『狭間に生きる僕ら 第二部  〜贖罪転生物語〜 大人気KPOPアイドルの前世は〇〇でした』

ラムネ

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静かなる暴走

別れの時は刻一刻と

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「なあ…?」

気が付けば俺達は、腕を広げて畳の上に横たわっていた。

明かりの消えた電気の紐が、扇風機の風に吹かれて振子のように揺ら揺らと揺れる。天井の模様を目でなぞる。

部屋にはバットと俺の2人だけ。

近くの公園で火の玉たちが遊ぶ声が、何処か遠くから聞こえてくるように感じる。バットは仰向けになって、部屋の壁に貼られた今月のカレンダーを目を細めて見ている。

「俺達、あとどれくらい死者の世界にいると思う?」


死者の世界…。


そうだった。俺達は桜大に連れられて楓に会うためにここに来た。

「俺達が死者の世界に来て、4日くらい。中村が、死者の世界の1日は、生者の世界の1時間弱だって言ってたよな?…ということは、生者の世界は多分4日前の午後10時くらいだ」

俺達は彗星の運転手さんにアパートまで迎えに来てもらって、確か夕方の6時か7時に死者の世界に飛ばされたはず。

「運転手さんを待たせたままじゃね…」

バットは無表情な天井をボンヤリと見つめている。

「…帰るのか?生者の世界に」

俺が、暗がりに薄っすらと見えるバットの横顔に声を掛けた時。

ガチャ

部屋の扉が勢い良く開き、ヘトヘトに疲れた蓮たちと、まだまだ元気な大量の火の玉が一斉になだれ込んできた。蓮と一裕が、俺とバットを挟むようにしてほぼ同時に畳の上に倒れ込んだ。2人とも顔が火照っている。火の玉たちのはしゃぎ声に混ざって、2人の息切れが途切れ途切れに聞こえてくる。

「昼ご飯の後、5時間くらい休憩なしで遊びに付き合ってたんだ」

エメラルドとサファイヤは、もともと人間でない動物だから体力が人間の何倍もあるのか、少しも疲れた様子を見せずに、一裕が倒れ込んでいる畳に腰を下ろして寛いでいる。

「峻兄さんは?」
「シャワー浴びに行った」

エメラルドが立ち上がり、部屋の電気を点けると、部屋中を蝉のような元気な声を出して、トンボのような素早さで追いかけっこをしていた数え切れないくらいの火の玉が、畳に横たわる俺とバットの身体の周りをグルグルと回りながら飛び始めた。

『吸血鬼に変身して!』
『コウモリになって!』
『ワシになって!』

火の玉たちは、雛鳥のように甲高い声で俺達の耳に向かって口々に叫ぶ。

晴馬め。

俺達が吸血鬼だということ、バットがワシになれること、そして俺がコウモリになれることを友達に言ったな。

俺は重たい身体を起き上がらせ、目を瞑った。

ふうっと長い息を吐いて、俺は再び目を開けた。

目の前が、大量の火の玉の輝きで急に明るくなった。一瞬だけ、火の玉は息を飲んだように静かになったが、1秒経たないうちに再び喧しくなった。

『牙!』
『眼が赤い!』
『爪長ーい!』

火の玉たちが俺の口、目、手にぶつかる勢いで飛んでくる。口の中に入られて万が一飲み込んでしまうと大変だし、目に体当りされるのは、たとえ火の玉はマシュマロみたいな柔らかな身体だとは言え流石に危ない。俺は蓮の鞄からサングラスを借りて、口を固く閉じた。爪に関しては、剥がされない限り痛くも何ともないから、火の玉たちに順番に触らせてあげることにした。

「おーい」

バットの声に、火の玉が一斉に一瞬だけピカッと明るく輝いた。ワシ姿のバットが、エメラルドの頭の上に乗って火の玉たちを見下ろしている。

『ワシだ!』
『鳥だ!』

俺に纏わりついていた火の玉の半分くらいが、我先にとバットに向かって飛びついていく。俺を囲う火の玉の中の1つだけが、俺の太腿の上に行儀よく腰を下ろしている。

『ね?言ったでしょ』

晴馬だ。

晴馬は得意げな声で、吸血鬼姿の俺とワシ姿のバットに大興奮な火の玉たちに向かって言った。

『あのさ』

大興奮の火の玉たちの中、妙に2人だけ落ち着いた奴がいると思ったら、圭吾と桜大だった。

『晴馬。中村のオッサンが呼んでる。転生手続き内容変更申請書が準備出来たってさ』
『ああ、はいはい』

晴馬は桜大にそう言われると、半開きになった部屋の扉の隙間からマイペースで部屋を出ていった。圭吾と桜大は、晴馬が部屋を出ていったのをしっかりと確認すると、俺の右肩と左肩にそれぞれ乗ってきた。

