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悪夢
廻る罪の血
しおりを挟む「俺達が吸血鬼化させたって…どういう意味だよ、それ」
バットが食い付くように洗面器に顔を近付け、サファイヤに向かって言った。
「言っとくけど、俺たちにそんな能力は無いからな」
バットの言うことは真実だ。
転生後に吸血鬼化するのは、史上最悪と認められた罪人だ。俺達みたいな孤児が、聖なるドラゴン…しかも、王家に仕える青竜の子孫に跨った。俺達は、許してはならない罪を犯したと公式に認定され、吸血鬼化を伴う処刑に処された。
そもそも、ドラゴンは聖なる存在。罪を決して犯すことのない崇高な存在。欲や穢に満ちた人間を教え導く存在。俺たちごときが、ドラゴンに有罪判決を下せるわけがない。
「ごめんごめん、言葉足らずだった」
サファイヤは軽く謝ると、ポンっと人間姿になって俺の横に腰を下ろした。洗面器の中の水が、踊るように揺ら揺らと揺れている。サファイヤは、言葉を慎重に探すように天井を仰いでいる。
「…き」
「はい?」
サファイヤの口から零れ落ちた言葉の片鱗を、俺とバットの耳は確かに受け取った。バットがサファイヤの顔に自分の耳を近付けた。
「ドラゴンの禁忌って…無かった?」
サファイヤの瞳は、部屋の照明に照らされて水色に光っている。
「…人間にドラゴンの血を飲ませてはならないってのがあった」
バットは突然思い出したように両手を叩いてそう言った。
厳密に言うと、王家に仕えるドラゴンの血を人間が飲んではならないという掟。前述の通り、王家に仕えるドラゴンには、嘘を見破る特殊能力がある。だが、人間が彼らの血を飲んでしまうと、有罪か無罪かに関わらず、血を飲んだ人間は転生先で必ず吸血鬼化してしまう。理由は、ドラゴンの血は、所謂薬物のようなもの。中毒作用を持ち、転生後も血を欲するようになってしまうのだ。
「その掟を破ったドラゴンはどうなるの?」
サファイヤは、いつになくクソ真面目な表情を俺たちに見せた。
「…ごめん。知らん。ドラゴンは掟に忠実な生き物で、掟を破った個体はいなかったから」
バットの言葉を聞くと、サファイヤの目がキラリと光った。そして静かな声で、サファイヤは語り出した。
「宮司龍臣が、掟を破った初めての個体だったとしたら?」
「え?」
俺とバットの声が重なった。俺達の動揺をよそに、サファイヤは自信ありげに語っていく。
「掟を破ったドラゴンも、吸血鬼に転生するとしたら…?宮司龍臣が、イ・ソクヒョンとして転生して、そいつが吸血鬼化する。でも、本人含めて、一般人には分からない。お前たちにしか認識出来ない。前世の記憶を、身体の部位が記憶することもあるって、前に峻兄さんが言ってたろ?その理論で行けば、嘘を見破って正す目の能力を、イ・ソクヒョンの眼も持っている可能性は十分にある…。俺達みたいな人外は、一般的には架空の存在であって、嘘の存在だ。イ・ソクヒョンの目がそう判断すれば、鏡の中に吸血鬼化した自分が写っていても、それを認識出来ない…」
サファイヤは、何かを悟ったように天井を仰いだ。
「ドラゴンにとって、人間は愚かで惨めな存在。転生後、罪の象徴である吸血鬼になってしてしまう上に、人間だと見なされるようになれば、ドラゴン視点では耐え難い屈辱のはず。宮司龍臣が、お前たちに何らかのタイミングで血を飲ませて禁忌を犯せば…。一般人からは吸血鬼化を認識出来ずに、ただの人間としか捉えられない理由がそこにあるとしたら…。でも、ウルフとバットには認識できる…。………分かったかも」
サファイヤの瞳は、水色に明るく光り続けた。
遥か遠くにある記憶が、国境を跨いで繋がる。
それは救いか…或いは罰か。
「ちょっと紙とペン貸して」
バットが自分の筆箱からペンを取り出し、リングノートから白紙を1枚取り出すと、それをサファイヤに渡した。
「あくまで推測だからね」
サファイヤはそれを受け取ると、以前よりも慣れた手つきでスラスラと文字を紙の上に書いていく。
『メイプル第一王女様の守護竜=宮司龍臣=イ・ソクヒョン
仮定:宮司龍臣がドラゴンの禁忌を犯した
→ドラゴンは転生後に吸血鬼化する
&他者からは人間としか認識されない
=ドラゴンにとっては辱め
→バットとウルフの吸血鬼化
≒死刑判決を受けたから
=宮司龍臣の血を飲んだから
疑問点
①何でイ・ソクヒョンは、自分の吸血鬼化を認識できないのか
→前世のドラゴンとしての目の能力が影響
②何でウルフとバットは、イ・ソクヒョンの吸血鬼化を認識できるのか
→ドラゴンの目の能力が目覚めたから』
「ちょい待ち」
ペンを走らせるサファイヤの手をバットが止めた。
「俺たちの目も、王家に仕えるドラゴンと同じだっての?」
「推測だってば。可能性の話をしてるんだ、俺は」
もし、俺達が前世でドラゴンの血を飲んだことで、「イ・ソクヒョンは人間である」という嘘を見破る能力に目覚めたのだとすれば…。
だから、俺達だけが、イ・ソクヒョンの吸血鬼化に気付けるのか…?
でも、俺達が圭吾とりこが生者ではなく死者だったと見抜けなかったのは何故だ。「2人は生者である」という嘘も見抜けないと道理に合わない。なのに見抜けなかった。
もしかして…。
「俺の推測も聞いてくれるか」
お互いに深く悩みながら睨んでいたサファイヤとバットが俺の声に気が付いて、俺の方を振り向いた。俺はペンを持って、サファイヤのメモに書き加えた。
『俺とバットだけが、宮司龍臣の罪を知っているから』
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