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静かなる暴走
黄泉の国への誘い
しおりを挟む『起きろ、ウルフ』
『ウルフ、起ーきーてー』
『起きてよ、起きてよ』
身体が暖かい。俺のお腹の上で3つのボールのようなものがピョンピョンと跳ねている感触が、服の上から伝わってくる。
『あ、起きた!』
ゆっくりと目を開けると、俺のお腹の上で3つの火の玉がピョンコピョンコ飛び跳ねている。ピンクの火の玉、黄緑色の火の玉、水色の火の玉。
『久しぶり!』
黄緑色の火の玉から圭吾の声がする。それなら、水色の火の玉は、りこか?
俺は温かくて柔らかい砂の上に仰向けで横たわっていた。他の皆もぐったりと横たわっている。
「ここは…」
俺の右隣には蓮が、薄っすらと目を開けて横たわっている。
『お兄さん、お姉さん』
佳奈美さんは、俺の左隣に横たわっている。圭吾は蓮のお腹の上で、りこは佳奈美さんのお腹の上でピコピコと跳ね回っている。
「…りこちゃん?圭吾くん?」
佳奈美さんの目がゆっくりと開いた。佳奈美さんは重たそうに身体を持ち上げて辺りを見回した。佳奈美さんの背中から、浜辺にあるような細かい砂がパラパラと落ちた。
「これが…あの世」
峻兄さんは覚束なくふらつく脚を手で押さえながらゆっくりと立ち上がって、桜大がいるところまで歩いていった。桜大は、圭吾達がエメラルドやサファイヤにまとわりつくようにして飛び回っいるのを、ただ黙って見守っている。他の皆は目覚めた後も、ぐったりと砂の上に横たわっていた。
俺は起き上がって後ろを振り返ってみた。目を凝らすと、はるか遠くに海のように大きい川が一本流れているのが見える。
あれが、世に言う三途の川…。
『あ!生きてる人!』
『わぁ!』
『珍しい!僕たちよりも年上だ!』
桜大の火の玉が浮かんでいるところより20mくらい向こうから、突然色とりどりの火の玉が大量に現れた。ワラワラと大量に俺達のところにやって来る。ケラケラと笑いながらピョンピョンと、宙を跳ねるスーパーボールのように跳ねながらやって来る。大量の火の玉が、俺の服の中に潜り込んだり俺の髪の毛をグシャグシャにして遊び始めた。
『こら!待てー!』
男の叫ぶ声が何処からともなく聞こえたかと思うと、10mくらい先に、俺と同い年くらいの男が突然現れた。俺よりは背が高いけど峻兄さんよりは低い。白い生地で出来た、和服のようなものを身にまとっている。
男は俺達に大量の火の玉が纏わりついているのに気が付くと、ダダっと物凄い勢いでこちらに駆け寄ってきた。
『申し訳ありません。ほら、戻れ戻れ』
男は俺達に引っ付いている火の玉を1つずつ離していく。
『うわ、中村のオッサンだ!』
『オッサンちゃうわ!』
『キャハハっ』
火の玉は男に掴まれると、楽しそうな笑い声を上げながら一つまた一つと姿を消していった。俺も含めて皆、いきなりあの世に来たかと思えば火の玉に囲まれ、何故か男が突然現れて火の玉が消えていく状況に、ただ唖然とする他なかった。
『中村さん』
状況が落ち着き始めた頃、桜大の火の玉が「中村さん」に近付いた。圭吾とりこの火の玉は、まだ蓮たちの傍にフヨフヨと浮かんでいる。
『楓に面会させたい人がいるんですけど』
男は俺たちの顔を一人ずつ見ていくと、顔を曇らせて桜大に向き直った。
『桜大くん…生者をこんなに連れてくるのはちょっとね…危険行為だからやめてね』
桜大の火の玉が反発するように一瞬光った。
『連れてきたんじゃない。開いちゃったんだもん!俺のせいじゃないもん!』
俺たちの前では、峻兄さんと同い年である自覚からか大人びた言動を取っていたが、男を前にすると、桜大も10歳らしい振る舞いだ。
『あ、そう言えば、あの世とこの世の境目が割れた所があるって連絡来てたわ』
男はそう言うと、圭吾とりこを手招きして自分のもとに呼んだ。
『迷い込んでしまわれた生者の方々ですね。出口までご案内します』
俺達を生者の世界に送り届けようとし始めた男を、一裕と彗星が抱き着いて止めた。
「息子に会わせてください!」
『息子?失礼ですが、年齢を伺っても』
「俺も彼女も17歳です」
『…息子さんのお名前と年齢は』
「楓です。10歳のはずです」
一裕がそう答えると、男は目を丸くして一裕と彗星の顔を交互に見た。
『10歳?!本当に息子さんですか』
致し方ない。流石に7歳で子供を産むのは、生物学的に無理がある。
「私達の息子ではないです。でも、私達の息子になるんです!」
『…は?』
致し方ない。2人の事情を何も知らない人が聞いたら、2人は理由のわからないことを喚いているのだから。
「えっとですね…」
このままではきりが無いと思ったのか、峻兄さんが間に入って、俺達が経験してきたことを全て、詳しく丁寧に説明し始めた。
『…へええ。そんなことが、あるんですか…』
男の周りで、圭吾とりこが男の腰の辺りをグルグルと回りながら追いかけっこをしている。
『楓ですか…確かに、珍しく生まれることを拒む魂だったので、私も困惑していたところで…』
圭吾とりこが、追いかけっこをしているうちに、段々喧嘩っぽくなってきた。男は両手の人差し指で、火の玉をそれぞれポンポンと優しく叩いて落ち着かせた。
『楓に関しては、こちらも対処させて頂きますが…ただ、身体に生じ始めた異変については何とも…。上司に相談はしますが、お力になれるかどうか…』
桜大の火の玉が、男を通り過ぎて向こうに飛んでいく。
『中村さん、俺と圭悟と莉香の転生手続きの受理内容に異変が生じていないか、確認したいんだけど』
早く楓に会いたくて男にしがみついている一裕と彗星を、蓮と佳奈美さんが宥めて離させた。俺はさり気なく、佳奈美さんの吸血鬼化が進んでいないかを確かめたが、状態に変化はなかった。佳奈美さんの上着のポケットに、りこの火の玉が出たり入ったりを繰り返して遊んでいる。
『そうだな。受理内容に変化があれば、すぐに報告しないと。皆さんもよければついてきてください。ご協力できることがあるかもしれません』
男はそう言って桜大の火の玉を手に乗せると、俺達を何処かに連れて行こうとした。
「あの」
蓮が、男を呼び止めた。
「俺達、生きてるんですけど、行っても大丈夫なんですか」
男はくるりと振り返った。
『ご安心を。ここは完全には死者の世界ではありません。貴方がたを死者の世界に連れていくことは致しません。ただ、間違って死者の世界に入ってしまわれた場合は責任をおいかねますので、十分にお気を付けください』
一歩間違えれば死ぬ。
俺は唾をゴクリと飲み込んで、男の後をついて歩いた。
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