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仮面を被った人外
血が苦手な知り合いが吸血鬼になってる?!
しおりを挟む翠さんが案内してくれたのは、料亭の中でも首相レベルの人間しか入ることを許されないVIP席。庶民の姿をしてきた私たちの姿が悪目立ちする。
「仕切りをお作りいたしますわね」
翠さんが天井を見た。私たちもつられて見る。
ウィーン
掃除機を限りなく静かにしたような音がしたかと思うと、透明な板が壁を作るように私たちを囲むよう天井から降りてきた。
カチ
透明な板が私たちを囲んだ。りこちゃんと圭吾くんは何が起きているのか分からないといった表情で翠さんを見ている。
「翠さん、透明と違いますか」
蓮くんがそういうと、翠さんは綺麗な指で透明な板に触れた。
サッ
透明だった板が白くなった。
「色もお好きなものに設定いたしますが、いかがなさる?」
翠さんが板に触れるたびにグレー、ピンク、ベージュ、と色んな色に板を変えて見せた。へえ、こんな技術あったんだ。
「りこ、虹色がいい!」
壁の中にりこちゃんの声が響く。
「りこちゃん、他のお客さんもいるから。」
そもそもここは、庶民が入って良いような空間じゃない。
「いいえ、防音システムが搭載されておりますから、好きなだけ騒いでいただいて構いませんのよ」
一裕は翠さんの横に座って、翠さんの横顔に見とれて、もはや私たちを連れてきているということすら忘れていそうだ。
「虹色っと」
翠さんはピアノの鍵盤を叩くように、指を壁に触れさせた。
「りこちゃん、これでいかがかしら」
空に浮かぶ虹に包まれているような感じがする。
「ちょっと落ち着かねえけどな」
「りこ、これ好き!」
りこちゃんが蓮くんの声をかき消した。翠さんは美しい笑顔をりこちゃんに向けた。
「ランチのメニューはいかがなさる、皆さん」
「お金が…」
「ふふ。今日だけは特別ですわ」
そう言って翠さんは両手の人差し指と親指で三角形を作ると、それを横に広げた。空中に文字が浮かぶ。
「うちは和食専門ですが、ご希望でしたらイタリアンでも対応させて頂くわ」
蓮くんは浮かぶ文字一つ一つを目でなぞっていく。ブブっ。マナーモードにしていたスマホから新着メールの通知が来た。翠さんに気付かれないように机の下でスマホの画面を開いた。
『佳奈美、この人、地球人じゃないと思う』
ふと視線を感じる。私の隣に座っていた圭吾くんが、蓮くんからのメッセージを読んでいた。私は慌ててスマホを消してカバンにしまった。圭吾くんは、最初から分かっていたような表情を浮かべて、空に浮かぶ文字列を眺めていた。
「宇宙人っていますか」
圭吾くんが宙に浮かぶ文字を見たまま尋ねる。
「あ、そうそう。思い出した。俺ね、前に知らない男の子から、あなたは宇宙人の女の人と恋に落ちて子供を産んで、それが僕なんですって言われたことがあるんだよ」
一瞬、父親としての一裕が戻ってくるのではないかと思って身構えたけれど大丈夫だった。
楓。
この名前さえ出さなければきっと大丈夫。
「あらやだ、私が宇宙人だっていうのかしら一裕さん」
「そんなんじゃないよー」
ひたすら翠さんを避けてきた圭吾くんが、しっかりと翠さんの顔を見据えた。
「だったらこれは、なんの技術ですか」
翠さんは圭吾の眼をじっと見る。
「親戚の叔父様方が頑張ってお作りになったのよ。商用化はしておりませんから、初めてご覧になったのね」
「…僕、トイレ行きたいです」
圭吾は突然トイレに行きたいと言い出した。翠さんに一度壁を外してもらって圭吾くんがトイレに向かう。トイレのマークはここからでも見えるくらいに近くにある。圭吾くんもそれを確認した。だけど。
「蓮お兄さん、いや、佳奈美お姉さんついてきて。僕、トイレは女の子用でしないといけないから」
私たちはトイレに入った。私たち以外にトイレの利用者はいなかった。
「お姉さん、あの人、嘘ついてるね」
圭吾くんはそう言って、用も足さずにトイレの個室から出た。
皆のところに戻ると、豪華な料理が机を埋め尽くしていた。テレビでしか見たことのない高級食材が真っ白な皿に盛りつけられている。
「では全員揃ったことですし、頂きましょう」
翠さんは今回は壁を作らなかった。圭吾くんは、翠さんが食材を口に運んでいくのをただ黙って見守っていた。
翠さんていう人、前に楓くんが言っていた、一裕が恋に落ちるっていう宇宙人なのかな。
でもそうなったら、楓くんはまた同じ運命を辿ってしまうんじゃないか。
全員の皿が空になった。りこちゃんの小さなお腹には多すぎたようで蓮くんが手伝ってあげた。圭吾くんは食欲がない様子だったから私が手伝った。
「皆様と楽しい時間を過ごすことが出来て、本当に嬉しうございますわ」
翠さんのその言葉が、私たちと翠さんのその日の会話に終止符を打った。
ショッピングモールを出て駅に向かう。電車に乗って家の最寄り駅まで揺られる。今日のことが、グワングワンと頭の中を走馬灯みたいに駆け巡っていく。
「ちょっとね、俺気になることがあって」
背もたれに身を預けた一裕が電車の照明を見ている。
「蓮、佳奈美さん。俺の歯、見てみてくれへんか」
一裕はそう言って私たちに口を開けて見せた。蓮くんが一裕の口の中を覗き込む。私と蓮くんの間に座っている圭吾くんは、蓮くんの背中から顔を覗かせて口の中を見ようとしていた。りこちゃんは、私のもう反対隣りでよだれを垂らしながら眠っている。
キラッ
私の視界の端っこで何か白いものが光るのが見えた。それは一裕の犬歯だった。でも何か変。私たちのよりもずっと尖っている。
「かず、お前、あれみたいだ」
蓮くんが一裕の口を両手で抑えたまま言った。圭吾くんの眼が見開いて、血の気が引いている。
「どうして、僕がドラゴンのいる王国にいたときのものが」
圭吾くんの口がワナワナトと震えている。
「あれは、吸血鬼だ」
「へ」
一裕が口を開けたまま圭吾くんの方を見た。
「俺、血なんて吸ったことないよ」
一裕の身体が変わり始めている。楓くんが伝えてくれたストーリーから逸脱し始めている。これは楓くんが望むことなのか、それとも…。
「一裕お兄さん!」
圭吾くんが蓮くんを突き飛ばして一裕にのしかかる。蓮くんが床に倒れて、スマホを見ていた他の乗客の視線を一斉に浴びる。
「僕がいた世界に行ってみよう!」
圭吾くんが一裕の襟を掴んで顔に向かって叫ぶ。
「…世界って…君、どこから来たのよ」
襟を掴んでいた圭吾くんの手が離れる。
「確かめないといけないことがあるんだろ、きっと」
蓮くんが床から立ち上がってお尻についた砂利を手で払いながら言う。
「お前がこの世界で、血を欲する前に」
「……俺、血見るの怖いのに」
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