『狭間に生きる僕ら 第二部  〜贖罪転生物語〜 大人気KPOPアイドルの前世は〇〇でした』

ラムネ

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混血の呪

私のお兄ちゃんの声は、冬のホットココアみたいだった。

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一裕は、圭吾の差し出すぬいぐるみをそっと受け取った。そして、両手で包むように抱きしめた。

「なんでだろ、これだけは、怖くない」

そう呟いた声は、まるで幼い子どもが言っているようだった。

蓮くんが口を開こうとしたとき――

カタ

リビングの片隅に置かれた古い椅子が、誰も触れていないのにわずかに揺れた。その椅子には、いつの間にか小さな埃の跡が残っていた。まるで、誰かがそこに座っていたように。りこちゃんが私の腕をギュッとつかんだ。

「……帰ってきた?」



「楽しみにしててね」



楓の声がした。楓の姿はない。

でも、蓮くんも、圭吾も、りこちゃんも声がした方を探すように目だけをキョロキョロと動かしていた。ただ一裕だけは、赤ちゃんみたいなかわいらしい顔でぬいぐるみを抱きしめていた。ぬいぐるみの身体がくにゃりと曲がって、されるがままになっていた。
「あ、あかん。臭い付いてしまう」
一裕は慌ててぬいぐるみを自分の身体から離すと、さっき動いた椅子に座らせようとした。
「あれ、なんか砂ある」
一裕はそう言って、楓がいた余韻を手でパッパッと払ってしまった。そしてぬいぐるみをその上に大切そうに座らせた。
「悪いけど俺シャワー浴びたいし、お前らもそろそろ帰った方がいいだろ」
近くの電柱からカラスが鳴きながら飛び去っていく。
「…じゃあ、お邪魔しました」
蓮くんが牛乳で底が白く濁ったコップをシンクの中に置くと、玄関に向かって扉に手をかけた。
「かえろっか、みんな」

私たちは、圭吾とりこちゃんを連れて自分達の家がある方向へと歩き出す。カラスの声が遠くから聞こえる。夕飯を支度している音が、匂いが、穏やかな風に乗って私たちを通り過ぎていく。

公園が見えてきた。私と蓮くんの、物語が始まった場所。みんなとの出会いのきっかけとなった場所。私と蓮くんの家への道がそこで別れる。

「僕、帰りたくないな」
「りこも」

圭吾とりこちゃんが独り言みたいにポツリとつぶやいた。
「この世界、綺麗なんだ。こんなに色が沢山あったんだなって。もっと、見ていたい」

確かに、このまま圭吾くんとりこちゃんを、みんなが時を失って世界そのものが色を失ったあの世界に送り返すことが、到底正しいとは思えなかった。だからといって、この子たちを蓮くんや私が家に連れ帰ったところで、家族にどう説明すればいいかなんて全く分からない。

「僕たち、ここで生きたい」
圭吾くんとりこちゃんの姿が夕日の逆光で黒い。だけど、二人の眼は夕日に赤く照らされている。
「どうしよっかなー」
蓮くんがため息交じりに、両腕を上に伸ばす。立ち止まって、腕を思いっきり伸ばして、満足すると「っはああ」と腕を振り降ろしながら息を勢いよく吐いた。

「……じゃあ、ちょっと寄り道する?」

蓮くんがそう言って、公園のベンチを指さした。

「俺たちがさ、最初にあの話をしたとこ。ここで、考えてみよう」

四人でベンチに座ると、木々の葉のすき間から西陽が差し込み、影が足元をすべっていった。
風が吹いて、木の上のどこかでセミが短く鳴いた。
「なに、あれ」
りこちゃんが短い腕を伸ばしてブランコを指さした。
「遊んでみる?」
蓮くんがりこちゃんの手を引いて、ブランコに座らせた。りこちゃんの眼がキラキラと光っている。りこちゃんがブランコの椅子に座ると、鎖の擦れる音がした。
「手、ちゃんと握っとけよ。それっ」
蓮くんがりこちゃんの背中を気持ちやさしめに押した。りこちゃんの笑い声が夕焼け空に響いた。圭吾くんは、滑り台の方を見て何だかうずうずしている。
「僕、多分使い方分かる」
そう言って圭吾くんは滑り台の方へ走っていった。すると、圭吾くんは滑り台の滑る方から登り始めた。
「あ、圭吾くん」
圭吾くんは私の声も聞こえない様子で、無我夢中に上っていった。一番上まで上ると、今度は身体の向きを変えた。お尻を滑り台の板に乗せて、両足を上げると、圭吾くんの身体がスッと下に滑っていく。どてっ。圭吾くんが脚を上にあげたまま尻もちを付いた。
「大丈夫?」
圭吾くんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で正面を見ていたが、すぐにニカッと少年の笑みを浮かべて立ち上がると、お尻の砂を手で払った。
「もう一回やってみる」
そう言って圭吾くんは、また同じ方法で滑り台を滑っては尻もちを付くことを繰り返していた。りこちゃんの笑い声がする。りこちゃんの背中を押す蓮くんの笑顔が眩しい。

もし、りこちゃんと圭吾くんが私たちの子供になってくれたら。

私は、頭の中に浮かんだことを振り払うように頭を振った。結んだ髪の毛が顔に当たる。声に出てしまっていなかっただろうか。私は気まずくなって、蓮くんの笑顔から顔を背けた。

「おう」

聞き覚えのある声がした。
「あ、お兄ちゃん」
塾のカバンを肩から下げたお兄ちゃんがいた。

「おかえり」

峻兄ちゃんの声は、冬の朝のホットココアみたいだった。








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