を通過して、奥の座敷に。
 一旦解散してから集まったので、工藤が入った時には部屋は一杯になっていた。
「おう、工藤。こっちゃこいこっちゃ」
 酒が入ってる訳でもないだろうに、赤い顔で何人か誘ってくれる。そっち側に行ってペラペラの座布団に腰を下ろしながら、部屋を見回す。肉とオレンジジュースとグリル。見知った顔がずらりと並び、不機嫌そうな赤いシャツ。
「あれ、水内は?」
「天狗か。見てないけど来ないんじゃね。おーい、全員そろったぞ」
 さらっと羽の不在を流し、隣が斉田に声をかける。渋い顔のまま頷いて、斉田が立ち上がる。
 え?え?と工藤が戸惑っているまに全員自分の前のコップにウーロン茶だのオレンジジュースだのを注いでいく。乾杯の準備が整ったのを確認して斉田が当然のように乾杯のあいさつを述べ始める。
「今回は不本意な結果でしたが、」「あの、斉田。まだ水内が」「とりあえず御苦労さまでした。みんな頑張ってくれました。認めます」「あの、斉田さん?ちゃんと声かけたんだよな水内に」「今年も、そして今年度も残りわずかではありますが」「ちょっと待って、まだ乾杯とか待って」「この最高のクラスを」「待てって言ってるだろ斉田ぁ!」
 立ちあがって叫んでいた。工藤は思わず俺か?と自分で戸惑うほど叫んでいた。揃って自分の方を見ているクラスメートたちの重い沈黙。
「あ」やっちまった系だ、と工藤は悟る。これはまずい。これはめんどくさい。燃えるような、それでいて冷たい目つきで斉田がトチ狂った工藤を無言で咎めている。
「工藤、座れ」
 言ったのが斉田本人ではなくて例えば隣の席のやつなら、工藤もとどまれたかもしれない。笑ってごまかして後で斉田に土下座しようとか思ったかもしれない。しかし、敢えて執政官閣下の不興を買おうと言うやつはいなかった。本当に、一人もいなかったのだ。
 コップ握ったまま自分を見ているクラスメートたち。上から見下ろして、始めておかしいと思った。何だこいつら。まるで別の学校のクラスのようだ。
 何が最高のクラスだ。めんどくさいだけの、鬱陶しいだけのクラスじゃないか。
「工藤、座れ」
 そっくり同じ調子で斉田が繰り返した。それで逆に工藤は決心がつく。自分を見上げるクラスメートの間をぬって、斉田のもとに。
「工藤」
「おい。あいつになんて連絡した」
 つむじを見下ろすほど真近に来ると、斉田は驚くほど小さい。
「別に。各自飲み物とか持ち寄って住山神社で打ち上げって。まさか信じるほどバカなはずはないと思ったんだけど」
「おいちょっと待てよ。信じるに決まってるだろあいつなら」
「あっそう。それって自己責任じゃないの?」
 あ、ムキになってる。眼鏡のフレームと同じくらい真っ赤な斉田の顔を見て、工藤は逆に冷静になった。
「だいたい、あいつがクラスの結束をってあんたなにしてんのっ」
 ふと思い立って腰をかがめ、斉田のつむじに鼻を近づける。工藤は深くうなずいた。
「なるほど、確かにヤニ臭いわ。お前、禁煙しないと背伸びないぞ」
「…………がっ、きっ、きさっきさっ」
 もう赤と言うか通り越して訳のわからない色になった斉田の顔を見ることもなく、ついでに言うと殴られるのを待つまでもなく工藤はクラスメートたちのいる座敷を、店を飛び出した。
 冬の夜の冷たい空気がに包まれて、一つ大きな深呼吸。
 友達を回収しに行かないと。あいつのことだからほっといたら一晩中待つぞ。
 さてそこから住山神社まで走って行きたい気持ちは工藤にもあった。そっちの方が絶対に様になるとも思った。だってこう言うとき、映画とかなら走るもんだろうと。しかし残念ながらバスで二十分かかる住山町のさらに山の上となると、どう考えても走って行ける距離ではない。寒いし暗いし冗談じゃない。
 工藤はタクシーを拾った。打ち上げで使うと思ってた分カネはあるし。
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