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静かなる暴走
Dr.レオ
しおりを挟む誰かが食堂に向かって、全速力で走って向かってきている足音。
食堂の扉が、ガラリと大きな音を立てて開く。
『どうされましたか』
扉の向こう。
30代くらいの、白衣を着た、顔の整った男性。転生受付所からそのまま走ってきたのか、中村と並んで肩を上下させている。
「この子の心臓を確認してほしいんです!地球人には、まだ分からないこともあるでしょうが、そこは俺に任せてください!」
普通なら、自分が宇宙人であることを仄めかすようなものの言い方をされたら気になって仕方がないところを、その男は、分かりましたと短く返事をし、どこからともなく現れた担架に楓を乗せて、スタッフ室に向かい始めた。
「楓がどうしたんだよ!」
やっと会えた息子に、異変が襲った。
一裕と彗星がエメラルドの襟首を掴んで、楓に何があったのかを問い詰めている。
「黒憶虫は…」
2人に激しく揺さぶられながら、エメラルドが静かに口を開いた。
「俺も昔に獣神国で寄生されたことのある虫だ。その寄生虫は、誰かの一番つらい記憶と誰かの一番幸せな記憶を餌に、体内に蔓延る。一番の問題は…」
エメラルドが自分の襟首から、そっと一裕と彗星の手を外し、2人の目をしっかりと見て言った。
「その巣が、心臓だってことだ」
ドクン…ドクン…
俺の胸の中で、心臓が息をしている。
「楓は…どうなるの…?」
左目に涙を溜めた彗星の膝が崩れ落ちる。
「やっと…会えたのに…」
彗星は、顔を両手で覆って泣き始めたが、すぐに顔を上げて立ち上がり、楓が運ばれていった方に向かって勢い良く走り出した。一裕も彗星の後を追って走る。蓮と佳奈美さんも、釣られるようにして2人の後を走って追いかけ始めた。
「待て!」
食堂から飛び出していく寸前の彗星の前に、エメラルドが両腕を大きく横に広げて立ちはだかった。
「通して!」
「駄目だ!」
食堂と通路の間にある扉を挟んで、彗星とエメラルドが睨み合っている。
「彗星たちには見えなかったみたいだが、楓の吐瀉物から黒い煙のようなものが昇っていた。黒憶虫は、植物みたいに胞子を撒く」
バットが初めに気付いた黒い煙は、黒憶虫とやらの胞子らしい。
彗星は、自分の前に立ちはだかるエメラルドを強く睨んで叫んだ。
「さっきから何なの!黒憶虫なんて知らない!」
「そうだろうな!!」
狼の唸り声が混ざったような、エメラルドの怒鳴り声。鋭い緑色の眼光が、彗星を貫く。エメラルドの大きな口から、鋭い牙がギラリと光っている。彗星が一瞬だけ肩をすくめた。
「黒憶虫は、獣神国にしかいないんだからな…」
エメラルドはそう呟くと、溜息を付きながら広げていた腕をゆっくりと下ろした。
「兄上に連絡した。もうすぐで獣神国から、王族直属の医師が到着するはずだ」
エメラルドの後ろから、通路を火の玉が一つ飛んでくるのが見える。
『ねえねえ』
晴馬だ。
『エメラルドにそっくりな、狼男が一人俺の後をついてくるんだけど…』
晴馬が何かに怯えるように、俺の襟を通って服の中に潜り込んできた。俺の服の中で、晴馬の火の玉がポウッと小さく光る。
カツ…カツ…
晴馬が飛んできた方から、足音がゆっくりと近付いてきた。
『あいつだよ…』
晴馬が俺の服の中から、足音の主を見ながら俺の耳元で囁いた。
アドルフでもない。
ランドルフでもない。
全身が海のように深い青色の毛に包まれた、一人の狼男。
いや…違う。
ライオンだ…。
群青色のたてがみが、男が歩く度に揺れる。
夜空の中、金星のように光り輝く金色の瞳。
「ラルフ様」
彼はエメラルドの前に膝まづくと、エメラルドの爪先に口付けをした。
「アドルフ国王様の命で参りました」
床を伝って心臓に響いてくるような、深い声。
「レオ」
男の名前は、レオ。
エメラルドの声は、いつになく威厳に満ちていた。エメラルドはしゃがむと、レオの顔を上げさせた。
「レオ。頼む。黒憶虫に寄生された少年がいる。他の3人にも感染してしまった」
レオの金色の瞳が、エメラルドの言葉にキラリと光った。
「症状は」
ドクン…ドクン…
レオが声を発するたび、俺の心臓が呼応するように胸を叩く。
「少年が黒い吐瀉物を吐いた」
レオはエメラルドにそう伝えられると、カッと大きく金色の目を見開いた。
「ラルフ様。今すぐに少年のもとへ」
エメラルドはしっかりと頷くと、楓が運ばれていった部屋に向かって早足で歩き始めた。一裕と彗星が、エメラルドとレオの2人の後をついて行こうとしたが、レオがそれを止めた。
「恐れながら、黒憶虫が地球人にどのように作用するのか分かりかねますので、少年を訪れるのはご遠慮ください」
彗星は、レオから「地球人」と呼ばれると、一瞬だけ何かを言おうとして口を開いたが、すぐに思い出したように口をつぐんで俯いた。
「エメラルド、俺達どうすれば良い?」
遠のいていくエメラルドの背中に向かって、蓮が叫んだ。通路に蓮の声が木霊する。
「詳しい話は後でするから、今は兎に角俺達にも楓にも近付くな。それと、火の玉たちが、楓のお見舞いをしないように言っておいてくれ」
エメラルドは振り向きざまにそう言うと、再び俺達に背中を向けて通路の奥へと歩き始めた。その後ろを、レオが一歩遅れてついて行く。
「楓…」
火の玉たちがいない食堂。
食堂からは、いつもの賑やかさは完全に失われた。
遠のいていくエメラルドとレオの後ろ姿を見送りながら、何も出来ないもどかしさに抗う一裕の声が、静かすぎる食堂に寂しく響いた。
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