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引き裂かれた双子の宿命
第一王女様の剣術の相手は、私たちが知っている人でした。
しおりを挟む朱色と琥珀色が混ざった瞳。それは、そう、楓色。
この赤ちゃん、もしかして…?
『赤子のすぐ隣に母親と思しき女性が息絶えておりました。出産直後なのか、股から血が流れておりました。おそらく、赤子の父親は先の戦いで徴兵されていて、赤子の面倒を見ることが出来るのは母親だけだったと思われます。しかし、最期を悟った母親が、誰かに拾われることを祈って赤子を捨てたのでございましょう』
伝令が淡々と見たことをリオンドールに報告している間、リオンドールの瞳は絶えず揺れ動いていた。困惑と喜びと感謝と安堵。
『ああ、そなたは我を愛してくれるか…?そなた、私を父にしてはくれまいか…私が大切な者たちを愛せなかった分、人生を懸けてそなたを愛し続けると誓おう』
次の日。
リオンドールは第一王女の誕生を王国の民に知らせた。王妃が流産し、子どもの後を追った事実を封印して。
王妃はもともと病弱だったようで、リオンドールが王妃の死を「出産に伴う感染症による病死」と報告しても、誰もリオンドールを疑う者はいなかった。
赤子を連れてきた伝令を除いては。
王国中に祝福の鐘が鳴る。
『へえー、あいつ、子供が生まれたのか』
クランシーが祝いの旗を高々と掲げる王城を見ている。
『帰る家、無くなっちまったな…』
クランシーが帰る当てもなく、フラフラと街へ戻っていった。龍王と獅子王の装飾が施された巨大な旗が、王城の頂上でたなびいていた。
『お父様ー!』
第一王女は、ちょうどりこちゃんくらいの年齢になっている。リオンドールも30歳近くになって、青年らしさは失われている。書斎で色々な書類に目を通したりサインしたりしているリオンドールの太ももに、第一王女が抱きついた。楓色の瞳が金色の瞳を見上げている。
『メイプルよ、どうした』
リオンドールがとろけそうな目で第一王女を見つめている。リオンドールの大きな手が、三つ編みをしたオレンジ色の柔らかな髪を撫でている。
『メイプル、お父様に言いたいことがあるの。お父様、大好き!』
リオンドールは立ち上がると、第一王女を抱いて書斎の窓際に立った。
『おうさまー!』
窓の外から街の子供たちがリオンドールに手を振っている。リオンドールはその子達に威厳のある優しい笑顔で手を振り返す。
街には子供が溢れかえっている。リオンドールが即位して、朱色を忌み嫌う風潮を積極的に正し、孤児院の整備をしたのだ。クランシーと同じように、朱色の瞳を持って生まれた赤ちゃんたちが捨てられずに済むようになったのだ。孤児も今では王国が直接経営する教育施設で最低限の学力を身に付けることが出来るようになったのだ。
『あの子、メイプルと似た色の目だね』
今では、朱色の瞳は、ただの瞳でしかないのだ。
『ああ、綺麗な瞳だ。メイプル、父には仕事が沢山あるんだ。遊んでおいで』
リオンドールは第一王女を下ろして侍女に連れて行かせると、書斎の椅子に腰を下ろした。娘を愛おしく見つめていた瞳は、再び真剣なものになった。
『犯罪を抑えることが出来ればどれだけ良いか。犯罪を犯すものが全員、悪人であるわけではあるまい。民の生活の質をもっと上げねば…親が牢獄に入れられている間、子供達は飢えてしまう…私があの日、橋の下で見たような光景は二度と繰り返してはならない…』
街では獅子王様の生まれ変わりだと噂される立派な君主でさえ、子供達全員を救うことは困難なのだ。
『伝令、クランシーを呼んで来い』
…え、クランシー?
10分くらいして伝令が朱色の瞳の男をリオンドールの元へ連れてきた。
『なんです、兄貴』
あれ…?
クランシーがリオンドールのことを兄と呼んだ…?
『クランシー、そなた、牢獄で孤児を捕えては世話をしているそうだな。褒めて遣わす』
リオンドールとクランシーは、最初から兄弟であるように振舞っている。
『俺、あんたのこと嫌いだったんだけど、今の王国は好きなんだ。死んでいく子供たちを見ずに済む。俺は勝手に怖がられて捨てられたけど、俺も兄貴のことを拒絶してすまなかったよ』
クランシーがリオンドールの隣の椅子に遠慮することなくドカリと腰を下ろした。
『まあさ、兄貴だって完璧になんでも出来るわけじゃない。孤児の面倒を見る手伝いくらいはしてやる』
『孤児の養育施設の案を出してくれたことは今でも恩に着ている』
クランシーはリオンドールの顔に一度笑顔を見せると、床に視線を落とした。
『最近さ、刑罰を厳しくしただろ。良い考えだと俺は思うよ、治安は良くなってきているんだから。でも、その分、死刑囚も増えているんだ。死刑囚にだって子供はいる可能性は十分ある』
リオンドールの瞳が曇った。
『…弟よ、私は間違っているだろうか』
クランシーは首を縦にも横にも振れないでいる。
『俺さ、死刑囚の子供を見つけたら孤児院で世話するから。…陛下、許可を』
リオンドールが首を縦に振ると、クランシーはリオンドールに一礼して部屋を出た。
『あ、叔父様』
『お前、大きくなったな!』
部屋の外で第一王女とクランシーが慣れ親しんだ様子で話しているのが聞こえる。
リオンドール皇子、伝令、第一王女、そしてクランシー。この時は誰も、第一王女がクランシーの娘であることを知らない。
『ねえねえ、伝令』
クランシーが王城を去って牢獄に戻ったころ、第一王女は再びリオンドールの書斎にトコトコと入ってきた。伝令は常にリオンドールの側にいる。伝令は何かとリオンドールにも信頼されているらしい。
『いかがいたしましたか、メイプル様』
伝令が自分の腰より低い第一王女に深々と敬礼した。
『あれ、やってみたい。相手をして』
第一王女は伝令をどこかへ連れていく。キンッカキンッ金属と金属がぶつかる軽快な音がする。第一王女は、剣術を習おうとしているのだ。
『恐れながらメイプル様、剣術は男児の嗜みでございます』
剣術の稽古をしていた男の子たちは、第一王女に気が付くと、一斉に剣を振るうのをやめて第一王女に深く敬礼した。
『まあ、よいではないか。剣術を好む子供は偶然男児が多いというだけに過ぎぬ』
仕事をひと段落させたのか、リオンドールが二人の元にやってきた。リオンドールが来ると、男の子たちは一層深く頭を下げた。リオンドールはその中の一人に近づいた。タイガーアイのような色の長い髪の毛の男の子…?
この子…どこかで見覚えがある気がする…
『そなた、娘の相手をしてやってくれぬか』
『光栄でございます、陛下、メイプル様』
…この声!
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