『そろそろ帰ったほうが良いと思う』

桜大が、俺の耳に小さな声で呟いた。

「ついてこいや~い」

ワシ姿のバットが、羽根を広げて小ぢんまりとした部屋の天井付近を飛び回り、火の玉たちがバットを追って楽しそうな笑い声を上げて、グルグルと回りながら飛んでいる。

「でも…どうやって…」
『大丈夫。中村から命の灯火を返してもらって、繋ぎ駅ってところから電車に乗れば生者の世界に帰れる』

圭吾がそう言うと、窓の障子が勝手に開き、淡い光が部屋の中に差し込んだ。

遠くの方。

三途の川が流れている。

その手前に、人気のない寂れた駅が陽炎のように見える。

目を凝らすと、木製の古い看板に「繋ぎ駅」と習字の手本みたいな整った文字が彫られているのが見えた。

「でも…」

俺が部屋の扉に視線を向けた時、髪がまだ若干濡れた峻兄さんが、晴馬をタオルに包んで戻ってきた。

「シャワー浴びて、通路を歩いてたら、ウキウキした様子の晴馬とすれ違った」

峻兄さんが、晴馬を包んだタオルを優しく机の上に置くと、晴馬がタオルの中でウニョウニョと動き回る。タオルが生きているよう。

「生者の世界に帰ったら…皆に会えなくなる」

俺がタオルの膨らみに手を触れると、膨らみはピタッと動きを止めた。タオルがフワリと1人でに宙に浮かび、畳の上にはらりと舞い落ちた。

『いないいない、ばあ』

俺は考えるよりも先に、晴馬を両手に優しく包んで自分の胸に当てた。

晴馬の火の玉の輝き。

俺の心臓の音。

「晴馬。俺、お前らと一緒にいたらダメ?」

俺の問いに、晴馬は手の隙間から顔を出した。

『死んじゃダメだよ。ウルフのママもパパも悲しくなっちゃう』

晴馬の言葉は、晴馬が死者であること、俺は本来死者の世界にいるべきでないことを残酷に突き付けた。

『こらこら、お前ら』

中村は、部屋の騒ぎを聞きつけて慌ただしく部屋に駆け付けてきた。

「あのさ、中村さん」

中村が火の玉たちを部屋の外に出す間、バットはワシから人間姿に戻り、中村に声を掛けた。

「俺達が生者の世界に帰る手続きしても良いですか」

その言葉に、桜大と圭吾の火の玉が淡い光を放って光り始めた。

部屋の中がシンと静まり返る。

時計だけは何の感情もなく時を刻んでいく。

『ええ、可能です。今すぐがよろしいですか?』

中村のやけに冷静な低い掠れ声が、部屋の中を流れる。

「いや、今晩か、明日の早朝くらいで」
『それでは明日の早朝で如何でしょう。命の灯火の管理局の会議が今晩ありますので』

バットと中村は、俺達が生者の世界に戻る予定を淡々とした様子で話を進めていく。

『帰るんだ』

晴馬はケロリとした声で、俺に向かって言った。

「寂しいよ、俺」

俺は晴馬を、圭吾と並べて右肩の上に置いた。

『なんで。また会う約束したじゃん』

わかってる。

俺達が、いつかは生者の世界に戻らないといけないことを。

晴馬が、将来は俺の子供として生まれたいと言ってくれたことを。

俺は将来、晴馬に違う形でもう一度会えることを。

でも…。

「お前の涙を見たのは、龍獅国で死刑宣告を受けた時以来だな、ウルフ」

俺の太腿に、生温い水滴が一雫垂れた。バットが、服の袖で雑に俺の目元を拭い、俺の背中を軽く叩いた。

『ウルフ』

晴馬が、俺の太腿に落ちた水滴を拾い上げると、水滴は蒸発して姿を消した。

『悲しい時は、僕が涙を消してあげる。悲しくないよ?』

晴馬の火の玉が、ジワジワと消えていく。

俺が咄嗟にそれに手を伸ばすと、一人の男児のふくらはぎに当たった。



幼稚園児くらい。

短くて、くねった赤髪。

茶色に少しオレンジが混ざったような色の瞳。

外見は海外の子供みたいだけど、顔の輪郭は俺とそっくり。

誰だ…こいつ?
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