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引き裂かれた双子の宿命
本当の父親が誰なのか、彼らは誰も知らない。
しおりを挟む血で汚れた煉瓦。家の面影は残っていない。
母親と思われる若い女性が、赤ちゃんを男に渡さないように抵抗している。殴り、蹴とばし、叫び、罵る声。
男は朱色の瞳を持っている。
クランシーだ。
『私を殺して!子供は殺さないで!』
クランシーが持っている剣が赤ちゃんの首に当てられている。剣の先が震えている。クランシーは怖れているのだ。自分が、人でなくなってしまうことを。
『でもよ、そのガキ…』
赤ちゃんは、確かに母親の腕の中で息をしていた。だけど、母親に抱かれて、苦しそうに息をしている。安らかに眠ることが出来ないでいるのだ。我が子を守りたい母親の心が、我が子を苦しめている。クランシーが剣を振りかざした。
『やめて!』
母親は赤ん坊を自分の腕で守った。腕に食い込むクランシーの剣。赤ん坊の痩せこけた顔に母親の血が一滴垂れた。
『いい加減にしてやれよ!楽にしてあげろよ。我が子を死なせる罪なら、俺が代わりに背負ってやる。天国で思う存分遊んでやれよ!もう、このガキに、俺の醜い姿なんて…見せないでくれ!』
あれ?
王国に戻っている…?
王国の人々が熱烈に還ってきた兵士を迎えている。王国の人々は、皆、涙を流している。でもそれは、愛する者を失った悲しみからではなかった。王国で初めて、兵士が全員生還した戦いだったのだ。
『リオンドール陛下!万歳!』
赤ちゃんを抱えた女の人と抱き合っている男の人が叫ぶと、他の人々もそれに続いた。
『万歳!万歳!』
ピンクや黄色の花々が兵士の上を舞っている。緑や紫の鳥たちが歌っている。王国に生きる全ての魂が、リオンドールを讃えている。クランシーが、アンバーと別れた家の前で誰かを探している。
『アンバー…?』
アンバーの姿がない。女は皆、男を迎えに行ったのに。
『どちらさまですかね』
家の中から、エプロンを付けた50歳くらいのおばさんが出てきた。クランシーは彼女を見て、家を間違えていないか確認した。でも、間違いなくここは、クランシーがアンバーを抱きしめた場所。
『あの、ここに住んでいた女性って…』
『ああ、』
おばさんは何かを知っているようで、パンっと手を叩いた。
『前に住んでいた人ね、赤ちゃんが生まれた直後に亡くなってしまったらしいのよ。噂では赤ちゃんも亡くなってしまったってねー、私にも子供がいるから気の毒で気の毒で』
クランシーは橋の下で地面にうなだれて腰を下ろしていた。そこは、クランシーが初めてアンバーに出会った場所だった。
『俺たちの子…アンバーが…死んだ?…おい、これはお前らの俺に対する報復か。お前らを殺した俺が…憎いだろうな。でも、俺にも、愛した人がいたんだ…』
クランシーが空を仰いだ。朱色の瞳は、絶望と後悔と懺悔を宿していた。
『アンバー…アンバー!!』
クランシーの悲痛な叫び声が橋の下をこだました。リオンドールは間違いなく、王国の民を、クランシーを守ろうとした。だが、自然の定めには抗うことが出来なかったのだ。赤ちゃんや幼児の笑い声が市場から聞こえてくる。
『…いいな…』
王国が歓喜に満ちる中、ただ一人の男だけが悲嘆に暮れていた。
同じころ。
リオンドールもまた、愛する者の死を目の当たりにした。
『王妃は間違いなく、ご懐妊…なさっておいででした』
金色の瞳が絶望に揺れる。
『懐妊、していたとはどういうことだ』
『…流産なさいました。王妃は…お子と一緒にいらっしゃいます』
リオンドールが胸の中から、王妃の肖像画のキーホルダーのようなものを取り出した。王妃の瞳は、朱色。リオンドールが愛した色だった。
『朱色の瞳は、私を拒絶するのか…?我が弟、我が王妃よ…龍王様、獅子王様、あんまりです。私から愛を奪わないでくださいませ。罪ならば貴方様の元へ参った時にいくらでも背負いましょう。人生、わずか100年。どうか、せめてその間だけは、私に愛をくださいませ…』
金色の瞳が、一筋の涙を流した。
今日、双子は、自分の愛を奪われた。自分に愛という感情を教えてくれた人を、守ることが出来なかった。
愛のために戦いに行った男を迎え入れたのは、ただの空虚だった。
『陛下、至急こちらへお越しくださいませ』
あの伝令の少年がリオンドールのところへやってきた。リオンドールはしばらく王妃の肖像画を眺めると、大切なアルバムをそっと棚の奥にしまい込むように、胸の内ポケットにしまった。
『何の用だ、伝令。』
リオンドールは月光石が散りばめられた大理石の王座に腰を下ろした。リオンドールは背もたれに背中を預けて天井を仰いでいる。涙はもう流していない。一つの国を治める人間として、私情に支配されるわけにはいかなかったのだ。だが、金色の瞳は輝きを失っている。伝令が何かを胸に抱いている。焦げ茶色の毛布が何かを優しく包んでいる。リオンドールはその毛布に気が付くと、王座に腰を下ろしたまま、目を丸くして毛布を指さした。
『何故それをそなたが持っているのだ』
それは、まごうことなき、リオンドールとクランシーを包んでいたあの毛布だった。
『王城と城下町の間に川が流れておりますのを陛下もご存じのこととお見受けします。市場の視察からの帰途に赤子の泣き声が川から致しましたので、拾い申し上げた次第でございます』
リオンドールは腕を下ろした。
『孤児は孤児院に預けるしきたりではなかったか』
『ご無礼をお許しください』
伝令はそう言うと、毛布にくるまれた赤子を抱いてリオンドールの前に立った。
『陛下に一度ご覧いただきたく』
伝令が毛布を取り除くと、眠った赤ちゃんが姿を現わした。
淡いオレンジ色の柔らかい髪。伝令が赤ちゃんの柔らかい頬を指でそっと突くと、赤ちゃんが目を開けた。
『この瞳は…!』
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