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静かなる暴走
一つの謎が解けました。真犯人は、すぐ近くのあいつだった。 〜おまけ:踏まれた〜
しおりを挟む『この顔を目印に彼女探ししてみて』
男児は自分の顔を指差しながら、無邪気な笑顔を俺に見せる。
『馬鹿たれ!』
桜大が慌てて、その男児の頭を軽く叩くと、男児の姿は跡形もなく消えて、そこには晴馬の火の玉が何事もなかったかのように浮かんでいた。晴馬は、桜大に叩かれたところを俺の太腿に擦り付けている。
確かに目の前に男児がいたはずなのに、他の皆は誰も気付かなかったようだ。
『転生後の姿を見せるなって規則にあっただろ』
『でも~、罰則も何も無いじゃん。ウルフって、彼女探しに苦労しそうだから、分かりやすい目印を教えておいてあげようと思って』
今、さり気な~く失礼なことを言われた気がする。
『あのね!』
晴馬は俺の顔の真ん前で大きな声で叫んだ。
『ヒント!外国人!』
『バカ。それ以上言うな』
桜大は、畳に落ちている峻兄さんのタオルを晴馬に掛けようとし、晴馬はそれを防ごうとして、タオルを引っ張り合い揉め始めた。
俺って…。
外国人と結婚するの?
晴馬は、ハーフになるってこと…?
俺…英語できないんだけど。
『ウルフ、あのね』
圭吾は、俺の方の上から桜大と晴馬の攻防戦を横目で見ながら、俺の耳元に小さな声で呟いた。
『蓮お兄さんと佳奈美お姉さんには内緒ね?』
蓮は俺の横で、いびきをかいて気持ち良さそうに寝ている。
『ヒント。7年後』
7年後…?
蓮と佳奈美さんは、17歳。
いや、待て。俺、2人の誕生日知らないわ。
ってことは、17歳か18歳。
それプラス7年後となると…24歳か25歳。
あ…。
え…?
「もしかっああぁ!!」
何かを閃いた途端、俺の股間に激痛が走った。
俺は震える手で痛みの根源を抑えて、床に倒れ込んだ。畳の香りが柔らかく俺の鼻先に触れた。
「ごめん!ごめんって!」
バットが、俺の急所を踏み潰しやがった。
晴馬と桜大は、タオルを持って床の上を追いかけっこしている。
「トイレに行こうと思って立ち上がる時に晴馬たちを避けたらバランスを崩して…マジでごめん!」
バットが俺の腰を擦る感触。
波打つような痛みが俺の下半身に走る。
大丈夫…。大丈夫…。
俺の爺ちゃんは高校生時代の夏に、素っ裸で廊下に寝ていたら急所をムカデに噛まれたらしい。それでも俺の親父が生まれてこられたんだから、大丈夫。大丈夫。そう言い聞かせる俺に、俺の急所が「大丈夫じゃない」と泣き叫ぶ。
「明日の朝くらいに生者の世界に帰るから、今晩のうちに支度しておけって言ってくる」
峻兄さんはそう言って、晴馬と桜大からタオルを取り上げるとそれを肩から首に掛けて部屋を出ていった。
『じゃあさ、じゃあさ』
タオルを没収されて手持ち無沙汰になった晴馬と桜大がお互いに顔を見合わせてソワソワとしだした。
『オッサン、今晩は祭り?』
晴馬たちは、当然中村が「うん」と答えるのを分かっているような様子で中村の足元に戯れつく。
『ええと、そうだなあ。何人いたっけ…』
中村は胸から出したメモ帳をパラパラとめくり始めた。股間の痛みが徐々に和らぎ始めて、畳に手を付きながら俺はゆっくりと起き上がり、部屋の壁にもたれた。
『2人だね』
中村はメモ帳をパタンと閉じると、再びそれを丁寧に自分の胸ポケットの奥深くにしまい込んだ。
「誰の人数を数えてたんです?」
痛みの名残が僅かに残る股間を手で軽く押さえながら、俺はメモ帳が入っているために少し膨らんでいる中村の胸ポケットの辺りを見つめた。
『祭りの主人公です。ここに忘れ物を取りに戻って来る子供達が毎年多数いるのですが、それは生者の世界では流産や死産として扱われます。私達は、その子が望めば同じ親のもとに生まれられるように送別会を開くのです。それを我々は祭りと呼んでいます。今宵は特別に、皆様も厚くおもてなしさせて頂こうかと』
なら…圭吾も?
だけど、それを本人に聞くのは不躾な気がする。
でも、知りたいことがある。
圭吾か。
圭悟か。
今となってはどうでも良いかもしれないが…。
圭吾は、自分の名前を圭吾だと思っている。
桜大は、圭吾の名前を圭悟だと思っている。
墓標には、圭悟の文字が彫られていた。
いったい、何処で名前が変わったのか…。
っていうか、圭吾は流産したんだよな?
名前の響きは兎も角、どうやって漢字まで分かったんだ。
胎児が。
圭吾は、自分の名前は兄である桜大がくれた、とメイプル第一王女様に言っていた。桜大が、お腹の中の圭吾に、漢字の形を教えていたとしか俺には考えられない。
幼い子供は不思議なもので、大人には理解できないような喃語でも意思疎通が出来る。胎児はお腹の中から、お腹の外の音を聞いていると言うから、圭吾が自分の漢字を生まれる前に既に知っていたなんていう可能性も、もしかしたらあるのかもしれない。
でも、それだとしても、胎児が初めから「悟」のりっしんべんの形を知っているわけがない。
「圭」は、長めの縦棒に、短い縦棒と長い縦棒を交互に2本ずつ書くと無理やり言うことも出来る。
「悟」の右側は、……わからん。桜大は、どうやって漢字を一つも知らない圭吾に、「吾」の形を説明したのだろう。
まあ、それは置いておいて、りっしんべんは、細長めに書いた「小」と説明すれば…。
ん…?
小さい…?
そう言えば、圭吾がまだ俺たちとアパートにいた頃、圭吾の「吾」がやたら小さくて蓮と峻兄さんが何度も何度も文字の大きさにバラツキがあると読みにくいからといって注意していたが、圭吾は自分が正しいと言い張っていた。
まさか…。
圭吾は、桜大から、「悟」の文字を「小さい吾」と教えられたか…?
「桜大さ、まだ生きてた頃にこの漢字を初めて習った時、どうやって覚えた?」
俺は、机の下に落ちていた裏紙を拾い上げて、その上に「悟」の文字を書いて桜大に見せた。桜大は、晴馬たちとお喋りするのを止めてその紙を見ると、悩まずに即答した。
「小さい吾」と。
お前が発端やないかい!
『なんで?』
「いや、何でもない」
俺はその裏紙をくしゃくしゃと小さく丸めて、部屋の隅に置かれたゴミ箱に投げ入れた。そのゴミは、これ以上にないくらいに綺麗な放物線を描いて、プラスチックで出来た黒い円柱形の容器にスコッと音を立てて入った。
『では、そろそろ祭りの用意をしないといけないので、失礼します』
中村はそう言って、ペコリと頭を下げると、そっと扉を閉めて部屋を出ていった。扉が静かに閉まった後、廊下の方から中村と他の火の玉たちの話し声がボソボソと聞こえてくる。
『邪魔になるからダメ!』
まだ俺達と部屋で遊ぼうとしていた火の玉たちを、中村が通路で説得していたのだ。
「良いのに」
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『あーんして』
一人の火の玉が、俺の口を無理やり開けて口の中を覗き込む。俺の牙は、まだ健在。他の火の玉も次々と俺の口の周りに集まってくる。
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